第19話 騎士は、後援の窓口を降りる
第六十七日。アデライドは市庁舎の寄託窓口で、ルカから一通の報告書を受け取った。
『利益相反関係の可能性に関する開示および担当交代申告書』。
ダリオが提出し、団長レイモンが署名した書類の写しだった。
「本寄託事業の後援者との間に、今後、私的な関係が生じる可能性があるため」と記されている。自分の名と並ぶその一文を見て、アデライドは紙の端を持ち直した。
「クレスト副隊長からの申し出を受け、本日、職務分離が完了しました。後任者への引継ぎも確認済みです」
ルカは書類を指差した。
「申請窓口だけではありません。寄託費を使う事業の現場調整、関連訓練と兼務配置への意見提出、安全確認と検収会議からも外れます」
元々ダリオに費用決裁や受益者の選定権限はなかった。それでも、現場の意見を出す立場が残れば、判断に私情が混じる余地はある。彼はその担当も降りたのだ。
後任のシモン副隊長が、市との連絡や復職準備班の現場調整を引き継ぐ。他隊での軽任務については、それぞれの隊の訓練官が主管する。医務上の判断はエマ、配置や事業の最終承認はレイモンという分担は変わらない。
「第二隊の通常の護送任務は継続します。団の職を辞するという意味ではありません」
アデライドは頷いた。彼が大事にしてきた現場を、恋の証明として丸ごと捨ててほしいわけではない。必要な仕事を誰かに渡し、続ける仕事もある。その区切りが、紙の上に一つずつ記されていた。
最後に添えられたシモンの引継ぎ確認印を見て、胸の奥がゆっくりと温かくなった。
彼は、自分の問いに答えようとしてくれている。
「ルカ書記、私からも確認をお願いします」
アデライドは顔を上げた。
「契約に基づく会計監査の閲覧権は維持しますが、個別の人事や給付は、これまで通り私の閲覧対象には含めません。必要な公開会計には、関係者としての注記を付けてください」
「承知しました」
ルカの羽ペンが動いた。
これで何もかも疑われなくなるとは限らない。それでも、相手の仕事や支援を受ける人々を、自分たちの気持ちのために動かさずに済むよう、できることを二人で選んだ。
それから数日後。ダリオからの短い私信が、アデライドの借家に届いた。
それは、業務上の報告書に添えられていた不器用なメモではなく、個人の封筒に入れられた、彼からの初めての私的な誘いだった。
『次の休日に、少しだけお時間をいただけないでしょうか。アデライド様』
担当を完全に降り、公的なしがらみを自ら断ち切った彼からの、初めての休日の誘い。
「……ええ、喜んで」
アデライドは返事の便箋にペンを走らせながら、自然と頬が緩むのを感じた。
次の休日は、第七十二日。
次回の面会は、寄託を出す後援者と、それを受け取る騎士団の副隊長としてではなく、ただの「アデライド」と「ダリオ」としての時間になる。彼女は、久しぶりに帳簿の数字や契約の条項、公的な体面などを一切考えずに済む午後を、心待ちにし始めていた。




