二章・どうしたらいいのか分からない・3
いつの間にかセーナに率いられている。先頭も彼女だ。イズは彼女のすぐ後ろをついていこうとして、我に返った。
「ちょ、ちょっとセーナちゃん?」
「何をしているの? 早く行くわよ」
危うくレナにまで追い越されそうになり、あわててイズは足を速めた。気を抜くとすぐにセーナに率いられてしまうのは何故なのだろう?
そしてそれがとても自然に感じられるのは一体どうしてなのだろう?
男としてそれは情けない。イズは一念発起して急いでセーナの前に出た。
「あれ、イズさん?」
「……オトコのイジってやつかしらねぇ……意味がないのに」
レナはくだらないわねと言いながらも楽しそうに笑っている。彼一人で突っ込みそうな勢いだ。仕方なくセーナが彼の後ろについていく。彼女の本意ではないのは後ろから見ていても分かるほどだ。
「いつ気付くかしらね」
レナは一人呟いた。イズは人を率いるほどの人間ではない。輪を繋ぐことは出来るだろうが、人を引き付けることと繋ぐことは別のことだ。
引き付けることが出来る魅力的な人間など、わずかしかいない。
そう、世界の希望となった勇者セーズのような人間はごくわずかにしかいない。
レナは苦笑した。勇者セーズ。世界を救い、突然姿を消した彼。
――今はどこにもいない彼。
「……言えないわよね」
世界中に秘密にしている事柄。誰にも話せない。
秘密を抱えたまま、世界を救った英雄の一人は足を速めた。歩くセーナに追いついて隣を行く。
「そろそろですよ、イズさん」
「分かった」
視界に森の切れ間が入る。あそこに遺跡があるのだろう。まだ武器は抜かない。相手が盗賊の類と決まったわけではないからだ。
油断なく、いつでも武器を抜けるようにしておきながら、木々の間を抜けた。開けた視界に山肌とそこに埋もれるような遺跡と、立っている二人の人間の姿。
「……人間ね」
「でしょ?」
セーナが言ったとおり、見張りらしき二人は人間だ。ただ、どう見ても真人間とは思えない。大半の人がイメージするだろう『盗賊』とか『山賊』そのもののような格好をしている。
「……まんまだな」
らしすぎる、とイズ。
「……格好から判断するのは早いと思うけど、でもそのもののような気がしてきた」
セーナは複雑な表情だ。どう見ても普通の村人には見えない見張りらしい連中は、いきなり出てきた三人に驚いたようだ。あわてて武器を構え、こちらに向けてくる。
「なんだてめえら!」
「冒険者です。ふもとの村で魔物退治を依頼されたので、魔物が棲むという遺跡を探しているんですが、あなたたちはここで何を?」
さらりと述べたセーナに、見張り二人は目を見張った。
「なんだぁ? 冒険者? こんな美人が? はっ、世間を舐めきってるぜ」
「いいねぇ、にーちゃん両手に華かぁ? おれたちにもわけてくれよ」
こちらを舐めきっている言葉である。さらに、下品だ。どうみてもイズと女性たちをいかがわしい目で見ている。
「殲滅決定」
レナはにこやかに言い放った。イズとどうにかなる仲などと思われるのは心外極まりない。 人間くらいなら撲殺するには最適だろう杖を構える。
背後でかなりシャレにならない気配を発しているので、ごまかすようにセーナは苦笑しながら声を出す。
「この山にここのほかに遺跡はないんですか?」
美人に話しかけられて、男たちは鼻の下を伸ばして嬉々として答えてくれる。
「ねぇな。魔物なんかいねぇよ。いるのは俺たちだけだぜ、ねーちゃん」
ねーちゃん呼ばわりされたのはセーナにもとても心外だが、彼女はこらえて続けた。魔物が生息していないのなら、さらわれたという娘はどこへ行ったのか。彼女の安否を確かめる必要がある。
「村で娘さんがひとり魔物にさらわれたという話なんですが、何かご存知ありませんか?」
「娘ぇ? さらわれた? 知らねぇな」
そっけなく言う様子は、本当に知らないし興味もないという感じだった。嘘をついているようにはちょっと見えない。
「ビオラさんという名前なんですけど」
「ビオラぁ? そりゃアネサンの名前じゃねえか」
「え、ご存知なんですか」
「ご存知も何も、うちの兄貴のとこの嫁さんだよ」
「「「はい?」」」
口を揃えて訊き返す三人である。ビオラという娘は確か魔物にさらわれたという話ではなかったか。魔物が抱えて逃げていったと村の人間からは聞いている。
「お、お嫁さん? 結婚しているんですか??」
「……あんたたち無理やりさらっていったのか?」
イズが訊くと、男たちはなにやら乾いた笑みを浮かべた。
「ははは、無理矢理? はははは、無理矢理……」
「何が無理矢理なんだか……へへへへ」
見張りは二人揃ってなんでか虚ろだ。訊いてはいけないようなことだったらしい。
「ええと……こちらにいらっしゃるんですか?」
「いるいる……兄貴と『らぶらぶ』だからな」
どこか違う世界を見ているように視線を泳がせている見張り二人である。現実逃避しているようにも見えて、一体何が起きているのか訊くのが怖くなってくるような様子だ。
しかし、魔物にさらわれたという娘が何故にここで兄貴とやらと結婚しているのか。
そもそも山の中で何度か目撃されている魔物はどこにいるのだろう。
何か話が食い違ってきている。セーナは眉をひそめ、とりあえずここにいるというビオラという娘が、村からさらわれた人なのかどうかを確認しようと思った。
「会わせていただけませんか? 村からさらわれた方かどうか確認したいんです。親御さんがとても心配していたので」
「……会う? 会うか。まぁ……かまわんぜ」
「でもな、ねーちゃん、覚悟しておいたほうがいいぜ。これはおれからのせめてもの忠告だ……」
ナニをどう覚悟しろというのだろう。セーナは首をかしげ、レナはなにか寒気を感じ、イズは何も分からず眉を寄せている。見張りの片方が遺跡の中に入っていった。アネサンことビオラを呼びに行ったのだろう。
残ったもう片方は、何故かレナを見て拝み始めた。さすがに身を退くレナである。
「な、なに?」
「ねーちゃん、聖導師サマだろう? 聖天の王をあがめてる偉い人なんだよな? せめておがませてくれ……」
「拝むなら聖天の王様を拝んでちょうだい。あたしを拝んでもご利益はないわよ」
「それでも! おがむなら美人のねーちゃんがいい……っ!」
力一杯力んで今にも泣きそうな見張りに、三人は顔を見合わせた。予想していた展開とは大分違うことになってきているのは気のせいではあるまい。そもそも魔物がいるという話ではなかったのか。
疑問に思っていると、どこからか音が聞こえてきた。腹に響くような重低音だ。一定のリズムでこちらに近付いてくる。
「……足音?」
いぶかしげにイズが呟く。人間の足音にしては重量すぎる。何かとんでもないものが出てくるのではないかと警戒して見張りに目をやると……見張りは死んだ魚のような目をしていた。
どんより。
一体何が来るんだと、一気に怖くなったイズである。思わず背の武器に手をやった。いつでも抜けるようにしておく。
どしん。ずしん。音が近付いてきて、開けっ放しの扉から『それ』は現れた。
何が出るのか。いえ、アホ話なのであんまりまっとうな期待されるとガッカリさせてしまう可能性が高いです、ええ。




