第30話 待ち伏せ
ノアの報告を聞いた槍の男は、すぐに商隊の主人を呼んだ。
「この先は通れない。街道に倒木が二本、ホブゴブリンが六体、それにオーガが一体いる。しかも少し離れた丘に弓を持った人間まで隠れているそうだ」
「では、引き返すのですか?」
商人は不安そうに後ろを見た。二日かけてここまで来ている。今からベルツへ戻れば、それだけでも大きな損失になるだろう。だが槍の男は首を振った。
「まだ決めていない。迂回できるなら迂回する。無理なら排除する。ただし、あんたの荷物のために無茶をするつもりはない」
「もちろんです。安全を優先してください」
ノアは街道脇の森を見た。三台の荷馬車で森を抜けるのは難しい。人間だけなら回り込めるが、馬車が通れるほどの道はない。しかも昨日まで雨が降っていたらしく、街道を外れた地面は柔らかい。無理に進めば車輪が埋まる可能性が高かった。
「少し待っててもらえます?」
「何か調べるのか?」
「人間の方を、もう一度見てきます」
槍の男が眉を寄せた。
「一人で大丈夫か?」
「見つかったら戻ります。魔物より先に、人間が何をしてるのか知りたいです」
倒木。待ち伏せしている魔物。少し離れた場所にいる弓持ちの人間。偶然とは考えにくい。
「分かった。俺たちはここで馬車を守る。ただし、戻ってこなかったら探しには行かないぞ」
「その方がいいです」
護衛対象を放置してまで自分を助けに来られても困る。ノアは《影隠しの外套》を整え、《隠密Ⅰ》へ魔力を流した。《静音の足環》のおかげで、落ち葉や小枝の上を歩いてもほとんど音が出ない。さらに《魔力感知Ⅰ》。丘の向こう。先ほど感じた人間らしい反応は、まだ同じ場所に残っている。
「動いてないな」
ノアは街道から大きく離れ、森の中を回り込んだ。
◇
弓を持った男は、大きな木の根元にしゃがんでいた。ノアから十数歩。男はこちらに背を向け、街道の方を見ている。傍らには弓と矢筒。それとは別に、小さな赤い布を巻いた棒が置かれていた。
「……何だあれ」
合図に使う物だろうか。ノアはさらに近づいた。男の服は冒険者らしくない。革鎧は着ているが手入れが悪く、腰には短剣。荷物もほとんど持っていない。首元。黒い布。そこに白い線で簡単な印が描かれていた。何の印かは知らない。ただ、男が呟いた声は聞こえた。
「遅ぇな。もう来てもいい頃だろ」
街道を見ている。
「三台って話だったよな……。オーガが暴れりゃ、護衛も半分は死ぬだろ」
ノアの目が細くなった。偶然ではない。男はさらに独り言を続けた。
「荷馬車さえ残ればいい。食い残しは俺らで片付けりゃ――」
「なるほど」
「っ!?」
男が振り向いた。遅い。ノアはすでに背後まで来ていた。《月銀の剣》は抜かず、《宵闇の短剣》を男の首筋へ当てる。
「動かないで」
「な、何だてめぇ!」
「街道の魔物、あんたたちが置いたの?」
「知らねえ!」
即答。
「じゃあなんで、三台来るって知ってるの?」
男の表情が固まった。
「……」
「オーガが暴れたら護衛が死ぬって言ってたよね」
「聞き間違いだ」
「そう」
ノアは短剣を首へ少し押し当てた。
「他に何人いる?」
「いねえよ」
「一人で商隊襲うの?」
「だから俺は――」
男の右肩。《魔力感知Ⅰ》。僅かに魔力が動く。同時に《危険察知Ⅰ》が反応した。ノアはすぐ身体を引いた。男の右手が腰へ走る。短剣。
「死ね!」
「やっぱり」
ノアは迷わなかった。男が抜いた短剣を左へかわし、《宵闇の短剣》を脇腹から深く突き入れる。
「がっ……!」
男の身体が止まった。短剣を抜く。続けて首。一閃。男はそのまま地面へ崩れ落ちた。
「殺すつもりなら、こっちも同じだよ」
ノアはしゃがみ、男の持ち物を調べた。弓、矢、短剣、小銭、干し肉。そして、小さな革袋。中には強烈な臭いのする黒い塊がいくつか入っていた。
「何これ」
触らずに匂いを嗅ぐ。血、脂、腐った肉。それに何か薬草のようなものが混ざっている。男の腰にも同じ臭いが染みついていた。
「魔物を寄せる餌?」
確証はない。ただ、街道の魔物と男が関係していることは間違いなさそうだった。さらに男の懐から、小さく折り畳まれた紙が出てきた。ノアは苦労しながら文字を読む。
『ベルツ発、荷馬車三、三日目昼頃。』
「俺たちじゃん」
完全に狙われている。誰かがベルツを出た商隊の情報を流したのか、それとも街道を監視していたのかまでは分からない。だが、ここで引き返したとしても安全とは限らなかった。
「他にもいるな」
男が一人だけで荷物を回収するとは考えにくい。《魔力感知Ⅰ》。丘のさらに向こう。先ほどは距離がありすぎて分からなかった場所まで意識を伸ばす。
「……二つ?」
小さい反応。かなり遠い。人間かどうかまでは分からない。ただ、動いている。
「戻ろう」
ノアは男の紙と革袋だけ収納鞄へ入れた。死体はそのまま、今は商隊が優先だった。
◇
「盗賊で間違いないと思います」
荷馬車へ戻ったノアは、見つけた紙を槍の男へ渡した。
「商隊の数と、今日ここを通ることが書いてありました」
「……面倒なことになったな」
「魔物を使って商隊を襲わせて、生き残った人を後から殺して荷物を取るつもりみたいです」
弓の男も紙を覗き込んだ。
「よくある手じゃないが、考える奴はいる。自分たちで商隊を襲えばギルドや領主軍に追われるが、魔物に襲わせれば最初は事故に見えるからな」
「魔物はどうやって?」
「餌か、魔寄せの薬だろう。オーガまで完全に操れるとは思えん」
ノアが拾った革袋を見せると、槍の男は顔をしかめた。
「これだな。魔物が好む臭いを混ぜた餌だ。街道沿いに撒けば近くの連中が寄ってくる」
「じゃあ、オーガとホブゴブリンは盗賊の仲間じゃない?」
「仲間なわけがない。ただ誘導されてるだけだ」
「なるほど」
それなら分かりやすい。問題は、どうするか。商人が聞いた。「このまま引き返した方が?」
槍の男は少し考えてから首を振った。
「俺なら進む」
「危険では?」
「引き返しても二日かかる。しかもこっちはすでに見張られていた。他の盗賊が後ろへ回っている可能性もある」
ノアも同意だった。
「前にいる数は分かってます。人間の見張りも一人減りました」
「なら、先にこっちから潰す方が安全だ」
弓の男が荷馬車の後方を指した。
「俺はここに残る。人間が別方向から来るなら、まず馬か御者を狙うはずだ」
「頼む。俺とノアで前を片付ける」
ノアは一つ確認した。
「魔物の素材は?」
槍の男が呆れた顔をした。
「今それを聞くか?」
「倒した後で揉めるの嫌なので」
「自分で倒した分は自分のもの。共同なら半分。これでいいか?」
「はい」
「本当に金に細かいな」
「大事です」
商人まで少し笑った。緊張していた空気が僅かに軽くなる。
◇
作戦は単純だった。真正面から荷馬車を進ませない。ノアと槍の男が森を回り、先にホブゴブリンを減らす。オーガまで一緒に動いた場合は一度退き、できるだけ分断する。盗賊が介入した場合は、魔物よりそちらを優先する。
「護衛だからな」
槍の男が言った。「魔物を全部倒しても、荷馬車を燃やされたら失敗だ」
「分かってます」
ノアは《魔力感知Ⅰ》で位置を確かめながら進んだ。大きな反応はオーガ、小さな六つはホブゴブリンだ。さらに離れた場所に二つ反応があり、おそらく盗賊だろう。
「人間っぽいのが二人、丘の奥にいます」
「こっちへ来てるか?」
「まだ動いてます。ゆっくり」
「見張りから合図が来ないから様子を見に来る気かもな」
「先に魔物を減らします?」
「ああ」
ノアは頷き、《隠密Ⅰ》へ魔力を流した。槍の男とはここで分かれる。ノアは右。槍の男は左。倒木の近くにいるホブゴブリンを挟む形になる。草木の間から街道を見る。いた。ホブゴブリン、六体、二体は倒木の裏、三体は街道脇。一体は少し離れてオーガの方を気にしている。やはり仲間ではないらしい。オーガが動くと、ホブゴブリンたちも距離を取っている。
「今なら」
ノアは最も離れている一体へ近づいた。《静音の足環》と《隠密Ⅰ》で音も気配も抑える。相手はまだ気づかない。十歩、五歩、三歩まで詰めて《月銀の剣》を抜いたところで、ホブゴブリンが振り返った。
「グ?」
首。
ザンッ!
一体目。倒れる音で、残りが気づいた。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
「もういい」
もう隠れる必要はない。ノアは《俊足Ⅱ》を使って一気に二体目との距離を詰めた。相手が粗末な剣を振り上げる。《危険察知Ⅰ》の反応に従って左へ半歩ずれ、刃をかわす。そのまま《身体強化Ⅱ》と《剣術Ⅱ》を重ね、腹ではなく首を一閃した。二体目も倒れる。
その頃には槍の男も反対側から飛び出していた。
「おおっ!」
長槍が一体の胸を貫く。三体目。残り三体。
「ギャァァッ!」
叫び声を聞いた瞬間、オーガが振り向いた。
「来るぞ!」
「分かってます!」
大きな魔力が動く。オーガが棍棒を持って走り出した。ホブゴブリンの一体が逃げようとする。オーガは敵味方など気にしていない。
「グオォォォ!」
棍棒。振る。
バキッ!
「ギャッ!」
逃げ遅れたホブゴブリンが吹き飛んだ。
「やっぱり仲間じゃないな」
「感心してる場合か!」
残りは二体。ノアは一体を槍の男へ任せ、もう一体へ向き直った。剣が来る。受けずに《俊足Ⅱ》で横へ回り、《剣術Ⅱ》で手首を斬った。
「ギャァッ!」
敵の武器が落ちる。そのまま胸を深く斬り、倒した。
「あと――」
ぞわっ!
《危険察知Ⅰ》。ノアは反射的に身体を伏せた。
ヒュッ!
矢が一本、ノアの頭上を通り過ぎた。
「人間!」
丘の方へ《魔力感知Ⅰ》を向ける。反応は一つ。さっきより近い。
「盗賊が来た!」
槍の男が叫ぶ。
「魔物は俺がやる! お前は弓を止めろ!」
「分かりました!」
護衛。優先。オーガ一体を倒すより、遠距離から商隊を狙える人間の方が危険だ。ノアはすぐ森へ入った。
◇
弓の二射目が飛ぶ。今度の狙いはノアではない。
「……まずい!」
矢が向いている先。荷馬車。遠い。だが見える。盗賊はノアたちを狙っていなかった。護衛が前へ出た隙に、馬を射るつもりだ。
「《俊足Ⅱ》!」
ノアは木々の間を走りながら《魔力感知Ⅰ》で相手の位置を追った。弓を持つ男が丘の上で三射目を構えている。正面から走るだけでは間に合わない距離だった。
「なら」
ノアは地面の石を拾い、《身体強化Ⅱ》を腕へ集中させた。
「当たれ!」
石を投げる。狙いは男ではなく、手にした弓だ。
ガンッ!
「なっ!?」
外れた。正確には弓ではなく、男の左腕。それでも十分。放たれた矢が大きく逸れ、街道脇の木へ刺さった。
「何だてめぇ!」
男がこちらを見る。
「こっち」
ノアはわざと姿を見せた。商隊ではなく。自分を狙わせる。
「ガキが!」
弓がこちらへ向く。《危険察知Ⅰ》で射線を読み、放たれた瞬間に木の陰へ入った。矢は幹へ突き刺さる。
「一発」
次に、弓へ矢。つがえる。
「遅い」
《俊足Ⅱ》。距離を詰める。
「くそっ!」
三射目は近かったが、ノアは避ける。男は弓を捨て、腰の剣を抜いた。
「死ね!」
「そればっかりだな」
剣。正面。ノアは《月銀の剣》で受けた。
ガンッ!
「っ!?」
男の顔に驚きが浮かんだ。子供だと思って侮っていたのだろう。だが、《身体強化Ⅱ》と《剣術Ⅱ》を持つ今のノアは、力も技術も昔とは違う。相手の剣を横へ受け流し、空いた脇腹へ刃を走らせた。
「ぐぁっ!」
男が後退。まだ剣を持っている。《危険察知Ⅰ》。殺意。消えない。
「もう一回!」
男が突っ込んでくる。ノアは正面から合わせ、剣をかわして首へ一閃を入れた。男がその場へ崩れる。
「あと一人」
《魔力感知Ⅰ》に、もう一つ遠くの反応が映った。それが動き始める。
「逃げる?」
追うべきか一瞬考えた。だが――
「追わない」
商隊から離れすぎる。護衛中だ。盗賊を全滅させる仕事ではない。ノアはすぐに引き返した。
◇
「グオォォォォッ!」
戻った時、オーガと槍の男が戦っていた。ホブゴブリンはすべて倒れている。槍の男はオーガと距離を取りながら、脚や腕を狙っていた。倒すというより、近づかせない戦い方だ。
「遅かったな!」
「一人逃げました!」
「追わなくていい! こいつを片付けるぞ!」
「はい!」
オーガは大きい。装甲オーガほど硬くなく、大角オーガほど速くもないが、力は強い。棍棒が振るわれ、槍の男が下がった直後、地面が砕ける。ノアは《魔力感知Ⅰ》を使い、右肩へ魔力が集まっているのを捉えた。
「次、横薙ぎ!」
「分かるのか!?」
「来ます!」
オーガの棍棒。横。槍の男が先に下がる。空振り。大きく身体が流れた。
「今!」
ノア。《俊足Ⅱ》。背後。ただし背中ではない。膝裏。《身体強化Ⅱ》。《剣術Ⅱ》。
ザンッ!
「グォッ!」
オーガが片膝をついて振り向く。ノアは左腕へ魔力を集めた。
「殴る!」
ノアはすでに離れている。拳、空、槍の男、その隙、槍、脇腹。深く。
「グオォォォ!」
オーガが暴れる。槍の柄が弾かれる。
「まだ!」
ノアは再び膝を狙い、今度は反対側を斬った。巨体が大きく崩れる。
「首!」
「任せた!」
槍の男が正面から注意を引く間に、ノアは《俊足Ⅱ》で横へ回る。首は太く、一撃では落とせそうにない。《身体強化Ⅱ》を使い、剣を深く入れた。
ザシュッ!
「グアァァッ!」
まだ終わっていない。オーガの腕がノアへ伸びてくる。《危険察知Ⅰ》に従って避けた。
「もう一回!」
同じ傷へ《剣術Ⅱ》を重ね、さらに深く斬る。
ザンッ!
血が噴き出し、オーガの身体が大きく揺れた。最後に槍の男が胸へ穂先を突き込む。
ドスッ!
オーガの動きが止まり、そのまま前のめりに倒れた。
ドォン!
地面が揺れる。
「……終わり?」
「待て」
二人ともすぐには武器を収めなかった。ノアも《危険察知Ⅰ》と《魔力感知Ⅰ》で周囲を確認する。倒したオーガの反応は消えかけており、森の遠くには逃げた盗賊が一人。さらに商隊の人間たちにも異常はない。
「終わりました」
槍の男が大きく息を吐いた。
「便利だな、その感知」
「かなり」
「俺も欲しいぞ」
「俺も最近覚えたばかりです」
「最近、で片付ける技能じゃない気がするがな」
◇
倒木をどけるのには、戦闘より時間がかかった。オーガが持っていた棍棒を利用し、二人で枝を折る。最後は荷馬車に積んであった縄まで使い、馬にも引かせて街道の端へ動かした。その間、弓の護衛はずっと周囲を警戒していた。
「来ないな」
「逃げた一人も遠ざかってます」
ノアが《魔力感知Ⅰ》で確認する。追撃はなさそうだ。倒木が片付くと、商人たちがようやく荷馬車から降りてきた。
「助かりました」
「まだ終わりじゃない」
槍の男はすぐに言った。
「ここへ長居はしない。素材も最低限だけ取る」
「全部取らないんですか?」
ノアが聞く。
「お前、今それを言うと思ったぞ」
「もったいないので」
「分かってる。だから取れる分は取る。ただし、盗賊が戻ってくる前に出るぞ」
「俺の鞄に入ります」
「……そうだったな」
《遠征用収納鞄》。ノアはオーガの魔石、牙、爪など価値の高い部位を回収した。ホブゴブリンからも魔石を取り、使えそうな武器だけまとめる。
「全部入るのか?」
「まだ余裕あります」
「それ、いくらした?」
「安かったですよ。呪われてたので」
「……聞かなきゃよかった」
共同で倒したオーガの素材は、ベルツかラグナで売った後に半分ずつ分けることになった。ホブゴブリンも、それぞれ倒した分を分ける。最後に盗賊の死体から武器と金、それから身元を確認できそうな布や印を回収した。
「こいつらのことはラグナのギルドへ報告する」
槍の男が言う。
「逃げた奴がいる。近くに根城があるかもしれん」
「討伐依頼になる?」
「たぶんな」
ノアは少し考えた。
「報酬高いです?」
「受ける気か?」
「高かったら」
「お前、さっき襲われたばっかりだぞ」
「だから場所も少し分かってます」
槍の男が呆れたように笑った。
「まず護衛を終わらせろ、Cランク」
「はい」
◇
商隊が再び動き始めた。街道を塞いでいた倒木を越え、さっきまで魔物が待ち伏せしていた場所を通り抜ける。ノアは二台目の荷馬車の横へ戻った。商人が御者台から声を掛けてくる。
「ノアさん」
「何です?」
「先ほどはありがとうございました」
「仕事なので」
「最初にお会いした時、失礼ながら十五歳と聞いて少し不安だったのです」
「分かります」
「今はもう心配しておりません」
「それならよかったです」
荷馬車がゆっくり進む。ノアは前方へ《魔力感知Ⅰ》を伸ばした。魔物。なし。人間らしい反応。遠くに少し、だが街道へ近づくものはない。今回、ノアは一番強いオーガだけを倒したわけではなかった。先に危険を見つけた。人間の見張りを確認した。荷馬車を狙う弓兵を止めた。逃げた盗賊を無理に追わず、商隊へ戻った。今までの討伐依頼とは、かなり違う。
「護衛って面倒だな」
自分だけなら、もっと好きに戦える。逃げるのも、追うのも自由だ。だが、嫌いではなかった。危険を先に見つけて、自分たちが有利になるように動く。その辺りは、スラムで生きていた頃と少し似ている。正面から強い相手へ突っ込む必要などない。使えるものを使い、危険を減らしてから戦えばいい。ノアは腰に下げたCランクの冒険者証へ一度だけ触れた。
「Cランクの仕事か」
昨日までより、少しだけ意味が分かった気がした。そして翌日の夕方。丘を越えた先に、巨大な石壁が見えてきた。
「あれがラグナだ」
槍の男が指差す。
「……でかい」
ベルツよりはるかに大きい。高い城壁。その向こうには何本もの塔が見える。街道には荷馬車が列を作り、別の都市から来た商人や冒険者たちが門へ向かっていた。交易都市ラグナ。ノアにとって、初めて訪れる大都市だった。そして《遠征用収納鞄》の中には、領主グラハムから渡された紹介状が入っている。スラムにいた頃なら、こんな都市まで来ることさえ考えなかった。ノアは巨大な城壁を見上げながら、荷馬車とともにラグナの門へ進んでいった。
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