第38話 灰鼠団壊滅
頭目の剣が振り下ろされる。ノアは《月銀の剣》を正面からぶつけなかった。さっきまで何度か受けて分かっている。力では向こうが上だ。《身体強化Ⅱ》を使っても、まともに打ち合えば腕が先に壊れる。必要なのは止めることではない。ずらすこと。
「ふっ!」
頭目の剣が迫る直前、ノアは月銀の剣を斜めに当てた。
ガキィンッ!
強烈な衝撃が腕を走る。それでも真正面からは受けない。剣の腹を滑らせるようにして、頭目の一撃を横へ逃がした。
「なにっ!?」
大剣が地面へ落ちる。
ザンッ!
土が深く抉れた。頭目の身体も前へ流れる。右肩。魔力。まだ集中したまま。
「やっぱり」
強い一撃を出す瞬間だけ、右肩から腕へ大量の魔力を流している。その分。他が薄くなる。ノアは頭目の右側へ踏み込んだ。《俊足Ⅱ》。狙うのは首ではない。右肩。鉄板の隙間。
「そこ!」
《月銀の剣》を振る。
「甘ぇ!」
頭目が身体を捻った。予想より速い。剣を地面から引き抜くより先に、左腕をノアへ叩きつけてきた。
「っ!」
避けきれない。ノアは右腕を上げた。《黒銀の戦籠手》。さらに一瞬だけ。
「《魔力纏装》!」
薄い魔力の膜が籠手を覆う。
ドゴッ!
「ぐっ!」
殴られた。身体が横へ飛ぶ。だが、腕は折れていない。《衝守の腰帯》も働き、地面へ転がった時の衝撃を軽減する。ノアは二回転してすぐに起き上がった。
「……痛いな」
「何だ、その籠手」
頭目が睨む。
「買った」
「聞いてねえ!」
頭目が再び距離を詰めてきた。さっきより警戒している。ノアも急いで攻めなかった。《魔力纏装Ⅰ》は強い。ただし魔力を食う。《静刻の仮面》も同じ。両方をずっと使えば、先に自分が息切れする。必要な瞬間だけ。それで十分だ。頭目が剣を横へ振る。ノアは下がる。続けて突き。今度は横へ。さらに一歩踏み込んでくる。
「逃げてばっかりじゃ勝てねえぞ!」
「そうでもないよ」
ノアは相手を見ていた。攻撃そのものではない。足、腰、肩。そして魔力。強い斬撃の前には、必ず右肩へ魔力が集まる。しかも一度大きな攻撃を使った直後、魔力が戻るまで僅かな間がある。そこが隙。問題は、その短い時間に入れるかどうか。
「もう一回やって」
「何だと?」
「さっきの強いやつ」
頭目の顔が歪んだ。
「舐めんな!」
来る。男は右脚で踏み込み、腰を捻った。右肩へ魔力が集まるのを見た瞬間、ノアは《静刻の仮面》を起動する。遅くなった世界の中で、頭目の右肩がわずかに前へ出た。剣の軌道は斜め。今回は上からの斬撃ではない。
「左下へ来る」
見えた。魔力を止める。普通の速度へ戻る。ノアは一歩だけ前へ出た。逃げるのではない。距離を詰める。
「なっ――」
剣は大きい。近づきすぎれば、刃の一番強い場所から外れる。ノアは頭目の右腕の内側へ潜り込んだ。大剣が背中のすぐ後ろを通る。
「今」
ノアは《身体強化Ⅱ》と《剣術Ⅱ》を使い、右腕の《黒銀の戦籠手》から《月銀の剣》へ力を繋げた。
「《魔力纏装》!」
刀身を薄い魔力が包んだ。狙う。右肩。鉄板の隙間。
ザシュッ!
「ぐあっ!」
深く入った。血が飛ぶ。頭目の右腕から力が抜け、剣が地面へ落ちる。
「くそがぁ!」
まだ終わらない。頭目は左手でノアの首を掴もうとしてきた。《危険察知Ⅰ》。ノアは身体を沈める。大きな手が頭上を通る。そのまま脇を抜ける。背後へ。頭目が振り返ろうとする。
「遅い」
右脚、膝裏、月銀の剣。斬る。
ザンッ!
「ぐっ!」
膝が落ちた。頭目が片膝をつく。それでも左手で地面へ落ちた剣を拾おうとする。
「まだやる?」
「殺してやる……!」
「じゃあ終わり」
ノアは躊躇しなかった。《俊足Ⅱ》。一歩、横、首、鉄板のない場所。《魔力纏装Ⅰ》は使わない。もう必要ない。《剣術Ⅱ》。月銀の剣が走った。
ザシュッ!
頭目の身体が止まり、そのまま前へ倒れた。ノアはすぐには近づかず、しばらく待つ。《魔力感知Ⅰ》で見ると、頭目の魔力は弱くなり、やがて完全に消えた。
「終わった」
ノアはようやく剣を下ろした。
◇
「……お、おい」
後ろ。縛っていた盗賊が震えていた。
「何?」
「俺は、抵抗しねえからな」
「知ってる」
「本当に殺さねえよな?」
「動かなければ」
「動かねえ!」
さっきよりさらに大人しくなった。ノアは頭目の死体を調べた。長剣、革鎧、小銭、腰袋。そして首元の黒布。灰鼠団の印。頭目討伐の証明になるものを持って帰る必要がある。
「何持ってけばいいんだろ」
首を持っていくのは嫌だった。ギルドで依頼を受ける時、頭目は右頬に大きな傷があると聞いている。死体そのものを収納鞄へ入れれば一番確実だが、それもあまりやりたくない。とりあえず武器と黒布、それから腰袋を回収する。必要ならローデンに聞けばいい。その時――
「ノア!」
裏口の向こうから声がした。
「こっちです!」
すぐにローデンが現れた。盾。剣。どちらにも血が付いている。後ろから槍使いも来た。
「無事か?」
「はい」
ローデンが地面を見る。二人の死体。縛られた一人。さらに、大柄な頭目。
「……お前がやったのか?」
「たぶん頭目ですよね?」
ローデンは死体の顔を確認した。
「右頬の傷。間違いない。《灰鼠》のバルガスだ」
「バルガスっていうんだ」
「知らずに戦ったのか?」
「名前聞いてなかったので」
ローデンはしばらく黙った後、頭目の剣を見る。
「元Cランク冒険者だ」
「冒険者だったの?」
「ああ。五年ほど前に仲間を殺して逃亡。その後、盗賊に落ちた。剣の腕だけなら下手なCランクより上だったはずだ」
「強かったです」
「その感想で済むのか……」
ローデンはノアの装備を見た。
「怪我は?」
「殴られました。でも大丈夫です」
右腕。少し痛い。腰も。だが骨は問題なさそうだ。
「そっちは?」
「終わった」
「全部?」
「正面に残っていた連中はな。三人死亡、四人降伏。こっちへ逃げた三人を合わせれば、確認した人数とは合う」
「十三人?」
「頭目まで入れて十三だ」
「じゃあ全員?」
「確認できていた分はな」
まだ外へ出ている団員がいる可能性はある。それでも拠点は潰れた。ローデンは縛られた男へ視線を向けた。
「中に他の人間はいないか?」
男が一瞬迷う。
「喋れ」
「……地下にいる」
「地下?」
「捕まえた商人とか、旅人とかだ。身代金取れそうな奴は殺さず残してた」
ローデンの表情が変わった。
「何人だ?」
「今は……四人だったと思う」
「案内しろ」
「分かった! 案内する!」
ノアたちは捕虜を立たせ、採石場の中へ戻った。
◇
正面側の戦闘も終わっていた。高所にいた弓兵は二人とも倒されている。中央には武器を捨て、手を縛られた盗賊たちが座らされていた。弓使いが見張っている。
「そっちも終わったか」
「頭目も死んだ」
ローデンが答える。弓使いがノアの後ろへ目を向けた。
「誰が?」
「ノア」
「……一人で?」
「そうらしい」
弓使いはノアを見たが、何も言わなかった。
「地下に捕虜がいるそうだ。確認する」
「俺はこいつら見てる」
「頼む」
捕まえた盗賊の案内で、廃屋へ入る。中、机、椅子、酒瓶、食べ物、盗んだらしい荷物。その奥には、床板の一部。
「そこだ」
板を外すと、地下へ続く暗い階段が現れた。
「罠は?」
「ねえよ」
「本当に?」
「捕虜の飯運ぶのに毎回罠なんか使えるかよ!」
「確かに」
ローデンが先に階段を降り、ノアも続いた。地下は狭く、湿った石壁に囲まれている。通路の奥には木製の扉があった。
「鍵は?」
「頭が持ってる」
「バルガス?」
「ああ」
「腰袋かな」
ノアが回収していた腰袋を開く。鍵。三本。
「どれ?」
「細いやつ」
開ける。
ガチャッ。
扉。中。
「……誰だ?」
弱い声、四人、男が三人、女性が一人。手を縛られている。怪我もしているが、生きている。
「冒険者だ。灰鼠団は潰した」
「本当か?」
「ああ」
ローデンが縄を切る。一人は立てない。ノアも手伝った。
「水あります?」
「鞄にある」
収納鞄から水を出す。少しずつ飲ませる。
「一気に飲まないで」
捕虜の一人。商人らしい男が震える手で水筒を受け取った。
「助かった……」
「歩けます?」
「なんとか」
「無理なら運びます」
全員。生存。それだけ確認できれば十分だった。
◇
採石場の捜索には、その後かなり時間がかかった。盗品、金、武器、薬、保存食、商隊から奪ったらしい荷物。種類が多い。
「これ全部どうするんです?」
「ギルドへ報告する」
「持って帰る?」
「証拠になる物と金品だけだな。荷物は後で回収隊が来る」
「俺の鞄なら結構入りますよ」
「……そうだった」
《遠征用収納鞄》。まず頭目の長剣、盗賊たちの武器、金袋、書類、帳簿らしい紙。価値が高そうな物をまとめて入れる。それでも余裕はある。
「便利すぎるな」
ローデンが呆れた。
「よく言われます」
捕まえた盗賊たちには縄を繋いだ。捕虜四人を連れているため、帰りは遅くなる。出発する前。ノアは頭目の死体を見た。
「討伐証明、どうします?」
「顔が分かる物を持って帰るのが一番確実だが……」
「死体は入れたくないです」
「分かる」
結局、頭目の右耳を討伐証明として回収することになった。
「耳でいいの?」
「傷の形と登録記録がある。武器もある。それに捕まえた団員が証言する」
「ならいいか」
それ以上考えないことにした。
◇
ラグナへ戻ったのは夜になってからだった。門番に事情を説明すると、捕らえた盗賊たちはすぐに衛兵へ引き渡された。救出した四人も医師のところへ送られる。その後。冒険者ギルド。
「灰鼠団の討伐依頼です」
ローデンが報告する。受付が一気に慌ただしくなった。盗品、帳簿、頭目の武器、黒布、討伐証明。全部確認される。さらに捕虜救出。生け捕りにした盗賊。情報もある。
「確認に少々時間がかかります」
「待つ」
四人は食堂の席へ座った。ノアはすぐ食事を頼んだ。
「今食うのか?」
槍使いが聞く。
「腹減ったので」
「俺もだ」
結局、全員食べた。肉、パン、スープ。戦った後なので、いつも以上にうまい。食べ終わる頃。受付係が来た。
「確認が取れました」
まず基本報酬、銀貨百二十枚、四人で分配、一人銀貨三十枚、それとは別。
「頭目バルガスには個別懸賞金が設定されています」
ノアの前へ袋。
「討伐者のノアさんへ、銀貨六十枚です」
「六十?」
「はい」
「基本報酬より多い」
「元Cランク冒険者で、複数の殺人と強盗に関与していますので」
「もらいます」
すぐ収納。さらに――
「今回、捕虜四名を救出したことと、灰鼠団の帳簿を確保したことについて、追加報奨が出ます」
「まだあるの?」
「はい。ただし帳簿については内容確認後になります」
「後でもらえる?」
「ノアさんだけではなく、討伐隊全体への追加報奨となります」
「分かりました」
十分だった。今日はかなり稼いだ。ローデンが横から見ている。
「お前、本当に金の話になると分かりやすいな」
「報酬も仕事の一部でしょう?」
「その通りだ」
ローデンは笑った。
◇
手続きが終わる頃には、かなり遅い時間になっていた。ギルドの外。ローデンたちとはそこで別れる。
「ノア」
「はい?」
「また複数人の依頼を受けることがあったら、声を掛けてもいいか?」
「報酬次第で」
「そこは変わらんな」
「でも、今回みたいなのなら行きます」
「分かった」
ローデンが手を出した。ノアも握る。
「じゃあな」
「はい」
三人が去っていく。ノアは一人、宿へ向かった。身体は疲れている。頭目に殴られた右腕もまだ少し痛い。ただ、大きな怪我はない。新しい技能も増えていない。装備も増えていない。それでも今日は、以前とは少し違う戦いができた。《静刻の仮面》を必要な瞬間だけ使う。《魔力感知Ⅰ》で相手の魔力の流れを見る。《危険察知Ⅰ》で攻撃を読む。《魔力纏装Ⅰ》も、決める時だけ使う。持っているものを全部、常に使えば強いわけではない。必要な時に、必要なものだけ。
「これでいいな」
灰鼠団も片付いた。ラグナへ来た目的だった護衛依頼も終わっている。新しい装備も手に入れた。呪物を浄化する仕事先もできた。ノアは宿の看板を見上げた。
「そろそろベルツに戻るか」
ラグナでやることは、十分にやった。




