第39話 王都からの緊急書簡
翌朝、ノアがラグナの冒険者ギルドへ行くと、灰鼠団討伐の追加報酬がすでに用意されていた。昨日持ち帰った帳簿を調べた結果、灰鼠団がここ半年ほどの間に複数の商隊襲撃へ関わっていたことが確認されたらしい。盗まれた荷物の記録も残されており、捕らえた団員の証言とも一致したという。
「こちらが追加報奨となります」
「もう確認終わったんですか?」
「帳簿がかなり細かく残されていましたので。盗賊としては珍しいほど几帳面ですね」
「それで捕まったら意味ないけど」
「まったくです」
ノアは自分の取り分を受け取り、《遠征用収納鞄》へ入れた。ラグナへ来てから、かなり金が増えた。商隊護衛、岩殻犀、灰鼠団、頭目バルガスの懸賞金。さらに呪染魔道具の浄化報酬まである。
「ラグナ、稼げるな」
「またいらしてください」
「そのつもりです」
ただ、今は一度ベルツへ戻ることに決めていた。最初は商隊護衛で来ただけだったのに、予定よりずいぶん長く滞在した。やることも十分にやった。ギルドを出た後、ノアは最後に魔道具店へ寄った。
◇
「ベルツへ戻られるのですか」
「はい。今日、帰りの商隊を探します」
店主は少し残念そうだった。
「できれば、もう何点かお願いしたい品もあったのですが」
「危ないやつ?」
「比較的軽度の呪染品です」
「それなら今やってもいいですけど」
「いえ。帰ると決められたのであれば、無理に引き留めるつもりはありません」
店主は少し考え、続けた。
「では一つ、お願いしても?」
「何です?」
「今後、当店へ呪染魔道具が持ち込まれた場合、すぐ処分せず一定期間保管しておいてもよろしいでしょうか」
「俺が次に来るまで?」
「ええ。もちろん、危険度が高すぎる物は専門機関へ回します。ただ、処分予定になる程度の品なら保管できます」
「お願いします」
ノアにとっても助かる。ラグナへ来るたび、呪物を一から探し回らなくていい。
「でも何か月も来なかったら?」
「その場合はこちらで処分します。無期限には保管できませんので」
「それでいいです」
「承知しました」
店主と簡単に条件を確認する。専属契約ではない。ノアがラグナにいる時だけ、品を見て、できそうなら浄化し、危険なら断る。それだけだった。
「次は競売にも合わせて来たいな」
「事故品狙いですか」
「安いので」
「すっかり味を占められましたね」
《黒銀の戦籠手》も《静刻の仮面》も、普通の状態ならあの価格では買えなかった。同じような品が毎回あるとは限らない。それでも、見る価値はある。
「じゃあ、また来ます」
「お待ちしております」
これでラグナでの用事は終わった。
◇
帰りの商隊は、その日のうちに見つかった。翌朝ベルツへ向かう小規模商隊が、護衛を一人募集していた。Cランクであること、ラグナまでの街道を一度通っていること、灰鼠団討伐に参加したこと。その三つを伝えると、ほとんど話はすぐに決まった。帰路は平穏だった。一度だけ森から狼型の魔物が数体近づいてきたが、《魔力感知Ⅰ》で早めに見つけたため、商隊が警戒態勢を取った時点で相手が離れていった。戦う必要すらなかった。夜は街道沿いの宿を使い、宿がない場所では野営する。ノアは《遠征用収納鞄》から毛布や保存食を出し、必要な時には《蓄魔の腕輪》へ魔力を貯めた。何事もなく旅程は進んだ。
数日後、見慣れたベルツの城壁が見えてきた。
「帰ってきたな」
それだけ呟いた。商隊と一緒に門を通り、護衛の完了確認を済ませる。そのまま宿へ向かった。
◇
「随分長かったな」
宿の主人は、ノアを見るなりそう言った。
「ラグナ行ってました」
「仕事か?」
「最初は」
「最初は?」
「途中でいろいろ見つけました」
「また変なの拾ってないだろうな」
「買いました」
「買ったのかよ」
ノアは少し考えた。
「呪われてましたけど、もう大丈夫です」
「聞かなきゃよかった」
いつもの部屋は空いていた。一週間分の宿代を払い、鍵を受け取る。部屋へ入る。
部屋にはベッドが一つ置かれている。
小さな机と窓がある。ラグナで泊まった宿より狭いが、特に不満はなかった。
「やっぱり落ち着くな」
収納鞄を机へ置き、今回増えた装備を確認する。まずは《黒銀の戦籠手》だ。
────────────
《黒銀の戦籠手》
等級:希少級
効果:装着した腕へ流した魔力を増幅し、攻撃・防御時の出力を補助する。
技能:《魔力纏装Ⅰ》
────────────
そして《静刻の仮面》。
────────────
《静刻の仮面》
等級:希少級
効果:装着者の認識速度を高める。
使用中、魔力を継続消費する。
身体能力そのものは上昇しない。
────────────
どちらも実戦で使った。《魔力纏装Ⅰ》は硬い敵への一撃。《静刻の仮面》は、ほんの数秒だけ。使い方も少しずつ分かってきている。金も増えた。ラグナの魔道具店との繋がりもできた。
「行ってよかったな」
今日はもう休む。明日、ベルツのギルドへ顔を出せばいい。ノアは食堂で夕食を食べ、早めに眠った。
◇
翌朝、ベルツの冒険者ギルドへ入ると、受付係がノアの顔を見てすぐに気づいた。
「ノアさん。お帰りなさい」
「帰ってきました」
「ラグナで随分と仕事をされたようですね」
「もう伝わってるんですか?」
「冒険者ギルド間で依頼履歴は共有されますから」
受付係は記録を確認する。
「商隊護衛成功。盗賊団討伐参加。頭目討伐。それに《岩殻犀》単独討伐……Cランクへ上がったばかりですよね?」
「はい」
「順調ですね」
「Bランクになれます?」
「気が早すぎます」
「ですよね」
ノアも本気で聞いたわけではない。
「Cランクでは、討伐だけでなく護衛や調査、複数人依頼など幅広い実績が必要になります。この調子で積み重ねてください」
「分かりました」
今日は新しい依頼を探すつもりだった。ところが受付係が、何かを思い出したように言った。
「あ、ノアさん」
「はい?」
「ちょうどよかったです。領主様から連絡が来ています」
「グラハムさん?」
「はい。ノアさんがベルツへ戻られたら、館へ来てほしいとのことです」
「何かあったんですか?」
「詳しい内容までは聞いておりません。ただ……」
受付係が少し声を落とした。
「王都からの緊急書簡に関係するようです」
「王都?」
「ええ」
ノアは依頼掲示板を見るのをやめた。
「じゃあ行ってきます」
◇
領主館へ着くと、以前とは違い、門で長く確認されることもなかった。
「ノア様ですね。お待ちしておりました」
そのまま中へ案内される。屋敷の中は静かだった。以前セレナを治療した時の慌ただしさはない。廊下を歩いている途中、ノアは案内役に聞いた。
「セレナさん、元気です?」
「はい。すっかり回復されました」
「よかった」
それだけ確認できれば十分だった。案内されたのは、以前報酬を受け取った執務室だった。グラハムが机の向こうに座っている。
「ノア君。戻ったと聞いた」
「今日ギルド行ったら呼ばれました」
「まず座ってくれ」
いつもより表情が重い。ノアは椅子へ座った。
「何かあったんですか?」
「ああ」
グラハムは机の上から、赤い封蝋が押された一通の書簡を取った。ノアには紋章の意味までは分からない。
「王都で、原因不明の病が広がっている」
「病気?」
「ああ。最初に確認されたのは三週間ほど前だ。現在は患者数が急激に増えているらしい」
「どんな病気です?」
「高熱、激しい倦怠感、食欲低下。重症になると皮膚の下の血管が黒く浮き上がり、意識を失う」
ノアの表情が変わった。
「黒く?」
「そう報告されている」
セレナの時を思い出す。ただし、問題は残っている。今回の状況は少し違う。
「呪いって分かってるんですか?」
「いや」
グラハムは首を振った。
「王都の医師は感染症を疑っている。神殿も調査しているが、原因はまだ特定できていない」
「治癒魔法は?」
「効く。しかし一時的だそうだ」
「一時的?」
「熱が下がり、身体も少し回復する。だが半日から一日ほどで再び悪化する」
「薬は?」
「同じだ」
治しても症状が戻るなら、原因になる何かが身体に残っているのではないか。ノアにはそう思えた。
「死んだ人もいます?」
グラハムは少し間を置いた。
「ああ」
「何人?」
「正確な数字は書かれていない。ただ、すでに死者が出ていることは確かだ」
「王都を閉じてる?」
「完全な封鎖には至っていない。一部の地区が立入制限されている。人の移動もかなり厳しくなっているようだ」
ノアは腕を組んだ。
「それで俺?」
「ああ」
グラハムは書簡を机へ置いた。
「王都は各地へ応援を求めている。医師、治癒術師、神官、錬金術師、それに呪いを扱える者もだ」
「俺、医者じゃないですよ」
「分かっている」
「普通の病気なら何もできないかもしれない」
「それも承知している」
グラハムは真っ直ぐノアを見た。
「だがセレナの件がある。治癒魔法でも神殿の浄化でも取り除けなかった呪いを、君は消した」
「三日かかりましたけど」
「それでもだ」
グラハムは続けた。
「君を王都へ推薦した」
「もう推薦したんですか?」
「名前を伝えただけだ。行くかどうかは君が決める」
「断ってもいい?」
「もちろんだ」
即答だった。
「これは危険な仕事だ。もし本当に感染症であれば、君自身が病に罹る可能性もある。領主として命令するつもりはない」
「報酬は?」
グラハムが少しだけ笑った。
「そこを最初に聞くと思っていた」
「仕事なので」
「王都から正式に依頼を受けた場合、調査協力だけでも報酬が出る。原因特定や治療法の確立に貢献すれば、別途功績報酬も出るそうだ」
「結構高い?」
「少なくとも通常のCランク依頼よりは高い」
「なるほど」
金は魅力だ。だが、それだけで決めるには少し危ない。ノアはもう一度、症状について考えた。
「患者全員に黒い血管が出るんですか?」
「重症者だけらしい」
「同じ地区に多い?」
「詳細な分布までは届いていない」
「食べ物とか水とか調べてる?」
「当然調査しているとは思うが、そこも書簡にはない」
「……見てみないと分からないな」
セレナの呪いとは違う。今回は一人ではなく、王都で複数の患者が出ている。もし呪いなら、どこかに原因がある。もし普通の病なら、自分にはほとんど何もできない。
「俺が行って、普通の病気だったら帰ってきていいんですよね?」
「当然だ」
「呪いでも、俺に無理だったら?」
「無理をしろとは言わない」
「王都の人にも、それ伝わってます?」
「書簡には、君が医師ではなく《浄化》を持つ冒険者だと明記して推薦する」
「なら」
ノアは頷いた。
「行きます」
グラハムが僅かに息を吐いた。
「そうか」
「見ないと何も分からないので」
「助かる」
「いつ出ます?」
「王都へ向かう馬車を用意できる。明日の朝ではどうだ?」
「早いですね」
「今も患者が増えている」
「じゃあ明日で」
準備する時間は十分ある。食料や薬、水、装備はすべて収納鞄へ入る。《蓄魔の腕輪》も夜までに魔力を補充すればいい。
「一つだけ」
グラハムが口を開いた。
「自分の命を優先してくれ」
「そのつもりです」
「セレナを救ってもらって、そのまま君を死なせたのでは目覚めが悪い」
「俺も死ぬの嫌なので」
「……君はそうだったな」
グラハムが少し笑った。
◇
館を出たノアは、そのまま市場へ向かった。病気が広がっている土地で簡単に物資を補給できるとは限らないため、保存食、水、包帯、傷薬を普段より多めに買い込む。宿へ戻ると、《月銀の剣》《黒鉄の胸甲》《影隠しの外套》《黒銀の戦籠手》《静刻の仮面》《聖護の首飾り》《清流の指輪》と、その他の魔道具を一つずつ確認した。最後に《蓄魔の腕輪》へ魔力を流し始める。明日の朝には王都へ向かう。原因が病気なのか、毒なのか、呪いなのかはまだ分からない以上、今は何も決めつけない方がいい。
「とりあえず見れば分かるか」
ノアは腕輪へ魔力を貯めながら、翌日の出発に備えた。




