第18話 赤指定
翌朝、ノアは《第七呪物保管庫》へ向かった。前回とは少し違う。《聖護の首飾り》があることは同じだ。《浄化Ⅲ》も、《剣術Ⅱ》も、《身体強化Ⅱ》も変わらない。だが今は、《魔力循環Ⅰ》の使い方を知っている。さらに《俊足Ⅰ》も《俊足Ⅱ》へ成長した。ベルツを出たノアは、歩きながら身体の中へ魔力を巡らせていた。胸から腹、腰、脚、背中、肩。そしてまた胸へ戻す。その流れへ、ごく薄く《浄化》の力を混ぜる。最初は集中しなければ途切れていた。今では歩きながらでも続けられる。
「これなら大丈夫そう」
身体の内側がほんのり温かい。外へ《浄化》を放っているわけではないため、周囲の汚れが消えることもない。ただ、身体へ入り込もうとする悪いものを、内側から押し流せそうな感覚があった。これを使って、今日は第三地下区画の奥へ進む。
◇
丘の裏に隠された鉄扉を開き、保管庫へ入る。第一地下区画を通り抜け、第二地下区画へ。ここまでは、もう緊張するほどの場所ではなかった。問題はさらに下だ。
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《第三地下区画》
《高濃度呪染区域》
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階段を降りる。《聖護の首飾り》が外から侵入する呪いを弱め、《浄化》を混ぜた魔力が身体の中を巡っている。前回は、ここへ入るだけでも重苦しさがあった。今日は違った。
「……楽だ」
第三地下区画へ足を踏み入れても、ほとんど頭痛がない。冷たさは感じる。空気が嫌なことも変わらない。しかし、それだけだ。ノアは《月銀の剣》を抜き、通路を進んだ。以前倒した黒い怪物の残骸は、もう動かない。そこから手に入れた《魔力循環Ⅰ》のおかげで、今こうして楽に歩けている。
「取ってよかったな」
第三地下区画には、まだ調べていない扉が大量に残っていた。黄色指定の呪物もある。だが今日、ノアが気にしているのはその先だ。以前見つけた大扉。
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《第三地下区画・深部》
《赤指定保管物のみ》
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「赤か」
これまでは避けてきた。危険度が一段上。だが、いつまでも黄色だけを浄化していても先へ進めない。ノアは大扉の前で《危険察知Ⅰ》へ魔力を少し多く回した。胸の奥で魔力の流れが変わる。ぞわり。警告。だが、強烈ではない。
「危ないのは危ない。でも、入っただけで死ぬほどじゃない」
留め具を外す。重い扉をゆっくり押した。
◇
深部は、同じ第三地下区画とは思えない造りだった。通路が狭い。その左右に小さな保管室が並んでいる。一つ一つの扉には鎖。魔法紋様。さらに札。
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《保管番号三六一》
《赤》
《血喰いの槍》
《生体接触禁止》
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「槍か」
少し気になった。だが最初に選ぶには名前が悪すぎる。
「後」
次。
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《保管番号三六四》
《赤》
《飢餓の袋》
《内部確認禁止》
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「これも嫌だな」
魔法の鞄で、手を入れたら何かに掴まれるという話を聞いたばかりだ。次。
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《保管番号三七〇》
《赤》
《黒灰の指輪》
《長時間装着時、全身衰弱》
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ノアは足を止めた。
「これなら……」
少なくとも。槍のように人の血を吸うわけではない。袋の中から何か出てくるわけでもない。装着しなければいい。《危険察知Ⅰ》へ魔力を流したまま、扉へ近づく。警告はある。だが、それ以上強くならない。
「これにしよう」
扉を開けた。小さな部屋。中央に石台があり、その上に黒い箱が置かれている。ノアは中へ入らず、入口から《浄化》を放った。
「《浄化》」
白い光が部屋を流れる。普通の汚れが消えた。だが石台の箱から、黒い靄がじわじわと漏れ出してくる。
「強いな」
黄色指定とは明らかに違う。箱越しなのに。それでも。《浄化Ⅲ》は効いている。ノアは身体の中を巡らせていた魔力の一部を、右腕へ集めた。普段より少し多く。
「《浄化》」
白い光が強くなる。黒い靄が押し戻された。
「……できる」
今までなら、魔力を強く使えばその分だけ疲れていた。今は違う。《魔力循環Ⅰ》で流れを意識しているから、どこへどれくらい使っているか分かる。必要以上に使わない。三度。四度。箱の周囲の黒い靄がかなり薄くなる。そこでノアは一度止めた。
「先に箱を開けるか」
近づく。《危険察知Ⅰ》へ魔力。反応。まだ許容できる。蓋を剣先で押し上げる。中には。黒い指輪が一つ。見ただけで気分が悪くなるような色だった。
「触らない方がいいな」
距離を取る。再び右手。
「《浄化》」
指輪を直接狙う。白。黒。二つの力がぶつかった。
「っ……」
強い。今までの呪物なら、数回使えば目に見えて呪いが減っていた。この指輪は。減る。だが。少しだけ。
「赤ってこういうことか」
ノアは急がなかった。一回。休む。もう一回。身体の中では《浄化》を混ぜた魔力を循環させたまま。外へ使う時だけ、右腕へ量を増やす。無駄になった魔力を、可能な範囲で再び循環へ戻す。十分ほど。二十分。指輪を覆う黒い靄は、ようやく半分ほどになった。
「時間かかるな」
でも。できないわけではない。これが大きい。以前。赤指定は見るだけだった。今は。浄化できる。ノアは水を飲み、少し休んでから再開した。
◇
最後の黒い靄が消えたのは、部屋へ入ってから一時間近く経った頃だった。
「《浄化》」
白い光。黒い指輪の表面に細い亀裂のような光が走る。そこから。パキン。何かが割れるような音。黒い色が剥がれ落ちた。
「……終わった?」
指輪は銀色になっていた。中央には薄い青の石。ノアが近づいても、寒気はない。
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《清流の指輪》
等級:希少級
技能:《呪耐性Ⅰ》
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「呪耐性」
次の瞬間。胸の奥へ。冷たいような。温かいような。不思議な力が染み込んだ。
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《呪耐性Ⅰ》を習得しました。
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「……これ」
ノアはすぐに分かった。《聖護の首飾り》と似ている。だが。違う。首飾りは外から来る呪いを弱めてくれる装備。《呪耐性Ⅰ》は。自分の身体そのものが。呪いへ少し強くなった。
「当たりだ」
かなり。今、一番欲しい種類の技能だった。しかも永久に残る。指輪そのものを外しても。技能は消えない。
「これならもっと潜れる」
ノアは《清流の指輪》も指へはめた。装備効果があるかは分からない。ただ、少なくとも悪い物ではない。
◇
赤指定の深部をさらに進む。先ほどまでより。身体が明らかに楽だった。
「これが《呪耐性Ⅰ》か」
《聖護の首飾り》。《呪耐性Ⅰ》。そして。身体の中を回り続ける《浄化》。三つ。重なる。ノアは途中から、《浄化》を混ぜる量を少し減らしてみた。それでも平気。
「魔力、温存できる」
長時間探索するなら大きい。通路の途中。鉄扉。赤。その隣も赤。全部を見る必要はない。むしろ。今は奥へ行く。
「どこまであるんだろ」
一本道ではなかった。途中から左右へ分かれている。ノアは壁へ小さく印を付けながら進んだ。《浄化》では消さないようにする。迷ったら困る。さらに奥。ぞわり。《危険察知Ⅰ》。
「……右」
今回は。かなりはっきり分かった。魔力を流しているからだ。右側。扉ではない。
「床?」
ノアは立ち止まった。よく見る。石床。他と同じに見える。だが。剣先で軽く叩く。コン。その隣。コン。さらに右。カン。
「違う」
薄い。床板ではなく、石の蓋。ノアは近づかず、周囲を確認した。壁。隅。古い金属の取っ手。
「開く?」
《身体強化Ⅱ》で引く。ゴゴゴ……。石板がずれた。下。階段。
「……また下」
ノアは携帯灯を向けた。壁の文字。
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《第四地下区画》
《重度呪染区域》
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さらに。
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《赤・黒指定保管区》
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「黒……」
ノアは思わず笑いそうになった。
「まだあるんだ」
第一。第二。第三。そして第四。しかも。赤だけではない。黒指定。今まで。《開封禁止》とされていた危険度。
「ちょっとだけ」
ノアは階段へ足を置いた。一段。冷たい。だが。耐えられる。二段。三段。《聖護の首飾り》。《呪耐性Ⅰ》。《浄化循環》。全部が働いている。
「行ける?」
五段。十段。そこで。
「……っ」
胸が重くなった。頭痛。まだ軽い。しかし。第三地下区画とは比べものにならない速度で、身体へ嫌なものが溜まっていく。
「《浄化》」
身体の中を巡る浄化を強くする。少し楽になる。
「進める」
さらに数段。階段の終わり。第四地下区画が見えた。暗い。携帯灯の光。その先。巨大な鉄扉が並んでいる。第三地下区画よりさらに間隔が広い。そして。空気の中に。黒い霧のようなものが薄く漂っている。
「……」
一歩。入る。ぞわっ!《危険察知Ⅰ》。今までとは違う。身体が。はっきり。戻れ。そう言っている。
「まだ駄目か」
ノアは無理をしなかった。すぐに階段へ戻る。十段ほど上がったところで、警告が弱くなった。
「でも」
ノアは下を見る。前とは違う。《浄化Ⅱ》だった頃。第三地下区画へすら入れなかった。今は。第四地下区画へ。一歩だけ。足を入れた。
「近づいてる」
まだ攻略できない。でも。成長すれば。もっと下へ行ける。それが分かる。
◇
第三地下区画へ戻ったノアは、そのまま帰らなかった。せっかく来た。まだ魔力にも余裕がある。
「もう一個くらい見よう」
第四地下区画は無理。なら。今行ける場所を探索すればいい。赤指定。残っている。ノアは別の通路へ入った。しばらく進むと。妙な札を見つけた。
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《保管番号三八八》
《赤》
《消える靴音》
《保管室内で単独行動を禁止》
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「……靴?」
今履いているのは《疾風の旅靴》。変える気はない。だが。呪物としては気になる。扉へ近づく。その瞬間。《危険察知Ⅰ》へ流していた魔力が。強く脈打った。
「危ない?」
立ち止まる。右。左。扉。中。
「……いや」
違う。背後。ノアは振り返った。通路。誰もいない。だが。ぞわり。また。背後。
「何かいる」
《月銀の剣》を抜く。《隠密Ⅰ》へ魔力。自分の音を消す。すると。聞こえた。小さな。足音。ぺた。ぺた。何も見えない通路から。ゆっくり。こちらへ。近づいてくる。ノアは剣を構えた。
「……透明なのは卑怯だろ」
自分が隠れるのはいい。相手にやられるのは。かなり嫌だった。




