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スラム育ちの俺《浄化》スキルで成り上がる  作者: 月瀬 リュカ


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第17話 魔力を巡らせる

《第七呪物保管庫》から戻った翌朝、ノアは珍しく依頼を受けずに宿の部屋に残っていた。理由は、昨日手に入れた新しい技能だった。

────────────

《魔力循環Ⅰ》

────────────

「魔力循環……」

 ベッドの上に座り、自分の手を見る。昨日も少し試した。《浄化》を使った時、身体のどこから力が流れ、どのくらい消費しているのかが以前より分かるようになった。それだけでも便利だったが、ノアにはまだ、この技能をちゃんと使えている気がしなかった。

「循環って、出すだけじゃないよな」

 《浄化》を使う時。身体の中から力が生まれ、腕を通り、手から外へ出ていく。それなら。

「外に出さなかったら?」

 ノアは目を閉じた。《魔力循環Ⅰ》。胸の奥にある力を意識する。今までは、魔力なんて見えなかった。今も見えるわけではない。ただ、そこに何かがあると分かる。温かい水のようなもの。それを右肩へ。腕へ。手へ。いつもなら、そのまま《浄化》として外へ出す。だが今日は。

「戻す」

 指先まで流した魔力を、反対側へ戻そうとする。

「……あ」

 消えた。

「失敗」

 もう一度。胸。肩。腕。今度は肘のところで止まった。

「難しいな」

 三回目。四回目。五回目。何度やっても、途中で魔力が散ってしまう。普通に《浄化》を使う方がずっと簡単だ。

「でも、できそうなんだよな」

 《魔力循環Ⅰ》という名前なのだから、流して終わりではないはずだ。ノアはしつこく繰り返した。腕だけでは駄目。今度は胸から右肩、右腕、背中、左肩、左腕。それでも途切れる。なら。もっと大きく。胸から腹。腰。脚。背中。そしてもう一度、胸へ。

「……」

 ゆっくり。急がない。魔力を押し出すのではなく、道を作るように意識する。胸から腹へ落ちた力が、腰を通る。右脚。足先。そこから戻す。ふくらはぎ。太腿。腰。背中。そして。

「戻った」

 胸へ。一周した。

「できた」

 ノアは目を開けた。何かが変わったようには見えない。でも。身体の中を、薄い熱が回っている。

「もう一回」

 今度は少し速く。一周。二周。三周。慣れてくる。不思議だった。魔力を外へ出していないから、ほとんど減っていない。ただ身体の中をぐるぐる回っているだけだ。そこでノアは思いついた。

「《浄化》も混ぜられるかな」

 魔力を手へ。いつものように《浄化》へ変える。だが外には出さない。薄い白い力を、そのまま腕へ戻す。

「っ……」

 一度目は失敗した。指先から白い光が漏れる。

「もう一回」

 今度はもっと弱く。ほんの少しだけ《浄化》の性質を持たせる。胸。腕。背中。腹。脚。全身。

「……暖かい」

 昨日、第三地下区画で感じた嫌な冷たさとは正反対だった。身体の内側を、薄い白い力が巡っている。《浄化》を外へ展開しているわけではない。だから周囲の汚れも消えない。ただ、自分の身体だけを巡っている。

「これなら……」

 第三地下区画。あそこでは《聖護の首飾り》が身体へ入ってくる呪いを弱めてくれた。さらに自分の内側で《浄化》を回しておけば。

「もっと長く潜れるかも」

 ノアは嬉しくなった。だが。もう一つ。気になることがあった。さっきから。魔力を全身へ巡らせる途中。妙な感覚がある。腰。脚。腕。何かに引っかかる。

「何だこれ」

 もう一度。ゆっくり流す。胸。腹。腰。そこで。魔力の一部が、自然と身体の奥へ吸い込まれた。

「……?」

 その瞬間。身体が少し軽くなった。

「これ」

 知っている。

────────────

《身体強化Ⅱ》

────────────

「身体強化?」

 試しに立ち上がる。魔力をさっきの場所へ流す。《身体強化Ⅱ》。全身へ力が広がった。いつも使っている感覚。でも。

「違う」

 普段は、技能を使おうと意識すると勝手に身体が強化される。今は。自分で魔力をそこへ流している。

「技能って、魔力使ってたんだ」

 初めて知った。《浄化》だけではない。取得した技能の中にも。魔力が流れている。

「じゃあ……」

 別の場所。脚。そこへ魔力を流す。身体強化とは違う場所へ、力が吸い込まれる。足が軽くなる。

────────────

《俊足Ⅰ》

────────────

「これも」

 今度は腰ではなく、脚を中心に魔力を巡らせる。立ったまま軽く足を動かした。

「速い」

 狭い部屋なので走れない。それでも、足を踏み替えるだけで分かる。いつもの《俊足Ⅰ》より、動き出しが軽い。

「魔力を多く入れたから?」

 少し増やす。さらに軽くなる。

「おお」

 面白い。もう少し。

「――痛っ」

 ふくらはぎがつった。

「……入れすぎた」

 ノアは床へ座った。魔力を入れれば入れるほど強くなるわけではないらしい。身体が耐えられる量がある。

「じゃあ身体強化も、入れすぎたら危ないな」

 覚えておく。

◇

 それからノアは、自分の技能を一つずつ調べた。《剣術Ⅱ》。これは少し特殊だった。剣を持たずに魔力を流しても、ほとんど変化がない。《月銀の剣》を抜く。構える。そこで《剣術Ⅱ》へ魔力を流した。

「……あ」

 分かる。握り。刃の角度。足の位置。いつもより細かく感じ取れる。軽く剣を振る。狭い部屋なので、小さく。それでも。

「綺麗に振れる」

 剣術そのものが急に上手くなったわけではない。ただ。技能の働きが強く出ている。次。《耐久Ⅰ》。これは分かりにくかった。魔力を流すと、皮膚の内側が少し固くなるような感覚がある。

「殴られないと分からないな」

 自分で殴る気はなかった。次。《隠密Ⅰ》。これは面白かった。魔力を流しながら歩く。床板。普段なら少し軋む。だが。

「……音、小さい」

 歩き方が自然に変わる。足を置く場所。体重の移し方。服が擦れない姿勢。全部を身体が勝手に選んでいるようだった。

「これ、いっぱい使ったら上がるのかな」

 そして。《危険察知Ⅰ》。

「どうやって試そう」

 宿の部屋には危険がない。ナイフを自分に投げるわけにもいかない。

「これは外だな」

 最後。《浄化Ⅲ》。これは一番慣れている。魔力を循環させながら《浄化》を使う。

「《浄化》」

 白い光。部屋全体。汚れが消える。だが。以前より消費が少ない。

「戻ってきてる?」

 全部ではない。外へ放った力の一部は消える。それでも。身体の中に残っている魔力を循環させながら使うと、余計な力が漏れにくい。

「すごい技能だな」

 《魔力循環Ⅰ》。直接敵を倒す力ではない。でも。持っている技能全部に関係している。

「これ、鍛えた方がいい」

◇

 昼前。ノアは町の外へ出た。今日は依頼を受けていない。目的は訓練。街道から少し外れた、人の少ない草地まで歩く。まず。《俊足Ⅰ》。脚へ魔力を巡らせる。

「走ろう」

 地面を蹴った。

「おっ」

 速い。普段の《俊足Ⅰ》。そこへ魔力を意識的に回す。さらに速度が上がる。だが。最初から全力にはしない。さっき脚がつった。少し。少しずつ。魔力を増やす。百歩ほど走る。一度止まる。

「まだいける」

 もう一度。今度は《身体強化Ⅱ》にも同時に魔力を流す。脚だけを強化するのではなく。腰。腹。背中。腕。全身。走る。

「速っ!」

 自分でも驚いた。風が強く顔へ当たる。《俊足Ⅰ》だけより安定する。身体強化が全身を支えるからだ。

「組み合わせられる」

 それなら。今までより強く使える。ノアは何度も走った。止まる。休む。魔力が減ってきたら座る。《魔力循環Ⅰ》を使って身体の中をゆっくり巡らせる。

「……戻るのも少し早い?」

 休んでいる時。減った魔力が回復していく。それも以前より分かりやすい。循環させている方が、身体全体へ均等に戻ってくるような感覚もある。正確には分からない。でも。

「いいな」

 午後。剣。木を一本選ぶ。切り倒すわけではない。表面に小さな印をつける。

「ここ」

 そこだけを狙う。《剣術Ⅱ》。魔力を流す。《身体強化Ⅱ》。必要な瞬間だけ。踏み込む。剣。ザッ。印の真上。

「もう一回」

 少し離れた位置。今度は動きながら。《俊足Ⅰ》。踏み込む瞬間に《身体強化Ⅱ》。剣を振る瞬間だけ《剣術Ⅱ》へ多めに回す。ザシュッ。

「……できる」

 ずっと全部へ同じ量の魔力を流す必要はない。走る時は俊足。攻撃する瞬間は剣術と身体強化。終わったら量を落とす。

「切り替えるんだ」

 それが分かると。魔力の無駄がさらに減った。

◇

 次の日から。ノアはまた依頼を受け始めた。ただし、今までとは少し違う。敵を倒すだけではない。技能へ意識的に魔力を流す。最初の相手はオーク三体。一体目。《隠密Ⅰ》へ魔力。木々の間を進む。いつも以上に足音が消える。呼吸も。装備の擦れる音も。一体の背後へ。《俊足Ⅰ》。一気に距離を詰める。攻撃の瞬間。魔力を《剣術Ⅱ》と《身体強化Ⅱ》へ。首。一撃。残り二体が気づく。今度は。魔力を《危険察知Ⅰ》へ流す。

「……!」

 ぞわっ。いつもと違う。危険を感じるだけではない。

「左?」

 身体を動かす。直後。左から棍棒。ブオンッ。空を切る。

「分かった」

 今までも、経験を積んだことで危険のおおよその方向は感じ取れるようになっていた。だが。魔力を流すと。もっとはっきりする。

「こっち」

 背後。もう一体。避ける。《俊足Ⅰ》。距離。《剣術Ⅱ》。一撃。魔力を切り替える。身体強化。剣術。俊足。危険察知。一つずつ。必要なところへ。

「……楽だ」

 三体目を倒した時。ノアは自分でも驚いていた。以前でも勝てた相手だ。でも。戦い方が全然違う。力を余らせない。必要な技能だけを、その瞬間に強く使う。戦い終わった後の疲労も少ない。

「これなら何回も戦える」

◇

 それから十日ほど。ノアは冒険者活動を続けながら、毎日《魔力循環Ⅰ》を使った。森熊。赤牙狼。オーク。牙猪。大型蜘蛛。戦うたびに、何か一つ意識する。今日は《隠密》。次は《危険察知》。その次は《俊足》。全部同時に鍛えようとすると、魔力の流れが乱れる。だから。一つずつ。重点的に。特に《俊足Ⅰ》は使う機会が多かった。移動。回避。追跡。距離を詰める。逃げる。戦闘中に何度も使う。さらに魔力を意識的に流すようになってから、脚の使い方も変わった。ただ速く走るのではない。最初の一歩。方向転換。急停止。短い距離の加速。その全部。十一日目。赤牙狼四体を相手にした時だった。一匹目を斬る。背後。《危険察知Ⅰ》。右から一匹。左からもう一匹。ノアは右ではなく。前へ。《俊足Ⅰ》へ魔力。一瞬で二匹の間を抜けた。

「そこ」

 振り返る。狼たちも身体を反転させる。その前に。もう一度。《俊足Ⅰ》。ノアの身体が一気に前へ出た。今までより。明らかに速い。自分でも。

「え?」

 と思った瞬間。

────────────

《俊足Ⅰ》の熟練度が規定値に到達しました。

《俊足Ⅰ》は《俊足Ⅱ》へ成長しました。

────────────

「……!」

 脚が軽くなった。身体そのものが前へ引かれるような感覚。赤牙狼が飛びかかる。ノアは横へ。ほんの一歩。それだけで。攻撃範囲から消えた。

「速い」

 《俊足Ⅱ》。違う。はっきり。違う。残りの赤牙狼へ。一気に間合いを詰める。《身体強化Ⅱ》。《剣術Ⅱ》。首。一撃。次。振り返るより先に、もう一匹の横へ。

「これ、すごいな」

 戦いが終わるまで。それほど時間はかからなかった。

◇

 帰り道。ノアは歩きながら、自分の技能を確認した。

────────────

《浄化Ⅲ》

《剣術Ⅱ》

《耐久Ⅰ》

《隠密Ⅰ》

《危険察知Ⅰ》

《身体強化Ⅱ》

《俊足Ⅱ》

《魔力循環Ⅰ》

────────────

「上がった」

 普通に使っていても。技能は育つ。それは《剣術Ⅱ》と《身体強化Ⅱ》で分かっていた。でも。魔力を意識して流しながら使うようになってから。明らかに。技能そのものを使っている感覚が強い。

「他のも上げられるかも」

 《耐久Ⅰ》。《隠密Ⅰ》。《危険察知Ⅰ》。そして。《魔力循環Ⅰ》そのもの。まだ育てられる。何より。もう一つ。できるようになったことがある。ノアは歩きながら、胸の奥で魔力を回した。そこへ。薄い《浄化》を混ぜる。身体の中。胸。肩。腕。腰。脚。また胸へ。ぐるぐる。白い力が巡る。

「これなら」

 《聖護の首飾り》だけではない。自分自身の中にも。常に薄い《浄化》を流しておける。第三地下区画。以前より長く。もっと奥へ。潜れるはずだ。さらに。戦闘になったら。魔力を切り替える。《俊足Ⅱ》。《身体強化Ⅱ》。《剣術Ⅱ》。必要がなくなれば。また《浄化》へ戻す。

「できる」

 ノアはベルツの城壁を見上げた。最近。冒険者の仕事が。前より面白くなっていた。金になるからだけではない。魔物と戦えば。技能を試せる。技能を使えば。もっと強くなる。そして。強くなれば。今まで行けなかった場所へ行ける。ノアの頭に浮かぶのは。《第七呪物保管庫》。第三地下区画の深部。さらにその下。まだ見ていない場所。

「次は、もう少し潜ってみよう」


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