第22話 今度は、私たちが選びます
第八十二日。アデライドは市庁舎の一室で、北衛騎士団からの定例報告を受けていた。
ダリオが担当を退いた後、窓口を引き継いだのは同僚のシモン副隊長だった。彼から提出された『公開事業評価』の書類に目を通していたアデライドは、ある項目を見て小さく息を吐いた。
そこには、復職準備班の作業員たち自身から、「作業工程の見直しと、品質チェックの二重化」という改善案が提出されたと記されていた。
過日、運送組合からの過密な臨時注文に応えきれず、検品不良による大量取消という痛みを味わった班員たち。彼らはただ失敗に打ちひしがれるのではなく、自らの手で次なる不良を防ぐための具体的な提案を上げてきたのだ。
失敗を恐れてすべてを禁止するのではなく、彼ら自身に選択と責任を委ねた結果が、確かな自律の兆しとなって表れ始めていた。
「ヴェルナー様。先日お願いした助言書を、団長が受領いたしました」
シモンが差し出したのは、団長レイモンの署名入りの受領書だった。数日前に届いた依頼には、こう記されていた。
「復職準備班が、新年度以降も自立して受注契約を継続できるよう、現在運送組合と交渉に入っております。つきましては、織布工房の経営者であられるヴェルナー様に、品質規格と検品条項に関する『公開助言書』の作成をお願いいたします」
アデライドはその依頼を受け、あくまで専門知識の提供に留まるよう、自ら線を引いていた。
彼女が数日かけて作成し提出したのは、自身の工房で長年培ってきた品質管理のノウハウを記した、一般的な規格の雛形だけである。これに対する報酬はいっさい受け取らない。そして彼女は、取引相手である組合への条件提示や価格交渉、契約書への署名、さらには完成後の検収会議そのものには、一切参加しなかった。
お金を出して自分の思い通りに動かすのではなく、一人の実業家としての知識だけを提供し、あとは当事者たちに委ねる。それが、権力に依存しない彼女の新しい「支援」の形だった。
アデライドの助言書を基に、シモンと騎士団の文官が組合と粘り強い交渉を重ねた結果、団長レイモンの署名により、新たな本契約が締結された。
第百二十六日から十二会期にわたり、毎会期最低八十銀貨分を発注し、組合が材料を負担する。代金は品質に適合した納品分に支払われるという内容だ。市の技能移行費が認められなければ稼働枠を再協議する条項も付いている。実際の納品と支払いの開始は第百二十六日からとなるが、これで班の存続に向けた一つの土台が築かれた。
報告を終え、施療区へ寄った帰り際、アデライドはベルンに呼び止められた。
「ヴェルナー様、俺、別の仕事を申請したんです」
杖をついたまま、ベルンは少し照れたように笑った。
「第一隊の新人に、道の見方を教える補助です。まだ、やれる時間や動き方を医務長と確かめているところですが」
彼は、織布の作業班には一度も入らなかった。その代わり、自分が使いたい経験を持って、別の扉を叩いたのだ。
「そうですか。話してくださって、ありがとうございます」
アデライドは、彼が話してくれた分だけを受け止めた。人事書類を見せてもらう必要はない。
「ここの道も、雨の後では見え方が変わるでしょう。まず、それを教えたいんです」
そう言って回廊を見たベルンの目は、募集要項を握りしめていた日とは違って見えた。
その日の夕刻。勤務を終えたダリオが、アデライドの借家を訪ねてきた。
彼が部屋に招かれるのはこれが初めてだった。私服姿の彼は、どこか緊張した面持ちで椅子の端に座っていた。
アデライドは彼に紅茶を淹れながら、本日の報告について手短に話した。彼はもはや寄託の担当者ではないため、ベルンの人事詳細や班の進路別人数など、非公開の情報を教えることはない。彼女はただ、「復職班の公開可能な検収基準が改善され、選べる仕組みが残った」という結果だけを伝えた。
ダリオは個別の事情を尋ねず、公開資料の短い一文を読み返した。
「……選べる仕組みが、残ったのですね」
彼は深く頷き、心から安堵したように微笑んだ。彼がかつて狭めかけた選択肢が、当事者たちの意思で広がっている。そのことを喜んでいるように見えた。
公開された改善の話が一段落すると、ダリオは少しだけ肩の力を抜いた。
「アデライド。……今度の休日は、どこへ行きましょうか」
少し声を潜めて尋ねる彼の響きには、年下の恋人としての甘い響きが混じっていた。
アデライドは微笑んで「あなたが選んで」と返す。
恋人同士としての、初めての本格的な休日が待っている。
組合収入の八十銀貨だけでは、指導費等を含めた班の運営費には足りず、第百二十六日以降の不足分六十銀貨の財源をどうするかという新たな課題は残されたままだ。しかし、今夜の約束で、その不足が埋まるわけではない。アデライドは資料を閉じ、彼と次の休日の話を続けた。




