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「愛人は貴族の嗜み」と言う夫へ。歓迎会費は払いません――離縁を決めた私と、見栄の寄付を断る年下騎士  作者: 他力本願寺


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第23話 私が払い続ければ、早いのに

第八十八日。市庁舎の小さな会議室で、アデライドはルカとサビーヌ・ヘルトの話を聞いていた。


 今日は公開の議会本番ではなく、予算を事前に取りまとめる協議である。騎士団側の説明は、窓口を引き継いだシモンと文官が担っていた。


 回廊の保守に八銀貨、衛生釜に十二銀貨。家族券に四十銀貨、復職準備班の技能移行に六十銀貨。毎会期上限百二十銀貨の案を前に、福祉費予算委員のサビーヌは厳しい表情を崩さなかった。


「市の歳入には限りがあります。どの費目から回すのか、既存の支援を削らずに済むのか。そして国庫の施設のどこまでを、市が負担するのですか」


「施設保全枠と、今年度で予定の支出を終える福祉移行枠からの付替えを提案します。団との維持協定も、対象をこの追加設備に限って確認中です」


 ルカは資料をめくった。


 余白は薄く、必要性が認められただけでは支払いは決まらない。アデライドは筆を持ち直した。私が払い続ければ、早いのに。その一言が喉まで出かかったが、ここで結論を急がせるのはやめた。


「足りない場合の稼働の見直しも、併せて審議します。今日は、付替え案を議会に出すための資料を整えましょう」


 サビーヌの言葉に、シモンが頷いた。最終的な可否は、第百四日の評議会に委ねられる。


 その日の夕刻、アデライドは借家でダリオを迎えた。


 約束していたお茶を淹れながらも、会議室で飲み込んだ言葉が頭を離れない。彼はそれに気づいたのか、菓子を勧める手を止めた。


「何か、気になることが?」


「市の予算が、まだ決まらないのです。……私が払い続ければ、早いのに」


 カップを置く音が、やけに大きく聞こえた。


「しばらくではなく、ずっと、ですか」


「必要なら。私には、その余裕があるのだから」


 ダリオは少し黙った後、静かに言った。


「俺は、反対です」


 アデライドは顔を上げた。


「またあなた一人が、誰かの負担の穴を埋めることになる。必要な額が増えるたびに、断れなくなりませんか」


「でも、止まれば困る人がいるでしょう」


 自分でも思ったより強い声が出た。工事の最初の雨も、仕事を続けたいと言った人たちの顔も覚えている。役割を降りたから知らない、とは言えなかった。


「あなたの団の人たちなのに、そう簡単に言えるのですか」


 ダリオは目を伏せた。しばらく、二人とも何も言わなかった。


「簡単ではありません。俺も、その金があれば助かると考えてしまう。だから、なおさらです」


 彼はゆっくりと顔を上げた。


「俺がここで頼めば、あなたは断れますか」


 アデライドは答えかけて、止まった。


 大切な彼に頼まれたら。傷ついた隊員のためだと言われたら。断るより先に、どこから払えるかを考える自分が、容易に想像できた。


「……でも、出すかどうかは、私が決めることです」


「はい。俺が禁止することではありません」


 ダリオは頷いた。


「ただ、会えなくなるのが怖いとか、役に立てなくなるのが怖いとか、そういう理由なら、払わなくていいと言いたい。俺は、あなたに金を出してもらうために、ここへ来たのではありません」


 テーブルの上には、彼が買ってきた小さな菓子の包みがあった。前のお茶でアデライドが気に入った、素朴な焼き菓子だった。


 彼女は包みの折り目を指先で撫でた。


 市費が決まらなくても、家族券は契約通り第百九十五日まで続く。班の稼働を調整し、別の受注を探す余地もある。すべてが明日なくなるわけではない。それなのに、まだ決まらない時間に耐えられず、自分の財布で答えを出そうとしていた。


「待つのが、怖かったのかもしれません。私が払えば、誰も困らずに済むと思って」


「困らないように考える人は、あなた以外にもいます」


 アデライドはしばらく黙ってから、隣に座る彼の肩にそっと触れた。


「さっきは、簡単に言っていると決めつけて、ごめんなさい」


「俺も、最初に反対とだけ言いました」


 二人は少しだけ、ぎこちなく笑った。


 翌朝、アデライドはルカへ返書を出した。既存の寄託契約は履行する。だが、無期限の追加拠出を公費案の代わりに約束することはしない。市が引き受ける範囲と、事業側が見直す範囲を、予定通り審議してほしい、と。


 将来、自分から望んで支援することまで否定したわけではない。それでも、今は決まるまでの時間を引き受けようと思った。


 返書を封じると、昨夜の菓子が一つ残っているのが目に入った。アデライドはそれを小皿へ移し、冷めないうちに自分のお茶を飲んだ。

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