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スラム育ちの俺《浄化》スキルで成り上がる  作者: 月瀬 リュカ


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第34話 競売会

 競売会の日、ノアは朝から財布の中身を確認していた。正確には財布ではない。《遠征用収納鞄》の中へ分けて入れてある金袋を、一つずつ机の上へ並べている。領主グラハムから受け取った報酬。商隊護衛の報酬と追加謝礼。魔道具店で呪物を浄化した報酬。それ以前から貯めていた金もある。

「結構ある」

 だからといって、全部使うつもりはなかった。競売会の目録を見た限り、普通の希少級装備は驚くほど高い。競り合えば、さらに値段が上がる。ノアが狙っているのは、そんな品ではない。机の上に目録を開く。最後の数ページ。《事故品・呪染品》。

「魔法鞄は……買ってもいいけど」

 元は希少級。呪いさえ消せれば、かなり高く売れるはずだ。ただし自分ではすでに《遠征用収納鞄》を持っている。値段が上がるようなら無理に買う必要はない。もう一つ。

────────────

《灰色の仮面》

等級:鑑定不能

状態:呪染

症状:装着者の意識喪失

過去三名が装着後に昏倒

最低入札額:銀貨三十二枚

────────────

「こっちは現物見ないと分からないな」

 鑑定不能。元の性能すら不明。だからこそ安い。しかし、本当に壊れているだけなら銀貨三十二枚を捨てることになる。ノアは金袋を収納鞄へ戻した。

「上限決めとこう」

 魔法鞄。銀貨六十枚まで。灰色の仮面。銀貨五十枚まで。それ以上になったら買わない。金が増えたからといって、競売で熱くなって全部使うつもりはなかった。


◇


 競売会場は、ラグナ中心部にある大きな商館だった。入口の前には何台もの馬車が止まり、綺麗な服を着た商人や貴族らしい人間が次々と建物へ入っていく。冒険者もいる。ただし、ノアが普段ギルドで見るような者とは少し違った。装備がいい。一目で高価だと分かる剣や鎧を身につけている。

「こういうところなんだ」

 ノアは入口へ向かった。係員へ参加証代わりの書類を見せる。魔道具店が事前に手続きをしてくれていたため、それだけで入れるはずだった。だが、書類を確認した男は少しだけ首を傾げた。

「こちらは商会からの推薦ですね。念のため、身分を確認できる物はございますか?」

「冒険者証でいいです?」

「はい」

 Cランクの冒険者証を渡す。

「ノア様……十五歳」

「はい」

「失礼いたしました。問題ございません」

 冒険者証が返ってくる。さらにノアは、念のためグラハムからもらった紹介状も持ってきていたが、出す必要はなかった。会場へ入ると、すぐに広い受付室があり、その奥に商品を事前確認できる展示区画が設けられていた。

「先に見られるんだ」

「競売開始まで、あと一刻ほどございます」

 案内役の女性が説明する。

「ただし、事故品および呪染品については接触禁止となっております。専用の箱越しにご確認ください」

「分かりました」

 ちょうどいい。触る必要はない。ノアには《魔力感知Ⅰ》がある。


◇


 普通の商品にはあまり時間を使わなかった。立派な剣、高級な防具、強力な魔道具。どれも性能はいい。欲しいと思う物もある。ただし値段も相応だった。

「これなら店で必要な物買った方がいいな」

 競売でしか手に入らない珍品ならともかく、今のノアに絶対必要な物はない。そのまま奥へ進む。展示区画の端。人が一気に減った。

────────────

《事故品・呪染品展示区画》

《接触禁止》

────────────

「ここだ」

 最初に見つけたのは、《呪染した魔法鞄》だった。透明な魔法板の向こうに、小さな革鞄が置かれている。見た目はそれほど悪くない。ただし表面の一部が灰色に変色している。ノアは足を止め、《魔力感知Ⅰ》を使った。

「……うん」

 本体の魔力。ある。しかもかなり安定している。収納機能が停止しているという話だったが、空間系の魔力そのものが消えているわけではない。

「これ、直りそう」

 呪い。それほど強くない。昨日浄化した《血縛りの指輪》より弱いくらいだ。ただ、一つ気になる。

「中にもあるな」

 鞄の内部。空間の奥。濁った魔力が入り込んでいる。表面だけ《浄化》すれば終わる品ではなさそうだった。

「まあ、六十までなら」

 予定通り次へ進み、《黒鎖の脚甲》を見る。

「……微妙」

 本来の魔力は残っている。ただし右脚側の魔力が弱い。壊れているのか、呪いによって流れが止まっているのか判断しにくかった。安ければ買ってもいい。だが積極的に狙うほどではない。さらに進む。《泣き声の短杖》。ノアは少し離れたところから見ただけで通り過ぎた。

「見ないんですか?」

 隣で展示を確認していた老商人が声を掛けてきた。

「嫌なので」

「呪物を見に来ているのに?」

「喋るやつ嫌いです」

「なるほど……」

 納得したのかどうか分からない顔をされた。そして最後に、灰色の仮面。

「これか」

 黒い箱の中。人間の顔の上半分を覆う形の仮面だった。名前通り灰色。装飾はほとんどない。目の部分に細長い穴が二つ。額の中央には、小さな黒い石が埋め込まれていた。見た瞬間。《危険察知Ⅰ》。ぞわっ。

「強いな」

 ノアは一歩だけ後ろへ下がった。危険。それは間違いない。だが、第七呪物保管庫で黒指定に近づいた時ほどではない。《魔力感知Ⅰ》。仮面を見る。

「……何だこれ」

 呪いはある。それもかなり濃い。だが、それとは別に感じる本来の魔力も大きく、《黒銀の戦籠手》より明らかに強い。

「希少級より上?」

 鑑定不能なのも納得できる。仮面の内部には複数の魔力が重なっており、呪いと本来の機能がほとんど同じ場所へ入り込んでいる。簡単ではない。だが――

「壊れてない」

 少なくとも、魔力の流れが途中で切れてはいない。元の魔道具としての機能は、まだ生きている。

「五十まで……」

 一度決めた上限。ノアは仮面を見る。

「いや」

 ノアは少し考えた。五十なら問題なく払える。しかも、この魔力反応からすると、正常な状態へ戻れば《黒銀の戦籠手》より価値が高い可能性がある。

「六十……」

 そこで止めた。

「駄目だ」

 現物を見た途端に上限を上げていたら、決めた意味がない。銀貨五十枚。それ以上なら諦める。ノアは仮面から離れた。


◇


 競売会場は、二百人以上が入れそうな大広間だった。前方に商品を置く台。その向こうに進行役。客席は階段状になっている。前の方には明らかに身分の高そうな客が座り、商人たちは中央。冒険者らしい者は後方に多かった。ノアは後ろの方の空いている席へ座った。受付でもらった番号札を膝へ置く。

「五十八番」

 これを上げれば入札。単純だ。開始の鐘が鳴った。

「皆様、本日はラグナ魔道具競売会へお越しいただき、誠にありがとうございます!」

 進行役の男が大きな声を出す。最初の商品が運ばれてきた。

「第一品! 《炎角竜の短剣》! 希少級! 最低価格、銀貨八十枚から!」

「八十五!」

「九十!」

「百!」

「百十!」

「……高い」

 最初から、自分の狙う品とは世界が違う。銀貨百、百二十、百三十。最終的に銀貨百五十八枚で落札された。

「短剣一本で……」

 《宵闇の短剣》がいくらになるのか少し気になった。売るつもりはないが、価値だけは知りたい。その後も防具、魔法杖、宝飾品、素材と商品が次々に出てくる。見ているだけでも面白く、ときどきノアでも欲しくなる品があった。

────────────

《魔力回復の指輪》

等級:希少級

効果:休息中の魔力回復を補助する。

────────────

「これいいな」

 《蓄魔の腕輪》とも相性がいい。

「銀貨七十から!」

 ノアは少し迷った。

「七十五!」

「八十!」

「九十!」

「百!」

「……やめよう」

 あっという間に予算外。必要なら後で店を探せばいい。無理に競売で買う必要はない。その後も何点か続き。やがて進行役が声を変えた。

「ここからは事故品、および呪染品となります!」

 会場の反応が少し変わった。席を立つ者までいる。逆に、前へ身を乗り出す商人や研究者らしい人間もいた。

「まずはこちら! 《呪染した魔法鞄》! 本来は希少級の空間収納魔道具でしたが、現在は収納不能! 原因となる呪染の除去には成功しておりません!」

 商品が箱ごと運ばれてくる。

「最低価格、銀貨四十枚!」

 ノアはすぐには札を上げなかった。

「四十二」

 別の男。

「四十五」

 また別。

「四十八!」

「五十!」

 思ったより人気がある。

「五十二!」

 ノアはそこで札を上げた。

「五十五!」

 すぐ被せられる。前方に座る中年の商人だった。

「五十八!」

 別の男。

「六十!」

 前方の商人。ノアは札を下ろした。

「六十か」

 自分で決めた上限。ちょうど届いた。もう一枚上げれば買えるかもしれない。だが、買ってから浄化に失敗すれば銀貨六十枚が消える。成功しても、売れるまで時間がかかる。

「やめとこう」

「銀貨六十枚! 他にございませんか!」

 静か。

「落札!」

 木槌が鳴った。少し惜しい気もする。でも後悔はしなかった。

「また出るだろ」

 交易都市ラグナ。呪物は一つだけではない。


◇


 《黒鎖の脚甲》も見送った。銀貨二十八枚で始まり、三十五枚まで上がった。安い。それでも本体が壊れている可能性を否定できない。

「いらない」

 買わない判断も必要だ。そして――

「次の商品!」

 進行役の後ろから、黒い箱が運ばれてきた。ノアは姿勢を直した。

「《灰色の仮面》!」

 箱が開く。会場の一部からざわめきが起きた。

「出土地不明! 製作者不明! 等級、鑑定不能! 過去に三名が装着し、三名とも直後に意識を喪失しております!」

「そんな物売るなよ!」

 後方から声が飛ぶ。笑いが起きた。進行役も慣れている。

「ですので事故品でございます! 装着は自己責任! 当会場では一切の責任を負いません!」

 また笑い。ノアは笑わなかった。仮面を見る。遠い。それでも《魔力感知Ⅰ》を使えば、あの大きな魔力がぼんやり感じられる。

「最低価格、銀貨三十二枚!」

 静かだった。

「……」

 誰も上げない。ノアは少し待った。すぐ入札しなくてもいい。

「三十二枚! どなたかございませんか?」

 前方で一人が札を上げた。

「三十三」

 眼鏡を掛けた老男。服装を見る限り、冒険者ではない。研究者だろうか。

「銀貨三十三枚!」

 ノアは札を上げる。

「三十五」

「五十八番、銀貨三十五枚!」

 老男が振り返る。少しだけノアを見る。

「三十八」

「四十」

 ノア。また老男。

「四十二」

 ノアは少し迷った。まだ上限まで八枚。

「四十三」

 会場が静まり返った。老男は仮面を見たあと、さらにノアへ視線を向けた。

「四十五」

「……」

 残り五。

「四十六」

 ノア。老男。

「四十八」

「四十九」

 あと一枚。次に相手が五十と言えば終わり。それ以上は出さない。老男が札を持ち上げかけた。止まる。仮面を見る。少し考える。そして、札を膝へ戻した。

「銀貨四十九枚!」

 進行役が周囲を見渡す。

「他にございませんか?」

 誰も上げない。

「銀貨四十九枚! 一度!」

 静か。

「二度!」

 ノアは仮面を見た。

「三度! 落札!」

コンッ!

 木槌が鳴る。

「五十八番のお客様、銀貨四十九枚!」

「買えた」

 予定していた上限、銀貨五十枚、その一枚下。

「危なかったな」

 もう少し相手が続けていたら、諦めていた。だが、買えた。


◇


 その後の競売には、ほとんど参加しなかった。《泣き声の短杖》は銀貨十八枚で落札された。ノアは最後まで札を上げなかった。普通の希少級装備も何点か出たが、価格は高い。無理に何かを買う必要はない。競売が終わると、落札者だけ別室へ案内された。

「五十八番、ノア様ですね」

「はい」

「《灰色の仮面》、銀貨四十九枚となります」

 金を支払う。銀貨、四十九枚、大金。それでも、今のノアの全財産からすれば払える額だった。

「こちらが商品となります。安全上の理由により、封印箱ごとのお渡しとなります」

「箱ももらえる?」

「はい」

「助かります」

 黒い箱。大きくはない。そのまま《遠征用収納鞄》へ入れる。係員が少し驚いた。

「収納魔道具をお持ちでしたか」

「はい」

「呪染品を収納されても問題ございませんか?」

「箱の外には出てないですよね?」

「封印状態では問題ございません」

「なら大丈夫です」

 収納する。鞄には何の異常もない。

「よし」

 これで終わり。帰ろうとしたところで。

「君」

 声を掛けられた。振り返る。競り合った老男だった。眼鏡、灰色の髪、細身。

「何です?」

「先ほどの仮面。何に使うつもりだ?」

「浄化します」

 ノアは普通に答えた。老男が目を瞬いた。

「浄化?」

「はい」

「君は呪物研究者ではないのか?」

「冒険者です」

「……そうか」

 老男は少し考えた。

「私はラグナ魔術院で呪術史を研究している。その仮面は、以前一度だけ調査したことがある」

 ノアの興味が動いた。

「何か分かったんですか?」

「ほとんど何も」

「何も?」

「だから競り落とそうとした」

 なるほど。

「ただし、一つだけ忠告しておく」

 老男の表情が真面目になる。

「絶対に装着してから浄化しようとするな」

「しませんよ」

「ならいい」

「何が起きるんです?」

「三人の意識が失われたと言われているだろう?」

「はい」

「正確には、単に気絶したのではない」

 ノアは黙って続きを待った。

「最初の男は三時間。二人目は半日。三人目は二日間、目を覚まさなかった。そして全員、起きた後に同じことを言った」

「何て?」

 老男は少し間を置いた。

「何も見えなかった、と」

「……それだけ?」

「ああ。それだけだ」

 ノアは首を傾げた。

「気絶してたなら普通じゃないですか?」

「普通ならな」

「?」

「三人とも、眠っていた感覚がなかった。時間が消えた、と証言している」

「時間が?」

「あくまで本人たちの証言だ。仮面に時間を操る力があると証明されたわけではない」

 老男は念を押した。

「だが、私はただの昏睡を起こす呪物ではないと考えている」

「元の機能は?」

「不明だ」

「壊れてる可能性は?」

「ある」

「分かりました」

 やはり賭けだ。ただ、《魔力感知Ⅰ》で見た限り、内部の魔力は生きている。

「ありがとうございます」

「本当に浄化するのか?」

「そのために買ったので」

「成功したら、ぜひ一度見せてもらいたいものだ」

「売るかもしれませんよ」

「その場合は私に売ってくれ」

「高く買ってくれるなら」

 老男が少し笑った。

「冒険者らしい答えだ」

 名前だけ聞いた。魔術院研究員、エルド。詳しい話はしなかった。ノアは会場を出た。


◇


 宿へ戻っても、すぐ箱は開けなかった。まず食事、次に湯、装備の確認。《蓄魔の腕輪》の魔力量も調べる。

「今日はやめるか」

 競売へ行っただけなので身体は疲れていない。しかし《灰色の仮面》は、昨日まで扱った呪物より明らかに強い。第七呪物保管庫の赤指定ほど危険ではないと思う。だが、元の機能が分からない。焦る理由もない。

「明日にしよう」

 黒い箱を収納鞄から出し、部屋の隅へ置いた。それでも気になる。ベッドへ横になってからも、何度か箱へ視線が向く。

「鑑定不能か」

 銀貨四十九枚。失敗すれば高い買い物だ。成功すれば、何になるのか。ノアはしばらく箱を眺めた後、毛布を被った。

「明日だな」

 部屋の隅では、黒い箱が静かに置かれていた。


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