第12話 第七呪物保管庫
翌朝。ノアは宿の食堂で朝食を済ませると、そのままベルツの西門へ向かった。持ち物は多くない。水。保存食。包帯。火打石。予備のシャツ。簡単な野営道具。それらはすべて《遠征用収納鞄》の中に収まっている。腰には《月銀の剣》。胸には《黒鉄の胸甲》。その上から《影隠しの外套》。服の内側には《宵闇の短剣》。腕には《剛身の腕輪》。そして、服の内側の小さな袋には。古びた黒鉄の鍵。
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《第七呪物保管庫》
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金属札に刻まれた文字を、出発前にもう一度確認した。
「本当にあるといいけど」
ベルツのギルドで調べてもらった古い記録。町の西。現在使われている街道から外れた丘陵地帯に、昔《危険物保管施設・第七区画》と呼ばれていた施設があったらしい。それ以上の情報はほとんど残っていなかった。いつ閉鎖されたのか。何を保管していたのか。中身をすべて運び出したのか。何も分からない。ただ。ノアにとって重要なのは一つだけだった。
「呪物が残ってればいい」
誰も欲しがらない。誰も触りたがらない。普通なら、それだけで価値を失う物。だがノアには違う。浄化すれば。武器になる。防具になる。技能になる。そして。もっと強くなれる。
◇
街道を西へ進む。ベルツへ来てから何度か歩いた道なので、途中までは迷うこともなかった。小型魔物の気配を感じれば、無理に避ける必要もない。昼前。草むらから角兎が飛び出した。ぞわっ。《危険察知Ⅰ》。ノアは半歩横へ。角が身体の横を通り過ぎる。すれ違いざまに《月銀の剣》。一閃。角兎が倒れた。
「……楽になったな」
魔石。角。肉。使える部分は全部《遠征用収納鞄》へ。以前なら、こんな小さな獲物でも持ち物が増えることを嫌って放置することがあった。今は違う。入る。重くならない。なら持って帰る。
「鞄買ってよかった」
呪われていたけれど。むしろ呪われていたから、自分に買えた。そのうえ中から、第七呪物保管庫へ続く鍵まで出てきた。
「元の持ち主、何してた人だったんだろ」
少し気になった。だが、調べる手段はない。古い硬貨や書類から考えれば、かなり昔の人間だ。今生きている可能性も低い。ノアは街道を外れた。古い位置図を取り出す。
「こっち」
草に埋もれた道。木々の間。よく見れば、地面には古い石が一定間隔で埋め込まれている。昔は人や荷車が通っていたのだろう。今は誰も使っていない。一時間ほど進んだ。低い丘。木々。雑草。
「この辺なんだけど」
建物は見えない。ノアは丘を一周した。何もない。
「……なくなってる?」
百年以上前の施設なら、崩れていてもおかしくない。少しだけ落胆する。だが、丘の裏へ回った時。
「ん?」
草の奥に。不自然に平らな石があった。近づく。蔦を掴む。引っ張る。下から。石壁。
「これだ」
ノアは周囲の草をどかした。土。苔。蔦。その奥に、半分埋もれた鉄扉があった。
「《浄化》」
白い光。長年積もっていた土汚れや苔が消える。鉄扉に刻まれた文字が現れた。
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《危険物保管施設》
《第七区画》
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「……あった」
ノアは笑った。服の内側から黒鉄の鍵を出す。鍵穴へ差し込む。
「入った」
回す。動かない。
「固いな」
少し力を込める。《身体強化Ⅰ》。以前なら両手でも苦労したかもしれない。今は。グッ。ガコン。
「あ」
内部で金属が動いた。鍵が回る。
「開いた」
すぐには扉を開けなかった。《月銀の剣》へ手をかける。《危険察知Ⅰ》。今のところ反応はない。
「……よし」
鉄扉を引いた。ギィィィィィ……。長い間動いていなかった金属が擦れる。中から冷たい空気が流れ出した。
「……」
ノアの表情が変わる。ただの地下室の冷気ではない。知っている。呪われた物へ近づいた時。いつも感じる冷たさ。
「あるな」
しかも。一つではない。そんな気がした。
◇
中は地下へ続く階段だった。ノアは携帯灯へ火をつける。一段。二段。下へ。地上からの光が消える。石壁。石床。古い空気。それでも、息ができないほど淀んではいない。階段を下り切る。細い通路。すぐ脇には小部屋があった。
「受付かな」
机。椅子。崩れた棚。紙の残骸。壁には、ほとんど読めなくなった文字。
「《浄化》」
光を広げる。埃。カビ。汚れ。消える。文字が読めるようになった。
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《第一地下区画》
《低危険度保管区》
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「地下区画……」
ノアは先を見る。通路の奥に扉。さらに。壁には案内板。
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《危険度区分》
《白》 低度
《黄》 中度
《赤》 高度
《黒》 隔離指定
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「分かりやすい」
ノアは頷いた。最初から赤や黒へ手を出す気はない。墓地の地下で死にかけた。強くはなった。でも。無謀になったわけではない。
「白から」
第一地下区画へ入る。部屋は広かった。左右に棚。木箱。鉄箱。小さな台座。だが。
「……空が多いな」
蓋の開いた箱。中身のない棚。札だけ残っている場所。昔、施設が閉鎖される際に多くは運び出されたのだろう。
「全部あるわけじゃないか」
少し残念。でも当然だ。危険な物を保管する施設。閉鎖するなら回収する。それでも。奥へ進む。
「白……」
箱に付いた札を確認していく。
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《保管番号一〇七》
《骨製の櫛》
《危険度:白》
《使用者に悪夢》
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「これ」
ノアは箱へ近づく。《危険察知Ⅰ》。反応なし。寒気はする。ただし弱い。蓋を開ける。黒ずんだ櫛。
「《浄化》」
白い光。薄い黒い靄が浮かび上がる。
「弱い」
二回。三回。消えた。骨のように白い櫛へ変わる。
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《安眠の櫛》
等級:良質級
効果:使用者の眠りを僅かに深くする
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「技能は……」
待つ。何も起きない。
「ないか」
だが、売れる。宿で使ってもいい。収納鞄へ。次。
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《保管番号一三二》
《小鈴》
《危険度:白》
《深夜に自鳴》
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浄化。
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《警戒の鈴》
等級:良質級
効果:敵意を持つ存在が一定距離まで近づくと音を鳴らす
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「これ便利だな」
野営に使える。技能はない。それでも当たり。さらに。古い手袋。浄化後は熱へ僅かに強くなる《火除けの手袋》。小さな金属杯。浄化後は水を僅かに冷たく保つ。
「……思ったより色々ある」
全部が強い装備ではない。技能もない。でも。普通の人間にとって危険な呪物が。ノアにとっては売れる魔道具へ変わる。
「ここ、金にもなるな」
金には困らなくなってきた。それでも多い方がいい。宿。旅。装備。情報。全部に使える。第一地下区画を一通り確認した。残っていた呪物は十個にも満たない。そのうち浄化できたのは六個。残りは箱が壊れて中身まで腐食していたり、魔道具そのものが破損していた。
「壊れてるのは駄目」
《浄化》は直してくれない。そこは変わらない。
◇
第一地下区画の奥。さらに下へ向かう階段があった。
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《第二地下区画》
《中危険度保管区》
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「まだ下がある」
ノアは階段を降りる。一段目から。寒気が強くなった。
「……違うな」
第一地下区画より。明らかに濃い。それでも。まだ耐えられる。第二地下区画。棚の数は少ない。箱同士の間隔が広い。一つ一つが頑丈。鉄製の物まである。札を見る。黄。黄。赤。黄。
「赤は触らない」
最初から決める。黄色。
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《保管番号二四一》
《革靴》
《危険度:黄》
《装着者に強い疲労》
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「靴か」
ノアは今履いている普通の革靴を見る。旅をするようになってから、かなり擦れてきていた。
「いいのになるかな」
箱を開ける。中。黒く変色した革靴。左右一組。近づいただけで。脚が重い。
「これか」
「《浄化》」
白い光。黒い靄。白区分とは違う。押し返してくる。
「っ……」
もう一度。《浄化》。三回。四回。休む。水。五回。
「まだ」
六回。七回。最後。
「《浄化》!」
黒い靄が弾けた。
「……!」
革靴が変わる。濃い茶色。丈夫そうな革。靴底に細い魔法紋様。
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《疾風の旅靴》
等級:希少級
技能:《俊足Ⅰ》
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「来た」
ノアの顔が明るくなる。次の瞬間。脚。腰。下半身へ。何かが流れ込んだ。
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《俊足Ⅰ》を習得しました。
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「……」
ノアは自分の脚を見る。《身体強化Ⅰ》とは違う。身体全体が強くなる感覚ではない。走る。踏み出す。脚を速く動かす。そこだけが。さらに強くなった。
「これ、かなりいい」
逃げる時。追う時。戦闘中。全部に使える。ノアはその場で靴を履き替えたくなった。だが。
「帰ってから試そう」
今は呪物保管庫の中。浮かれて走る場所ではない。《疾風の旅靴》を収納鞄へ入れる。
「一個あった」
一か月。探しても。探しても。見つからなかった技能付き呪物。ここにはあった。それも。まだ第二地下区画。
「もっと下にも……」
当然。気になる。
◇
第二地下区画では、黄色指定の呪物をあと二つ調べた。一つは浄化できた。一つは途中でやめた。
「強すぎる」
《浄化Ⅱ》を何度使っても、黒い靄がほとんど減らない。危険ではない。だが。自分の方が先に疲れる。
「これは今じゃ無理」
箱を閉じた。持ち帰ることもしない。無理をしない。また来ればいい。第二地下区画の奥。さらに。階段。
「……まだ?」
ノアは携帯灯を向ける。下。さらに下。壁の文字。
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《第三地下区画》
《高濃度呪染区域》
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その下。
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《浄化処置なき進入を禁ず》
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「高濃度……」
ノアは階段の前に立つ。下から。冷たい空気。いや。冷たいだけではない。重い。地下墓地。呪われた家。旧い呪物。今まで感じたものより。濃い。
「……」
一歩。階段へ。ぞくっ。
「っ!」
全身へ寒気。頭痛。急に。強い。もう一段。
「ぐ……」
吐き気。皮膚の表面が、細い針で刺されているように痛む。さらに。ぞわっ!《危険察知Ⅰ》。
「……まずい」
何かが襲ってきているわけではない。暗闇の奥から魔物が来ているわけでもない。それなのに。危険察知が。下へ行くなと。身体へ訴えている。
「戻ろう」
ノアはすぐ一段上がった。さらに。二段。第二地下区画まで戻る。
「はぁ……」
呼吸を整える。頭痛が少しずつ引く。
「これ、今は無理だ」
敵が強いなら。工夫できるかもしれない。隠れる。逃げる。一体ずつ倒す。罠を使う。でも。あそこは。いるだけで身体が削られる。
「《耐久Ⅰ》でも駄目か」
耐える問題ではないのかもしれない。ノアは階段を見る。そして。思いつく。
「《浄化》なら?」
階段へ手を向けた。
「《浄化》」
白い光。階段を下へ流れる。一段。二段。三段。黒い靄のようなものが、一瞬だけ薄くなった。
「お」
さらに。
「《浄化》」
四段目。五段目。光が届く。だが。その先。黒い。重い。
「もう一回」
《浄化》。光を押し込む。しかし。消したはずの上の段から。黒い気配が戻り始めた。
「……駄目だ」
もう一度。同じ。少し薄くなる。戻る。進めない。
「《浄化Ⅱ》じゃ足りない」
ノアは手を下ろした。悔しい。かなり。ここまで来た。技能付きの装備もあった。その下には。もっと危険な呪物がある。なら。もっと強い物だってあるかもしれない。それなのに。入口から。数段。それ以上へ進めない。
「……」
ノアは階段の奥を見る。携帯灯の光も届かない。黒い地下。そして。壁を見る。文字。
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《第三地下区画》
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さらに下があるということ。第三で終わりとも書かれていない。
「何階まであるんだ」
分からない。でも。少なくとも。今の自分には。第三地下区画すら早い。
「だったら」
方法は一つ。
「《浄化》を強くする」
《浄化Ⅰ》は。繰り返し使った。呪物を浄化した。そして《浄化Ⅱ》になった。なら。《浄化Ⅱ》も鍛えれば。その先へ。《浄化Ⅲ》へ。上げられるかもしれない。
「それから来ればいい」
ここは逃げない。鍵もある。場所も分かった。今日。全部取る必要はない。ノアは第三地下区画への階段から離れた。
「待ってろ」
誰に言ったわけでもない。地下に。何があるのかも知らない。でも。次に来る時は。もう少し。深くまで行く。
◇
地上へ戻る頃には、かなり日が傾いていた。外の空気を吸う。
「……暖かい」
普通の空気。普通の夕方。それだけで少し安心した。ノアは鉄扉を閉じた。鍵。ガコン。施錠する。
「ここは誰にも言わない方がいいかな」
少なくとも。第七呪物保管庫という名前までは、ギルドの受付へ見せてしまった。場所も資料から調べてもらった。だが。中に呪物が残っていたこと。技能付き装備があったこと。それは話す必要がない。
「俺が見つけたんだし」
危険な場所でもある。適当に人が入れば死ぬかもしれない。今は。自分だけが知っていればいい。
◇
ベルツへ戻ったのは夜だった。宿の部屋。扉を閉める。ノアは収納鞄から《疾風の旅靴》を取り出した。
「試そう」
今履いている靴を脱ぐ。履き替える。
「ぴったり……」
少し不思議だった。自分用に作られたわけではない。魔道具だから多少調整されるのかもしれない。立つ。一歩。
「……」
次。少し強く床を蹴る。
「おっ」
身体が前へ出た。思ったより速い。
「すご」
部屋が狭いので走れない。それでも違いは分かる。《身体強化Ⅰ》。さらに。《俊足Ⅰ》。前より。確実に速い。また一つ。強くなった。
「でも」
ノアは椅子へ座った。嬉しい。かなり嬉しい。それでも。頭に浮かぶのは。第三地下区画。たった数段。それだけで。進めなくなった場所。
「《浄化Ⅲ》か」
どうやって鍛える。簡単だ。《浄化》を使う。普通の汚れだけではなく。呪い。もっと強い呪い。もっと広い範囲。もっと長く。今まで以上に。
「そういう仕事、探そう」
ベルツには。古い墓地も。廃墟も。使われなくなった施設もある。誰もやりたくない仕事。気味が悪い場所。呪われていると噂される場所。そういう依頼なら。ギルドに残っているかもしれない。ノアは《疾風の旅靴》を見た。第一地下区画。第二地下区画。そこでさえ。これだけの物が残っていた。なら。第三。さらにその下には。
「……もっとあるよな」
ノアは少しだけ笑った。今は行けない。だから。行けるようになればいい。




