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スラム育ちの俺《浄化》スキルで成り上がる  作者: 月瀬 リュカ


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第33話 呪物を金に変える

 翌朝、ノアは宿を出ると、昨日教えてもらった冒険者向けの訓練場へ向かった。《黒銀の戦籠手》を浄化したことで、新しい技能《魔力纏装Ⅰ》を手に入れた。昨夜は宿の部屋で少し試しただけなので、まだ何ができるのかよく分かっていない。宿の机や壁を斬って確かめるわけにもいかなかった。

「壊したら弁償だしな」

 ラグナの冒険者ギルドには有料の訓練場が併設されていた。受付で銅貨を払い、中へ入る。朝早いせいか利用者はそれほど多くない。広い土の訓練場には木製の人形や藁束だけでなく、剣や槍の威力を試すための硬い木材まで用意されている。ノアはその中から、何度も剣を打ち込まれた跡のある太い丸太を選んだ。

「まず普通に」

 《月銀の剣》を抜く。《身体強化Ⅱ》。《剣術Ⅱ》。踏み込み、丸太へ斜めに斬りつけた。

ザンッ。

 刃が深く入る。

「このくらい」

 今度は剣を抜き、《魔力循環Ⅱ》で魔力を右腕へ送った。そこから《月銀の剣》へ。

「《魔力纏装》」

 刀身の表面を薄い膜のような魔力が覆う。昨夜も見た。見た目は地味だ。だが、剣を握っていると分かる。刀身そのものが、いつもより強固になったような感覚がある。同じ場所ではなく、少し横へずらして構えた。

「はっ!」

 振り下ろす。

ザシュッ!

「……おお」

 明らかに深い。普通に《剣術Ⅱ》と《身体強化Ⅱ》だけで斬った時より、刃が楽に木材へ入っている。ノアは剣を抜いた。

「もう一回」

 今度は《身体強化Ⅱ》を使わず、《魔力纏装Ⅰ》だけ。斬る。それでも普通の斬撃より深かった。

「剣そのものを強くしてる感じか」

 次は《身体強化Ⅱ》と《魔力纏装Ⅰ》を同時に使う。《魔力循環Ⅱ》のおかげで、複数の技能へ魔力を送ること自体はできる。ただし、身体の中へ《浄化循環》を常時回している時と同じで、使う技能が増えれば消費も増える。剣を振る。

ザンッ!

 丸太へ大きな傷が入った。

「強い」

 ただし、それ以上に気になったことがあった。

「減るな」

 魔力消費が大きい。数回使っただけで分かる。《身体強化Ⅱ》だけなら、ある程度長く戦える。《魔力纏装Ⅰ》まで同時に使うと、同じ感覚では続かない。

「ずっと使う技能じゃないな」

 硬い敵、防具を着た敵、絶対に通したい一撃。そういう場面だけ。ノアはさらに何度か試した。剣だけではない。《黒銀の戦籠手》を装着した右腕へ《魔力纏装Ⅰ》を使い、訓練用の革盾を殴ってみる。

ドンッ!

「痛っ」

 強い。でも拳も痛い。

「やっぱり剣でいい」

 籠手があるからといって、拳で戦う必要はなかった。次に《宵闇の短剣》へ纏わせる。こちらも問題なく使える。手に持った武器なら、種類はあまり関係ないらしい。

「防具は?」

 《黒銀の戦籠手》そのものへ魔力を纏わせ、訓練用の木剣を右腕で受けてみる。軽く。次は少し強く。衝撃はあるが、金属へ直接当たった時の嫌な感触が減っている。

「防御にも使える」

 技能説明の通りだった。攻撃と防御。どちらにも使える。ただし消費が大きい。ノアはそこで練習を止めた。

「必要な時だけだな」

 技能を覚えたからといって、何でもそれで解決しようとする必要はない。普段は《剣術Ⅱ》《身体強化Ⅱ》《俊足Ⅱ》。硬い敵や強敵との決着だけ《魔力纏装Ⅰ》。今のところは、それで十分だった。


◇


 訓練場を出たノアは、そのまま昨日の魔道具店へ向かった。店へ入ると、もう顔を覚えられていた。

「ノア様。おはようございます」

「おはようございます。店主います?」

「昨日のお話ですね。すぐにお呼びします」

 しばらくすると、支配人と店主の二人が出てきた。

「お待ちしておりました」

「呪物、あります?」

「ございます。ただし、まずはこちらで選んだ三点を確認していただきたいと思っております」

「三つ?」

「ノア様がどこまでの品を安全に扱えるのか、当店も把握しておく必要がありますので」

「分かりました」

 いきなり危険な物を大量に渡されるより、その方がノアも助かる。二階へ上がり、さらに昨日入った倉庫へ。今日用意されていたのは、作業台に置かれた三つの箱だった。店主が最初の箱を開く。

「一つ目はこちらです」

 中から出てきたのは、小さな円形盾だった。腕に取り付ける種類らしい。表面には青い魔石が埋め込まれているが、中央には大きな亀裂が走っている。

────────────

《破損した防護盾》

推定等級:良質級

状態:呪染、魔法機構損傷

症状:使用時に腕の痛み、魔力逆流

────────────

「……壊れてますね」

「はい」

「じゃあ無理です」

 即答した。店主が少し驚く。

「まだ浄化を試しておりませんが」

「呪いは消せると思います。でも、この割れてるところは直りません」

「魔法機構も?」

「壊れてるなら無理です。《浄化》は修理じゃないので」

 ノアは念のため《魔力感知Ⅰ》を使った。盾には確かに濁った魔力がある。ただ、その奥にある本来の魔力は途中で途切れていた。

「たぶん、呪いを取っても魔道具として動かないです」

「……なるほど」

 店主は盾を戻した。

「正直に申し上げますと、こちらは確認のために入れました」

「確認?」

「何でも浄化できると仰る方なのかどうかを」

「できない物はできないですよ」

「そのようですね」

 店主は少しだけ満足そうだった。

「では二つ目を」

 次の箱。中には金属製の水筒が入っていた。見た目は普通。ただし蓋の周辺が黒ずんでいる。

────────────

《腐れ水の筒》

推定等級:良質級

状態:呪染

症状:内部の水を飲んだ者に腹痛、嘔吐

────────────

「何でこんなの使ったんです?」

「本来は水を長期間保存する魔道具だったようです。呪われていることに気づかず使用した冒険者が数名倒れまして」

「死んだ?」

「幸い死者はいません」

「ならよかった」

 《危険察知Ⅰ》。反応はかなり弱い。《魔力感知Ⅰ》でも呪いは表面と内部に薄く広がっているだけで、中心となる強い塊はない。

「これは簡単そう」

 手を触れずに右手を向ける。

「《浄化》」

 白い光が水筒を包んだ。黒い靄が僅かに浮かび、そのまま消える。一回、二回、三回と数分もかからなかった。

「終わりです」

「もうですか?」

「たぶん」

 《危険察知Ⅰ》に反応はない。《魔力感知Ⅰ》。本来の魔力だけ。念のためもう一度《浄化》を使ったが、何も出なかった。店側の鑑定具でも確認する。支配人が驚いたように表示を読む。

「呪染反応なし」

「なら大丈夫ですね」

 改めて品を見る。

────────────

《清泉の水筒》

等級:良質級

効果:内部に入れた水の鮮度を長期間維持する。

────────────

「元に戻った」

 技能は出ない。当然だ。今までだって、技能を得られる呪物の方が少なかった。店主は水筒を手に取り、何度か確認した。

「これなら通常商品として販売できます」

「いくらくらい?」

 提示された金額を聞く。

「結構するんだ」

「遠征する冒険者や商隊に需要があります。水は命に関わりますから」

「じゃあ俺の報酬は?」

「こちらです」

 用意されていた小袋を受け取る。中を見る。

「……これだけで?」

 普通の低ランク討伐依頼なら、何件かこなせる金額だった。

「本来、当店が処分するしかなかった品です。それが商品へ戻ったのですから、十分に利益が出ます」

「なるほど」

 町から出ていない。魔物とも戦っていない。数分《浄化》しただけ。

「これ、かなりいい仕事ですね」

「当店としても助かります」

 双方に利益がある。悪くない。むしろかなりいい。


◇


「三つ目はこちらです」

 最後の箱は、他の二つより明らかに厳重だった。金属の留め具が三つ。内側にも薄い金属板。店主自身は触らず、支配人が長い棒を使って蓋を開ける。中には赤黒い指輪が置かれていた。

────────────

《血縛りの指輪》

推定等級:希少級

状態:強度呪染

症状:装着者から継続的に血液を奪う。

長時間装着時、失血による意識喪失。

死亡例あり。

────────────

 ノアは顔をしかめた。

「死んでるんだ」

「一名、確認されています」

「誰か止めなかったんですか?」

「外れなかったそうです」

「……嫌なやつだな」

 《危険察知Ⅰ》。ぞわり。強い。昨日の《呪縛の黒銀籠手》より少し弱い程度。第七呪物保管庫の赤指定よりは下だと思う。《魔力感知Ⅰ》で呪いを探る。指輪全体。中心は赤い宝石。その奥には、本来の魔道具らしい安定した魔力も残っている。

「壊れてはない」

「お分かりになりますか?」

「たぶん」

「難しいようでしたら、無理にお願いするつもりはありません」

 ノアは少し考えた。危険はある。だが今の自分には《聖護の首飾り》があり、《呪耐性Ⅱ》もある。《魔力循環Ⅱ》で自分への《浄化》を維持しながら作業もできる。《蓄魔の腕輪》にも魔力を貯めている。

「やります」

「よろしいのですか?」

「でも今日はここでやります」

「宿ではなく?」

「血を吸う呪いでしょ。何かあったら人がいる方がいいので」

「もちろんです。専用の処置室をお使いください」

 店の奥。呪染品を鑑定するための小さな石室へ移動した。扉を閉じる。壁と床には呪いを抑えるための魔法陣が刻まれている。

「こういう部屋あるんだ」

「事故防止のためです」

「いいですね」

 第七呪物保管庫ほどではないが、こういう場所なら安心して作業できる。ノアは《浄化循環》を始めた。

「開けます」

 指輪を箱から出さず、そのまま《浄化》。白い光。直後、赤黒い靄が噴き出した。

「強いな」

 ただ、予想の範囲内だった。白い光で押す。黒。少しずつ減る。だが赤い宝石からまた溢れてくる。

「中心はここか」

 《魔力感知Ⅰ》。宝石。その内部へ意識を向ける。昨日の籠手と違い、本来の魔力と呪いはそれほど複雑に絡んでいない。ただし量が多い。

「時間かかりそう」

 一気に終わらせようとはしなかった。《浄化》を使っては休み、水を飲んでからまた《浄化》する。店主たちは隣室から魔法窓越しに見守っていた。一刻ほど経つと指輪の色が変わり始め、赤黒かった金属は銀色へ、中央の宝石も濁った赤から透明感のある深紅へ戻っていった。

「もう少し」

 最後に、宝石の中心。黒い塊。そこへ《浄化》を集中させた。途端。

「っ!」

 右手に痛みが走り、皮膚へ赤い線が浮かんだ。

「血?」

 触れていないはずの指先から、小さな血の玉が滲んだ。呪いが距離を越えてノアへ届いている。《呪耐性Ⅱ》で抵抗しながら、《浄化循環》を右腕へ強く流すと、伸びかけた赤い線が止まった。

「これくらいなら」

 領主令嬢の呪いを何度も引き受けた。あれより弱い。ノアは作業を止めない。

「《浄化》」

 指輪、自分、二つ同時。《魔力循環Ⅱ》。黒い塊が少しずつ削れる。指から滲んだ血も止まった。

「あと少し」

 魔力。まだある。必要なら《蓄魔の腕輪》も使える。最後に、右手へ集める。

「《浄化》!」

 白い光、赤い宝石、中心、黒い塊。

パキッ。

 小さな音がした。赤黒い靄が一気に吹き出す。ノアはすぐに《浄化Ⅲ》を広げ、石室の中で消し切った。しばらく待つ。もう何も出ない。

「終わりました」


◇


 鑑定、二度、三度。どの道具でも呪染反応は出なかった。箱の中にある指輪は、最初とはまるで別物になっていた。

────────────

《活血の指輪》

等級:希少級

効果:装着者の自然回復力を高め、疲労および軽度の負傷からの回復を補助する。

────────────

「逆になったな」

 血を奪う指輪。本来は身体の回復を助ける指輪だったらしい。技能はない。それでも希少級。店主は鑑定結果を見ながら、しばらく黙っていた。

「これ、かなり高いですか?」

「……はい」

 価格を聞く。

「そんなに?」

「冒険者だけでなく、騎士や富裕層にも需要があります。治癒魔法ほど即効性はありませんが、日常的な疲労や軽傷からの回復を補助する装備は人気がありますので」

「俺の報酬は?」

「先ほどの水筒とは別に、こちらを」

 小袋。今度は明らかに重い。中を確認する。

「……多い」

「希少級の品を正常な状態へ戻していただいた報酬です」

 ノアは少し考えた。普通のCランク討伐依頼なら、町を出る。対象を探す。戦う。素材を回収する。帰る。それでもかなり稼げる。だが今回は店へ来て、二つの呪物を浄化しただけだった。

「すごく効率いいな」

「ノア様にとっては、そうかもしれません」

 店主が苦笑する。

「普通の者にとっては命がけです」

「俺も少し血出ましたよ」

「その程度で済んだことが驚きなのです」

 店主は改めて姿勢を正した。

「昨日申し上げた件ですが、正式にお願いしたいと思います」

「呪物の浄化?」

「はい。当店へ呪染魔道具が持ち込まれた際、ノア様がラグナに滞在している場合に限り、まず鑑定をご依頼する。安全に処置可能と判断された物だけ、浄化をお願いする形ではいかがでしょう」

「全部受けなくていい?」

「もちろんです」

「壊れてる物も断りますよ」

「それも承知しております」

「危険すぎる物もやりません」

「それで構いません」

 なら問題ない。

「受けます」

「ありがとうございます」

「でも、俺は冒険者なので、いつもラグナにいるわけじゃないですよ」

「はい。専属契約を求めるつもりはありません」

「それならいいです」

 これで、ラグナへ来た時に稼ぐ方法が一つ増えた。魔物を倒す。護衛をする。素材を売る。そして、呪物を浄化する。

「《浄化》で金稼げるんだな」

「今さら気づかれたのですか?」

「今までは自分の装備にしてたので」

「……なるほど」


◇


 契約の細かい条件を確認した後、支配人が別の冊子を持ってきた。

「そういえば、先日お話しした競売会ですが」

「数日後の?」

「はい。出品目録が完成しました。参加されるのでしたら、先に目を通しておくとよいでしょう」

「見ます」

 分厚い冊子。ページを開く。最初は普通の魔道具。

────────────

《雷鋼の長剣》

等級:希少級

最低入札額:――

────────────

「高い」

 次に――

────────────

《火蜥蜴の胸甲》

等級:希少級

効果:炎属性耐性

最低入札額:――

────────────

「これも高い」

 さらに、魔法袋。魔法杖、指輪、護符、珍しい魔物素材。欲しいと思う物はいくつもある。買えないわけではない。だが領主からかなりの金をもらったとはいえ、何でも買えるほどではない。

「普通の商品は店で買う方がいいかな」

「競売では希少性の高い品ほど値が上がりますので、実用品だけを求める場合はその方が賢明です」

 ページをめくる。最後の方。

「……あ」

 項目が変わった。

────────────

《事故品・呪染品》

────────────

「これだ」

 支配人が少し笑った。

「やはり、そちらをご覧になりますか」

「安いですよね?」

「通常品よりは」

 一つ目。

────────────

《呪染した魔法鞄》

元等級:希少級

状態:収納機能停止

症状:内部への収納不可

最低入札額:正常品の約四分の一

────────────

「鞄は持ってるからいらないな」

 ただ――

「直して売ったら?」

「競売規約上、購入後の再販売は自由です」

「なるほど」

 次に――

────────────

《灰色の仮面》

等級:鑑定不能

状態:呪染

症状:装着者の意識喪失

過去三名が装着後に昏倒

最低入札額:銀貨三十二枚

────────────

「鑑定不能?」

「元々の魔道具としての機能が分からない品です」

「壊れてる?」

「それも不明です」

「面白いな」

 次に――

────────────

《黒鎖の脚甲》

元等級:希少級

状態:呪染

症状:装着時、歩行困難

────────────

 さらに――

────────────

《泣き声の短杖》

元等級:不明

状態:呪染

症状:夜間に音声発生

────────────

「……これは嫌」

「音だけなのですが」

「嫌です」

 第七呪物保管庫で《音声に応答するな》と書かれた部屋を見たばかりだ。喋る呪物には近づきたくない。ページを進める。値段。安い。普通の希少級装備と比べれば、かなり低い。

「呪われてるだけで、こんなに下がるんだ」

「使用できませんから」

「でも元に戻せたら」

「価値も戻ります」

 ノアの視線が冊子へ戻る。今までは、呪物を見つけて浄化し、自分で使うか売る。それだけだった。しかし――

「安く買って」

 浄化する。

「高く売る?」

 店主が少しだけ笑った。

「成功すれば、ですが」

「失敗したら?」

「使えない呪物だけが残ります」

「壊れてたら?」

「損です」

「危険すぎたら?」

「それも損ですね」

 当然、絶対に儲かるわけではない。だから普通の人間は手を出さない。でもノアには《魔力感知Ⅰ》がある。《危険察知Ⅰ》もある。完全ではないが、壊れている物と本来の魔力が残っている物をある程度見分けられる。そして《浄化Ⅲ》。

「……面白い」

 冊子をもう一度、最初から見る。普通の商品ではなく。最後の数ページ、事故品、呪染品。そこだけ。

「競売って、呪われてる方が安いんですよね?」

「基本的にはそうです」

「なら、ちょっと楽しみになってきました」

 数日後。初めての競売会。ノアは《灰色の仮面》のページを開いたまま、いくらまでなら出せるか考え始めた。


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