第31話 交易都市ラグナ
交易都市ラグナの城門へ近づくにつれ、街道を行き交う人の数が一気に増えていった。荷馬車だけでも十台以上が列を作っている。ベルツではあまり見かけなかった四頭立ての大型馬車や、屋根いっぱいまで木箱を積んだ商隊もいた。冒険者らしい集団も多く、剣や槍だけでなく、大盾や長杖を持つ者までいる。
「門に入るだけでも時間かかりそうだな」
ノアが呟くと、槍の護衛が笑った。
「ラグナじゃ普通だ。夕方は特に混む。商人が集まる町だからな」
「ベルツよりずっと大きいですね」
「人口も違うし、金の動く額も違う。魔道具を探すなら面白いぞ。金さえ持ってりゃな」
「金ならあります」
「そうだったな」
護衛の男は苦笑した。ノアはこの数日でかなり稼いでいる。鉄背大猿の素材代に、領主令嬢を救った報酬。それ以前から貯めていた金もある。今すぐ何かを買う予定はなかったが、ベルツでは見つからなかった物があるなら見てみたい。特に魔道具。《浄化》と相性のいい呪物が見つかれば、なおさらだった。しばらく待っていると、ようやく商隊の順番が来た。門番が商人の書類を確認し、荷馬車を一台ずつ調べる。ノアたち護衛も冒険者証の提示を求められた。
「Cランク、ノア……十五歳?」
門番が冒険者証とノアの顔を交互に見る。
「はい」
「若いな」
「よく言われます」
「まあ、ギルド証が本物なら問題ない。通っていいぞ」
冒険者証を返される。荷馬車が巨大な門をくぐった。
「おお……」
ノアは思わず周囲を見回した。大通りが広い。荷馬車が四台並んでも通れそうな道の左右に、三階建てや四階建ての建物が並んでいる。一階はほとんどが店で、食料、衣服、武器、薬、魔道具、宝飾品など、看板を眺めているだけでも種類が多い。通りの中央には小さな乗合馬車まで走っていた。
「町の中で馬車に乗るの?」
「端から端まで歩いたら結構かかるぞ」
「そんなに広いんだ」
少し進むと別の大通りが交差していた。そちらにも店。さらに奥にも人。ベルツとは規模が違う。
「迷いそう」
「初日は大通りから外れない方がいい。あと、宿の名前は覚えとけ」
「分かりました」
これは素直に聞いておく。《魔力感知Ⅰ》で宿の位置まで覚えられるわけではない。
◇
商隊が向かったのは、南門近くの大きな商会だった。三台の荷馬車を裏庭へ入れると、何人もの従業員がすぐに荷下ろしを始める。ベルツから運んできた木箱や樽が次々と倉庫へ運ばれていった。商人は荷物の確認を終えると、ノアたち三人の護衛を呼んだ。
「皆さん、本当にありがとうございました。途中の襲撃についてはこちらからもギルドへ報告しておきます」
「盗賊が一人逃げてる。しばらく同じ街道を使うなら注意した方がいい」
槍の男が言う。
「承知しました。護衛人数も増やすことにします」
商人は三人へ報酬を支払った。ノアが受け取った袋には、契約通り銀貨五十枚が入っている。さらに商人がもう一つ、小さな袋を出した。
「こちらは私からです」
「何です?」
「追加の謝礼です。最初に危険を察知してくださらなければ、商隊はそのまま待ち伏せへ入っていました」
「依頼の報酬はもうもらいましたけど」
「もちろんお断りいただいても構いません」
「もらいます」
ノアはすぐ受け取った。槍の男が横で笑う。
「そこは迷わないんだな」
「くれるって言ってるので」
「正しい」
追加の袋も収納鞄へ入れる。これで護衛依頼は完了だった。
「俺たちは明後日ベルツへ戻る商隊を探すが、お前はどうする?」
槍の男に聞かれ、ノアは首を振った。
「少しラグナを見ていきます」
「初めてだもんな。だったらギルドの近くに宿を取っとけ。変な宿もあるからな」
「分かりました」
「それと盗賊の報告には来いよ。お前が一番詳しく見てる」
「先にギルド行きます」
三人はそこで別れた。
◇
ラグナの冒険者ギルドは、建物からしてベルツより大きかった。入口には剣と盾を組み合わせた大きな看板があり、扉を開くと、中には数十人の冒険者がいる。一階だけでもベルツのギルドの倍近い広さがあった。
「でか……」
壁一面に依頼書が並んでいる。FからCまで。さらに奥。Bランク用らしい掲示板まである。人も多い。受付だけで六つ。素材査定の窓口も別になっていた。ノアは空いている受付へ向かった。
「ベルツから来ました。護衛依頼の完了報告と、途中で盗賊に襲われた件を報告したいです」
「冒険者証をお願いします」
渡す。受付の女性が確認した。
「ノアさん、Cランクですね。護衛依頼は……ベルツ発、ローデ商会の商隊でしょうか」
「はい」
「到着確認はすでに商会から届いています。依頼完了として処理します。盗賊について詳しく教えていただけますか?」
ノアは途中で起きたことを順番に説明した。街道を塞ぐ倒木、ホブゴブリン六体、オーガ一体、丘で商隊を監視していた弓兵、倒した男から見つけた紙。魔物を誘導するために使っていたらしい餌。もう一人逃げたこと。収納鞄から紙と黒い布を取り出す。
「これが倒した男の持ち物です」
受付係は黒い布を見ると、少し表情を変えた。
「この印……」
「知ってるんですか?」
「少々お待ちください」
奥へ行き、別の職員を連れてきた。年配の男が布を見る。
「《灰鼠団》だな」
「盗賊?」
「ああ。ラグナ南西部の街道で何度か被害を出している連中だ。ここ一か月ほど姿を見せていなかったが、活動範囲を変えたらしい」
「討伐依頼あります?」
「あるにはある。だがCランク複数名推奨だ」
男が別の掲示板から一枚の依頼書を持ってきた。
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《Cランク》
《盗賊団・灰鼠団討伐》
推定人数:十二~二十名
活動区域:ラグナ西部から北西部
報酬:銀貨百二十枚
頭目討伐確認時、追加報酬あり
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「百二十……」
高い。かなり高い。ただし、それだけの価値はある。
「十二から二十人か」
「単独では勧めんぞ」
「俺も一人では行かないです」
そこは迷わない。人間相手。数が多い。しかも弓や罠を使う。戦えないわけではないが、わざわざ不利な条件で挑む理由はない。
「情報提供は討伐依頼とは別に報奨が出る。逃げた一人が使っていた場所も分かるか?」
「だいたいなら」
地図を出してもらい、場所を示す。受付係が記録を書き込んだ。
「確認班を出します。この情報が有効だった場合は、追加で報奨金をお支払いします」
「それももらえるんだ」
「もちろんです」
「ラグナいいな」
受付係が笑った。
「まだ着いたばかりですよね?」
「はい」
「でしたら、宿をお探しですか?」
「ギルドの近くで、鍵がちゃんとしてるところがいいです」
「でしたら向かいの通りに《白角亭》があります。冒険者の利用が多い宿です」
「そこにします」
まず寝る場所。これでいい。
◇
《白角亭》に一週間分の宿代を払い、部屋を確保した。ベルツの宿より少し高い。その代わり部屋も広く、鍵もしっかりしている。下には食堂と浴場まであった。荷物自体はほとんど収納鞄の中なので、部屋へ置くものはない。
「さて」
まだ日が高い。今日は休んでもいい。しかし、せっかくラグナまで来た。
「店見よう」
ノアは再び外へ出た。大通りを歩く。武器屋だけでも何軒あるのか分からない。店頭に並んでいる剣も、ベルツより質の良さそうなものが多かった。魔道具店もある。入口に《魔道具専門》と書かれた店へ入ってみる。
「いらっしゃいませ」
棚、指輪、腕輪、護符、魔石灯、水を作る小さな魔道具、火を起こす道具。いろいろある。ただ――
「高いな」
値札を見る。ベルツで買った《聖護の首飾り》ほどではないものの、良質級以上になると一気に値段が上がる。
「何かお探しですか?」
店員が声を掛けてきた。
「希少級の装備あります?」
「ございます。ただ、一般展示品は良質級までとなっております」
「見られない?」
「希少級以上は二階で扱っております。商会員、上級冒険者、あるいは紹介状をお持ちの方のみご案内しております」
「上級冒険者って?」
「Bランク以上です」
「Cじゃ駄目なんだ」
「申し訳ございません」
「紹介状ならあります」
店員の表情が変わった。
「どちらからの紹介状でしょうか」
ノアは収納鞄から封筒を取り出した。領主グラハムから渡されたもの。封蝋。紋章。店員は受け取る前に、それを見て姿勢を正した。
「少々お待ちいただけますか」
「はい」
すぐ奥へ消えた。
「本当に使えるんだな」
領主から説明されてはいた。だが実際に使うのは初めてだった。少しして、先ほどとは別の男性が出てきた。きちんとした服を着た中年。
「お待たせいたしました。私は当店の支配人を務めております」
「ノアです」
「紹介状を拝見しても?」
「どうぞ」
封筒を渡す。支配人は封を確認したが、中身を勝手に開こうとはしなかった。
「ベルツ領主グラハム様の紋章で間違いございません。二階へご案内いたします」
「これだけでいいんですか?」
「領主家の正式な紹介状ですから」
「便利だな」
ノアは素直に思った。
◇
二階は、一階とは雰囲気が違った。商品が少ない。代わりに、一つ一つが専用の台や箱に入れられている。
「こちらでは希少級を中心に扱っております。一部、さらに上位の品もございますが、価格は個別交渉となります」
ノアはゆっくり見て回った。
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《炎守の指輪》
等級:希少級
効果:炎属性への耐性を高める。
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「高い……」
買えないわけではない。だが必要性を考えると、今すぐ欲しいものではなかった。次に――
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《風渡りの外套》
等級:希少級
効果:風圧軽減、落下時の衝撃を緩和。
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「外套はもうあるしな」
《影隠しの外套》を使っている。装備箇所が同じなら両方は使いにくい。さらに――
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《猛力の籠手》
等級:希少級
効果:腕力補助。
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「これいいな」
ただ、値段。
「……高っ」
領主からもらった報酬のかなりの割合が消える。買えなくはない。だからこそ迷う。以前なら値札を見た瞬間に諦める金額でも、今は「買う価値があるか」を考えられる。
「無理に買わなくていいか」
欲しいから買う。ではなく。必要なら買う。今ある装備でも戦える。ノアは次の棚へ進んだ。そこで。
「ん?」
《魔力感知Ⅰ》。何かに引っかかった。店の商品。当然どれも魔力を持っている。だが、少し離れた奥。壁の向こう。濁った魔力。
「……呪い?」
立ち止まる。支配人が気づいた。
「どうかなさいましたか?」
「あっちに何があります?」
指差す。普通の商品棚ではない。奥の扉。
「倉庫ですが」
「魔道具?」
「ええ。ただし販売棚へ出していない品です」
「呪われてる物あります?」
支配人が少し驚いた。
「……ございます」
「やっぱり」
「なぜお分かりに?」
「そういうの分かる技能があるので」
正確には《魔力感知Ⅰ》と、これまで何度も呪物を見てきた経験だ。支配人は少し考えた。
「呪物をお探しなのですか?」
「物によります」
「通常、お客様へお見せするものではありません。鑑定不能品や危険性のある品も含まれますので」
「売らないんですか?」
「処分予定の物もあります。一部は研究機関へ回しますし、呪いが弱い物なら買い手がつく場合もあります」
「安い?」
「……通常品と比べれば」
ノアの興味が一気に強くなった。
「見たいです」
「しかし――」
そこでノアは紹介状を指差した。
「これでも駄目です?」
「紹介状は、そのためのものではございませんよ」
「ですよね」
すぐには通らないらしい。ただ支配人は、少し困ったように笑った。
「ですが、グラハム様の紹介を受けている方を、単なる物見遊山とも考えにくい。失礼ですが、呪物を扱った経験は?」
「結構あります」
「浄化術師ですか?」
「冒険者です。《浄化》が使えます」
「《浄化》……」
支配人はノアを見た。
「もしかして、ベルツで最近噂になっている若い冒険者というのは……」
「何の噂です?」
「領主令嬢を呪いから救ったと」
「俺です」
支配人が黙った。ほんの数秒。
「……少々お待ちください」
また奥へ行った。
「また待つのか」
ノアは展示されている《猛力の籠手》を見ながら待つ。やはり高い。でも性能はいい。少し欲しい。数分後。支配人が戻ってきた。
「特例として、いくつかお見せできます。ただし、決して素手では触れないでください。こちらの指示にも従っていただきます」
「分かりました」
「それと、商品として正式に値付けされていない物もあります。もし購入を希望される場合は、その場で相談となります」
「はい」
奥の扉が開かれた。
◇
普通の倉庫とは違った。石壁。床にも金属板が敷かれている。棚の一つ一つに箱。その中には札が付けられていた。
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《鑑定保留》
《装着禁止》
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《魔力異常》
《接触禁止》
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《呪染確認》
《売却不可》
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「いっぱいある」
「決して喜んで集めているわけではございません」
「分かってます」
壊れた魔道具。所有者が死亡した装備。遠征先から持ち込まれた鑑定不能品。競売で買い手がつかなかった物。さまざまらしい。ノアは《魔力感知Ⅰ》を使った。
「弱いのもある」
「呪いの強度でしょうか?」
「たぶん」
一つ目は古い指輪で、呪いは弱い。二つ目は小さな盾で、こちらもそれほど強くない。ただし――
「これ、壊れてる」
盾は中央に大きな亀裂がある。《浄化》しても直らない。
「いらない」
「即答ですね」
「壊れてる物は《浄化》しても直せないので」
支配人の顔が僅かに変わった。
「……呪いだけを除去できるのですか?」
「物によります」
さらに奥にはもう一本、刃そのものが折れた剣があった。
「これもなし」
その隣。黒く変色した首飾り。《危険察知Ⅰ》。強い。
「これも嫌」
「危険性がお分かりになるのですか?」
「なんとなく」
さらに進む。そこで、ノアは止まった。
「これ」
黒い布が掛けられた箱。魔力。かなり強い。呪いもある。ただ、第七呪物保管庫の赤指定ほどではない。
「開けてもいいですか?」
「お待ちください」
支配人が厚い革手袋を着けた。箱の留め金を外し、長い金属棒で蓋を持ち上げる。中。
「籠手?」
片手用。黒銀色の金属。指先から肘近くまで覆う重装の籠手だった。表面は黒く錆び、何かに焼かれたような跡がある。
「《黒銀の戦籠手》と呼ばれていた品です」
「呼ばれていた?」
「現在は別の名で記録されています」
支配人が札を見せた。
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《呪縛の黒銀籠手》
推定等級:希少級以上
状態:強度呪染
症状:装着者の右腕麻痺
長時間装着時、全身への麻痺拡大を確認
過去に重傷者二名
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「希少級以上」
「元々は非常に高価な戦闘用魔道具だったとされています。しかし呪われた原因は不明です」
「値段は?」
支配人が苦笑した。
「まだ買うと決めるのは早いのでは?」
「値段聞くだけです」
「正常品であれば、先ほどご覧になった《猛力の籠手》の数倍はするでしょう」
「呪われてる今は?」
「処分予定品ですので……」
提示された額。ノアは少し考えた。
「それなら買える」
正常品の十分の一より安い。それでも普通の冒険者なら、使えない呪物へ払うには高すぎる金額だろう。ノアには違う。箱の中へ右手を向ける。
「《魔力感知Ⅰ》」
濁った魔力。強い。その奥には、別の魔力。
「……あるな」
「何がでしょう?」
「元の魔道具の魔力」
呪いに覆われている。でも消えていない。つまり、壊れている可能性は低い。
「これ、買います」
「本当に?」
「はい」
「浄化に失敗しても、返品はできません」
「大丈夫です」
「危険性についても、当店では責任を負いかねます」
「分かってます」
ノアは黒銀の籠手を見た。ベルツでは、呪物を探すために廃品置き場や古い店を回ったこともある。だがラグナには、別の集まり方があるらしい。高価な魔道具。呪われたせいで価値を失った品。それらが、商会の倉庫に眠っている。
「ラグナ、面白いな」
支配人が首を傾げる。
「普通のお客様は、この倉庫を見てその感想にはなりません」
「俺には宝物が結構あるので」
ノアは《呪縛の黒銀籠手》の箱を見ながら答えた。交易都市へ来て最初に見つけたのは、新品の高級装備ではなかった。誰も装着できず、倉庫の奥で処分を待っていた呪われた籠手。どんな装備へ戻るのか。それはまだ分からない。だがノアは、久しぶりに《浄化》する前から少し楽しみになっていた。




