↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラム育ちの俺《浄化》スキルで成り上がる  作者: 月瀬 リュカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/40

第11話 ベルツの冒険者

 ベルツへ向かうと決めた翌朝。ノアの旅支度は、驚くほど早く終わった。

「……これだけでいいな」

 水。干し肉。固いパン。チーズ。包帯。火打石。予備のシャツが一枚。雨避けにも使える薄い毛布。それだけ。全部、《遠征用収納鞄》へ入れてもほとんど場所を取らない。ノアは自分の住処を見回した。そもそも、持っていきたい物がほとんどなかった。スラムで暮らしていると、物は増えない。買えない。拾っても、必要な物だけ残す。余計な物を持っていれば盗まれることもある。いつでも持って逃げられる程度の物だけ。それが普通だった。

「鍵もないしな」

 今まで寝泊まりしていた粗末な場所。戻ってきた時に残っている保証もない。だからといって、惜しいともあまり思わなかった。《月銀の剣》を腰へ。《黒鉄の胸甲》の上から《影隠しの外套》。服の内側には《宵闇の短剣》。腕には《剛身の腕輪》。肩から《遠征用収納鞄》。

「行くか」

 これだけで。ノアの全財産のほとんどだった。

◇

 街を出る前に、冒険者ギルドへ寄った。

「本当にベルツへ行くんですね」

「うん」

「でしたら、ちょうどいい依頼があります」

 受付の女性が依頼票を出す。

────────────

《書簡配達》

目的地:ベルツ冒険者ギルド

期限:六日以内

ランク:F以上

────────────

「手紙?」

「ギルド間の書類です。ちょうどベルツへ向かうなら持っていってもらえます」

「報酬は?」

 金額を見る。

「受ける」

「即決ですね」

「どうせ行くから」

 書類は封をされた小さな筒へ入っていた。ノアはそのまま《遠征用収納鞄》へ入れる。

「なくさないでくださいね」

「鞄ごとなくさなければ大丈夫」

「その鞄、新しく買ったんですか?」

「うん」

「ずいぶん立派そうですね」

「呪われてたから安かった」

「……」

「何?」

「もういいです」

 受付の女性は深く聞かなかった。

「ベルツのギルドでこれを渡せば依頼完了です」

「分かった」

「街道から外れすぎないようにしてください。途中には魔物も出ます」

「うん」

「夜は?」

「野宿する」

「宿場が一つありますから、最初の夜はそこを使った方が安全ですよ」

「高い?」

「安宿ならそれほどでも」

「じゃあ考える」

 ノアは依頼票と道順を確認した。

「行ってきます」

「気をつけて」

 ギルドを出る。そのまま西門へ。十五年間暮らしてきた街を出る時も、特別なことはなかった。門番へ冒険者証を見せる。門を抜ける。振り返る。城壁がある。その向こうにスラムもある。

「……」

 少しだけ見た。それだけ。ノアは西へ続く街道を歩き始めた。

◇

 旅は、思っていたより楽だった。一番大きいのは《遠征用収納鞄》だった。水を多めに持っても重くない。食料も入る。毛布も。途中で拾った薬草まで入れられる。

「便利すぎる」

 何度言っても足りない。以前なら、水袋一つでも邪魔だった。今は腰回りに何もぶら下げなくていい。初日の夕方。受付に教えられた宿場へ着いた。小さな食堂と宿が一緒になった建物。ノアは入口の前で値段を確認した。

「一泊、銅貨……」

 払える。問題なく。少し前なら、宿へ泊まるという発想自体なかった。

「お願いします」

 一番安い部屋を取った。狭い。ベッド。小さな机。窓。それだけ。ノアは部屋へ入ると、扉を閉めた。鍵をかける。カチャ。

「……鍵ある」

 当然なのだろう。宿だから。でもノアには少し新鮮だった。ベッドへ座る。柔らかい。

「おお……」

 手で押す。戻る。

「これで寝ていいのか」

 金を払った。だからいい。その夜は、久しぶりに地面でも硬い板でもない場所で眠った。

◇

 二日目。街道で角兎を二匹見つけた。依頼ではない。だが肉と皮は売れる。一匹目。《危険察知Ⅰ》が反応。跳びかかる瞬間を避ける。《月銀の剣》で首。二匹目も同じ。

「これも入る」

 解体できる範囲だけ処理して、丸ごと《遠征用収納鞄》へ。まだ余裕。三日目には小型の狼系魔物が二匹。以前なら二匹同時は避けていた。今は。《隠密Ⅰ》で一匹へ近づき、先に脚を斬る。もう一匹が飛びかかる。《危険察知Ⅰ》。身体を横へ。《身体強化Ⅰ》で踏み込む。首へ一閃。

「……前より速い」

 残った一匹も倒す。魔石。毛皮。牙。全部収納。

「旅しながら金になるな」

 少し嬉しい。四日目の昼。遠くに城壁が見えた。

「あれか」

 ベルツ。今まで暮らしていた街より少し小さい。それでも、ノアにとっては十分大きな町だった。

◇

 門で冒険者証を見せる。Eランク。問題なく入れた。まず冒険者ギルド。場所を聞きながら歩く。知らない街。知らない道。露店。鍛冶屋。宿。市場。人の顔も全部知らない。

「……変な感じ」

 でも。嫌ではない。ベルツの冒険者ギルドは、元の街のギルドより少し小さかった。中へ入る。受付へ。

「書簡配達です」

「どちらからですか?」

 ノアは元の街のギルド名を伝え、収納鞄から筒を出した。封を確認される。

「確かに受け取りました。冒険者証を」

「はい」

 依頼達成が記録される。報酬。

「これで終わり?」

「はい。お疲れさまでした」

「あと聞きたいことがある」

「何でしょう?」

 ノアは金属札を取り出した。

────────────

《第七呪物保管庫》

────────────

「これ知ってる?」

 受付の女性が見る。

「第七呪物保管庫……?」

「この町にあるらしい」

「申し訳ありません。私は聞いたことがありません」

「昔の施設とか」

「古い記録なら資料室に何かあるかもしれません。ただ、すぐには分かりませんね」

「そっか」

「お急ぎですか?」

 ノアは少し考えた。

「別に」

 ここまで来た。施設が今日消えるわけでもない。

「しばらくこの町にいるから」

「でしたら、何か分かったらお伝えします」

「お願いします」

 次。泊まる場所。

「安い宿、どこ?」

「長期ですか?」

「多分」

 教えてもらった宿は、ギルドから歩いて数分。一階が食堂。二階と三階が客室。一番安い個室を見せてもらう。ベッド。机。椅子。小さな窓。鍵。

「食事は?」

「朝食込みだよ」

「夜は?」

「別料金」

「湯は?」

「桶一杯なら銅貨」

 ノアは考える。一泊分。払える。一週間分。払える。

「一週間お願いします」

 硬貨を出す。宿の主人が鍵を渡した。

「二階の奥だ」

「ありがとう」

 部屋へ入る。鍵を閉める。ベッドへ座った。

「……ここで暮らすのか」

 自分で金を払って。屋根のある部屋。鍵まである。毎朝食事も出る。ノアはベッドへ横になった。

「悪くないな」

 スラムへ戻りたいとは思わなかった。

◇

 翌日から。ノアは稼いだ。かなり稼いだ。最初に受けたのは《牙猪討伐》。前の街でも倒した魔物。今なら戦い方も分かる。一頭。《隠密Ⅰ》で近づく。突進。《危険察知Ⅰ》。避ける。脚。首。討伐。そして。

「今度は全部」

 《遠征用収納鞄》へ。牙。魔石。毛皮。肉。脂。使える骨。前回は捨てた部分まで。ギルドで出す。

「まだあります」

「まだ?」

 受付台の横に素材が積み上がる。

「牙猪一頭分です」

「かなり綺麗に持ち帰りましたね」

「鞄あるから」

 討伐報酬。素材代。肉代。前回とは比べものにならない。

「……こんなに?」

「大型魔物は素材が多いですから」

 その日。宿代を引いても大きく黒字。翌日。牙猪二頭。その次は《灰狼》三匹。さらに薬草採取。討伐の帰りに見つけた薬草を、収納鞄へ入れられるだけ入れた。

「討伐依頼なのに薬草まで?」

「見つけたから」

「買い取れますけど」

「じゃあ全部」

 また金になる。ノアは理解した。

「この鞄、稼げる」

 魔法の鞄は便利なだけではない。今まで捨てていた物を、全部金へ変えられる。討伐一回あたりの収入が大きく違う。しかも《身体強化Ⅰ》がある。以前より遠くまで動ける。魔物を倒す速度も上がった。《剣術Ⅰ》。《耐久Ⅰ》。《隠密Ⅰ》。《危険察知Ⅰ》。《身体強化Ⅰ》。一つ一つはⅠ。それでも組み合わせれば、Eランクの魔物相手ならかなり安定する。

◇

 一週間。宿代をもう一週間分払った。まだ金が増えている。二週間。食事を削る必要がなくなった。朝は宿の食事。昼は収納鞄へ入れたパンや肉。夜も温かい料理を頼む。ある夜。肉と野菜の煮込みを食べながら、ノアは自分の腕を見た。

「……少し太くなった?」

 気のせいかもしれない。でも以前より骨ばかりではない。毎日きちんと食べて。身体を動かして。眠る場所もある。十五歳なら。本来はこうやって身体が大きくなる時期なのだろう。

「食べるって大事なんだな」

 今さら知った。金も貯まった。宿代。食費。装備の手入れ。それらを払っても。革袋の硬貨が増えている。ノアは金を数えた。

「……しばらく働かなくても食べられるな」

 少し前なら考えられなかった。明日のパン。次の食事。そこまで心配しなくていい。だからといって、仕事をやめる気はない。

「貯めよう」

 金があれば。必要な物を買える。旅もできる。情報にも金を払える。呪われた物を見つけた時、買うこともできる。金も。強さの一つだった。

◇

 三週間目。ノアはギルドへ戻り、討伐証明を受付へ置いた。

「《森熊》一頭」

「……一人で?」

「うん」

「Eランクの依頼ではありますけど、普通は二、三人で行く方が多いですよ」

「最初、知らなかった」

「依頼票に書いてあったでしょう」

「倒せたからいいじゃん」

「怪我は?」

「腕を少し」

 《黒鉄の胸甲》にも爪跡がついている。だが。《耐久Ⅰ》。《身体強化Ⅰ》。そして《危険察知Ⅰ》。致命傷は避けられた。受付の女性がため息をつきながら素材を確認する。

「魔石、爪、毛皮、胆嚢……また全部持って帰ってきたんですね」

「売れるから」

「その収納鞄、本当に便利ですね」

「高かったから元取らないと」

「呪われていた物を安く買ったって言ってませんでした?」

「普通よりは安かった」

「十分元を取っていると思いますよ」

 査定を待っていると。受付の女性がノアの冒険者証を見た。

「ノアさん」

「何?」

「少し待っていてください」

「?」

 奥へ消える。しばらくして。別の職員と一緒に戻ってきた。

「何かした?」

「悪いことではありません」

 ノアは少し安心した。

「依頼達成数、討伐実績、納品記録。それからこの三週間の活動を確認しました」

「うん」

「Dランクへの昇格基準を満たしています」

「……D?」

「はい」

 ノアは自分の冒険者証を見る。今はE。

「もう上がるの?」

「前の街でEランクになった時点で、かなり依頼実績がありましたから。それにこちらへ来てからの達成数も多いです」

「鞄のおかげ?」

「鞄は依頼を達成してくれません」

「そうだけど」

「牙猪、灰狼、森熊。討伐依頼をすべて成功させています。依頼放棄もなし。報告も問題ありません」

「じゃあD?」

「簡単な確認だけ受けていただきます」

「試験?」

「実技を見るほどではありません。すでに森熊まで単独討伐していますから」

 職員からいくつか質問された。冒険者としての規則。依頼中に一般人を巻き込んだ場合。街道で負傷者を発見した場合。討伐対象以外の危険な魔物を見つけた場合。分からないところもあった。

「それ知らない」

「では今覚えてください」

「はい」

 教えてもらう。最後に。冒険者証が預けられた。しばらくして戻ってくる。

「どうぞ」

 受け取る。刻まれている文字。Eではない。D。

「……」

 ノアはじっと見る。

「おめでとうございます。今日からDランク冒険者です」

「D……」

「嬉しくないですか?」

「嬉しい」

 ちゃんと。嬉しかった。最初。冒険者になる金すらなかった。重い荷物を何時間も運んだ。腕が痛くて。脚も震えて。それでやっとFランク。ゴブリン一匹を倒すだけで腕を裂かれた。今は。Dランク。

「上がったな」

 小さく呟く。

「何か言いました?」

「別に」

 冒険者証をしまう。

「Dランクになると何が変わる?」

「受けられる討伐依頼が増えます。護衛や遠征にも参加しやすくなりますよ」

「報酬も?」

「もちろん」

「いいね」

「やっぱりそこなんですね」

「お金大事だから」

「否定はしません」

 受付の女性が笑った。

「それと」

「何?」

「前に聞かれた《第七呪物保管庫》について、少しだけ分かったことがあります」

 ノアの表情が変わった。

「本当?」

「古い資料に、似た名称がありました」

 受付の女性が一枚の紙を取り出した。

「町の西側に、昔使われていた地下施設があったようです」

「今は?」

「閉鎖されています」

「場所は分かる?」

「大体なら」

 ノアは紙を見る。町の外。さらに西。古い街道から少し外れた場所。

「第七呪物保管庫?」

「そこまでは断定できません。ただ」

 受付の女性が資料の一部分を指差した。古い文字。

────────────

《危険物保管施設・第七区画》

────────────

「……」

「かなり古い記録です。現在も入口が残っているかは分かりません」

「誰か使ってる?」

「少なくともギルドの管理施設ではありません」

「立ち入り禁止?」

「現在の所有者すら不明です」

 ノアは紙を見つめた。一か月以上。呪物を探しても見つからなかった。それなのに。魔法の鞄の中から出てきた鍵。《第七呪物保管庫》。そして。この町の西に残っているかもしれない、古い危険物保管施設。

「行ってみる」

「そう言うと思いました」

「だめ?」

「止めても行くでしょう?」

「多分」

「でしたら、せめて準備してください」

「してる」

 ノアは肩から下げた《遠征用収納鞄》へ触れた。食料。水。包帯。野営道具。全部入る。金もある。宿もある。冒険者ランクもDになった。ベルツへ来た時より。また少し。強くなった。ノアは新しくなった冒険者証を服の内側へしまった。

「明日行く」

 目指す場所は。《第七呪物保管庫》。その名前通りの物が残っているなら。今までとは違う。一つや二つではないかもしれない。ノアは紙に描かれた古い位置図を見ながら。少しだけ笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。