第37話 灰鼠団討伐
翌朝、ノアがラグナの冒険者ギルドへ入ると、受付へ向かう前に声を掛けられた。
「ノアさん、少々よろしいでしょうか」
「はい?」
以前、灰鼠団について報告した時の受付係だった。
「先日の盗賊団について、調査結果が出ました」
「見つかったんですか?」
「はい。確認班が追跡したところ、ラグナ北西部の古い採石場を拠点としている可能性が高いと判断されました」
「何人くらい?」
「確認できただけで十三名です。ただし、出入りしている者がいる可能性もありますので、多少増えるかもしれません」
ノアは少し考えた。十三人。一人で行く人数ではない。
「討伐依頼になった?」
「正式に出ています」
受付係が一枚の依頼書を持ってくる。
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《Cランク》
《盗賊団・灰鼠団討伐》
推定人数:十三~十六名
活動拠点:ラグナ北西部・旧採石場
基本報酬:銀貨百二十枚
頭目討伐確認時、追加報酬あり
推奨人数:Cランク四名以上
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「百二十」
「参加者で分配となります。頭目や懸賞指定者については、討伐者へ個別報酬が支払われます」
「じゃあ一人で百二十じゃないのか」
「さすがに」
「ですよね」
それでも悪くない。何より、商隊を襲った連中だ。一人は逃げている。放置してまた同じことをされれば面倒だった。
「もう人は集まってるんですか?」
「三名決まっています。ノアさんが参加されるなら四名です」
「俺で四人?」
「はい。最初に灰鼠団を発見したのもノアさんですし、《魔力感知》をお持ちだと報告されていますので、ギルドとしても参加いただけると助かります」
「分かりました。行きます」
「ありがとうございます」
受付係はすぐに手続きを始めた。
◇
今回の討伐隊で、ノアが名前を覚えたのは一人だけだった。
「ローデンだ。今回は俺がまとめる」
四十歳前後の大柄な男、左腕には大きな盾、右腰には幅広の片手剣。装備には細かな傷が多いが、どれもきちんと手入れされている。残りの二人は槍使いと弓使いだった。簡単に挨拶はしたが、ノアは無理に名前を覚えようとはしなかった。出発前。ローデンは地図を広げた。
「採石場はここだ。正面に古い運搬路が一本。周りは岩壁が多い。ギルドの確認班によれば、正面入口には見張りがいる」
「裏は?」
「分からん」
ローデンはノアを見る。
「お前、《隠密》と《魔力感知》が使えるんだろ?」
「はい」
「なら現地に着いたら、まず中を見てもらいたい」
「一人で?」
「戦えとは言わん。人数と配置だけ見て戻れ。無理ならすぐ引け」
「それなら」
ノアには《影隠しの外套》も《静音の足環》もある。偵察なら向いている。
「それと」
ローデンが続けた。「相手は盗賊だ。降伏した奴まで殺すな。ただし、武器を捨てずに向かってくる奴へ遠慮する必要もない」
「分かってます」
「ならいい」
ノアも無抵抗の人間まで殺すつもりはなかった。逆に、殺す気で向かってくる相手へ躊躇するつもりもない。
◇
旧採石場までは、ラグナから半日ほどだった。街道を外れ、荒れた道を進む。周囲には大きな岩が増え、途中から木々も少なくなった。昼を少し過ぎた頃。ローデンが手を上げた。
「ここから先は声を落とせ」
前方。岩壁。その間に細い道が続いている。昔は石を運び出すために使われていたのだろう。
「採石場はこの先だ」
四人は岩陰へ入った。
「ノア」
「はい」
「見てこい」
ノアは《影隠しの外套》を整えた。《隠密Ⅰ》。《静音の足環》。さらに《魔力感知Ⅰ》。
「行ってきます」
「危険なら戻れよ」
「はい」
岩陰を使いながら進むと、前方に二つの反応があった。
「見張り」
魔力の大きさは普通の人間程度。さらに奥。複数。一つ、二つ、三つと数える。
「結構いる」
ノアは正面から近づかなかった。右側。岩壁の縁。登れそうな場所を選び、少し高い位置から中を覗く。採石場は思ったより広かった。中央には使われなくなった木製の足場。端には廃屋。岩壁にはいくつもの掘りかけの横穴が開いている。人。いる。正面入口に二人。高い足場に二人。
「弓」
遠目でも分かる。弓兵。中央付近に五人ほど。廃屋、中にも反応、三人。
「十二?」
もう一つ、大きな反応がある。廃屋より奥、岩壁の近くだ。
「これが頭かな」
他より明らかに魔力が強い。さらに――
「……ん?」
岩壁の向こう側に、一つだけ反応がある。何かが動いていたが、すぐに反応は消えた。
「壁の向こう?」
ノアは少し位置を変えた。《魔力感知Ⅰ》。さっきの反応。また出た。岩壁の奥から外側へ。
「穴がある」
正面とは別。裏から出られる道。ノアはさらに慎重に回り込んだ。採石場を大きく迂回する。裏側。岩と低い草。その間に、人一人が通れる程度の細い道があった。
「やっぱり」
入り口。粗い木板で目立たないよう隠してある。正面から攻めれば、ここから逃げられる。ノアは場所を覚えた。その時、ぞわっ。《危険察知Ⅰ》。
「……何?」
足を止めて地面を見ると、細い糸が張られていた。
「罠か」
糸は膝より少し低い高さで岩から岩へ張られ、目立ちにくい。ノアはその先を追う。小さな木杭があり、さらに上には石と紐が仕掛けられていた。
「踏んだら落ちてくる?」
完全には分からない。解除もできない。
「触らない方がいいな」
位置だけ覚えて跨ぐ。もう少し進む。さらに一本。
「裏口も守ってる」
逃げ道であると同時に、侵入者対策もしているらしい。必要な情報は揃った。
「戻ろう」
◇
「正面に二人。高い足場に弓が二人。中に八人くらい。あと、一番大きな魔力が一人」
「十三か」
「たぶん。あと裏口あります」
ローデンの目が変わった。
「場所は?」
ノアは地図へ位置を示す。
「ここ。岩壁の裏。細い道です。罠も二つありました」
「解除できるか?」
「できません。避けるだけならできます」
「それで十分だ」
ローデンは少し考えた。
「正面から全員で入ると、頭が裏から逃げるな」
「俺もそう思います」
「よし」
作戦が決まった。ローデンと槍使い。正面。弓使いは少し離れた場所から高所の弓兵を狙う。ノア。裏口。
「俺一人?」
「逃げてくる奴を全部倒せとは言わん」
ローデンが言う。
「誰か出てきたら知らせろ。止められるなら止めろ。無理なら逃がしてもいい」
「頭目だったら?」
「できるなら足止め。無理なら追うな」
「分かりました」
無茶をさせるつもりはないらしい。それなら問題ない。
◇
ノアは一人で採石場の裏側へ回った。先ほど見つけた一つ目の罠を避け、二つ目を跨ぐ。その先には木板で隠された裏口があった。少し離れた大岩の陰へ入り、《隠密Ⅰ》と《魔力感知Ⅰ》を使う。採石場の内部には複数の反応があるが、まだ動いていない。
「始まるまで待つか」
少しして、遠くから怒鳴り声が聞こえた。
「来たぞ!」
次に、金属音。戦闘。始まった。《魔力感知Ⅰ》で反応が一気に動く。入口へ。中央。正面へ人が集まっていく。高所にいた二人のうち、一つ。消えた。
「弓の人が倒したかな」
もう一つの反応が動き、その直後にまた消えた。
「早い」
こちらの弓使いも強いらしい。正面へ人が集まる。そして――
「来る」
裏口。一つ、二つ、三つと魔力反応。近づいてくる。木板。内側から外れる。
「急げ!」
「正面はもう駄目だ!」
三人。飛び出してくる。一人目、剣、二人目、弓、三人目、短剣。まだノアに気づいていない。
「止まって」
三人が振り向く。
「は?」
「武器捨てて止まれば、攻撃しない」
一瞬、沈黙。
「ガキ一人だ!」
一人目。剣を抜く。
「そう」
それなら終わらせる。男が上段に剣を構えて走ってきた。ノアは《静刻の仮面》へ魔力を流し、二秒だけ世界を遅くする。肩や肘の動き、剣の軌道まで見えた。
「右から」
魔力を止め、《俊足Ⅱ》で横へずれる。相手の剣が空振りした瞬間、《月銀の剣》で首を一閃した。一人目が倒れる。
「なっ……!」
二人目の男が弓を構える。
「武器捨てて」
「死ね!」
男が矢をつがえる。それなら撃たれる前に詰める。ノアは地面を蹴り、《俊足Ⅱ》で一気に懐へ入り、胸へ剣を深く突き込んだ。男が崩れる。三人目の短剣使いはノアと倒れた二人を見比べ、武器を落とした。
「ま、待ってくれ!」
「動かないで」
「降伏する!」
「じゃあ手を頭の後ろ」
「わ、分かった!」
ノアはすぐには近づかなかった。《危険察知Ⅰ》。反応は弱い。男は本当に戦う気を失っているらしい。持っていた縄で両手を縛り、岩の側へ座らせる。
「動いたら?」
「動かねえ!」
「ならいい」
殺す必要はない。
◇
正面ではまだ戦闘が続き、金属音と叫び声が聞こえている。《魔力感知Ⅰ》で確認すると、盗賊たちの反応は少しずつ減っていた。
「あと……」
その時、大きな魔力。動いた。
「来る」
さっきまで奥にいた一番強い反応。裏口。こちらへ。速い。
「頭かな」
ノアは剣を構えた。すぐ逃げてもいい。ローデンには、無理なら追うなと言われている。だが、まだ姿も見ていない。木板。飛ぶ。
「どけぇ!」
大柄な男が出てきた。三十代後半くらい。短く刈った髪。片手には厚い刃の長剣。革鎧の上に鉄板を何枚も追加している。首には。灰鼠団と同じ黒布。白い印。男はノアを見る。その後、縛られた仲間、倒れている二人。
「……ガキ一人か?」
「頭目?」
「だったらどうした」
「止まって武器捨てるなら殺さない」
男の口元が歪んだ。
「舐めやがって」
「じゃあ違う方で」
ノアは《月銀の剣》を少し上げた。男が踏み込む。
「おらぁ!」
速い。普通の盗賊とは全然違った。横薙ぎ。ノアは後退、ギリギリ、剣先、服の前。通る。
「……強いな」
「当たり前だ!」
男は上から斬り、斜めに返し、さらに突きを繋げて追撃してくる。ノアは《危険察知Ⅰ》で一撃目、二撃目、三撃目を避け、反撃に《剣術Ⅱ》を使った。《月銀の剣》と男の剣が激しくぶつかる。
ガンッ!
「っ!」
一撃が重く、受けた腕が痺れる。《身体強化Ⅱ》を使っても押されるほどだった。
「軽いんだよ!」
男が力任せに押してくる。ノアは正面から受け続けず、横へ力を逃がして距離を取った。
「力は向こう」
剣術もある。ただ力任せではない。ちゃんとこちらの動きを見ている。
「どうした! Cランクか何か知らねえが、ガキはガキだ!」
男が再び来る。今度は、《魔力感知Ⅰ》。右肩に魔力が集まる。
「そこに流す?」
強打が来る。ノアは身をかわし、男の剣が岩を叩いた。
ガンッ!
小石。飛ぶ。
「やっぱり」
攻撃の直前になると、男の右肩から腕へ魔力が集中する。何かの技能を使っているのかもしれない。男は剣を戻して再び斬りかかり、ノアも剣を合わせるが、受け止められて弾かれた。
「硬い」
鉄板は簡単には斬れない。それなら《魔力纏装Ⅰ》を使うべきか。ノアは一瞬判断を迷った。
「いや」
まだだ。相手の癖をもう少し見る。そんなノアを見て、男が笑った。
「逃げるだけか!」
男が踏み込む。右肩へ集まる魔力が、また増えた。
「強い一撃の前だけ」
少しずつ分かってきた。攻撃はその瞬間だけで生まれるわけではない。右脚の踏み込み、左腰の捻り、肩、腕まで、すべてが繋がっている。
「もう一回」
ノアは《静刻の仮面》へ魔力を流した。世界がゆっくりになる。男が右脚で踏み込み、左肩をわずかに引く。同時に右肩へ魔力が集まり、剣が振り上がっていく。その一連の動きがはっきり見えた。これまでは見えても避けるだけだったが、今度は違う。
「そこか」
魔力を止める。普通の速度へ戻る。男の剣。迫る。ノアは月銀の剣を構えた。今度は、受けるためではなかった。




