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耳染  作者: 木介


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4/14

事故物件

次の日、推しである山下彩と直接話せる機会だというのに青木の第一声は「遅くなり申し訳ないございません」という謝罪から始まった。


「なんで遅れたんですか?」


山下彩は怒りながらも集合時間に2時間も遅れ頭を下げている青木にそう声をかけてくれる。


「電車の中で寝てしまって、気がついたら終点まで行ってしまって…本当に申し訳ない」


彼女の顔が恐くて見れない青木はひたすらに地面を見つめていた。


「はぁ、もう良いです、行きましょう」


不謹慎ではあるが、ある意味でこれは推しとのデートといえる状況であり、初(しょ)っ端(ぱな)推しの前で恥をかく事になった青木は挽回出来るように気合いを入れ直し彼女の後を付いていった。


まず最初の目的地である不動産へと足を運んでいる道中、二人に会話は無い。

それは青木が遅刻してきたからというのも理由ではあるが、主な理由はあの階段の女が原因である。


もちろん昨日も青木はその音に怯え寝付けずにいた。

遅刻の理由もそれが原因ではあったのだ、その説明も踏まえて話題を振ろうと青木は彼女へ声をかけた。


「昨日はどうでしたか? あの階段の女は?」


「…」


同じ境遇であるからには当然くるであろう質問に彼女は何か言おうとしたが飲み込み「別にいつも通りでしたよ」と返事をする。


明らかに嘘であった。

いつも通りなどでは無い、彼女は何か今までとは違う状況に陥った事に青木はすぐに察しがついたが、それ以上の質問は出来ずまた沈黙が流れる。


そんな沈黙の中、不動産へ着いた二人は中へ入り担当者が席に着くなり有無を言わさぬ勢いで彼女が言った。


「栄町のアパート【いとま荘】についてお聞きしたいんです」


その気の強さも考えれば当然でYouTuberとして成功するのは何十万いや何百万人に一人の確率だ。その狭き門に入り大成を夢見る者がこの程度の事で気後れする筈が無い。


「いや、電話でも話しましたが、このアパートは事故物件などではありません」


対応してくれているベテランらしき男性も毅然とした態度で突っぱねたが「そんな筈ありません、ちゃんと調べて下さい!」と彼女は先程よりも大声で応え、周りの視線が刺さる。


この状況に青木は違和感を感じた。

気が強いといっても少し異常であり、まるで何か焦っているような違和感である。


「まぁ、まぁ、ここは俺に任せてくれない?」


青木は二人の間に入り話を進展させる事にする。


「内見はしても良いですよね? それともここでまだ議論しますか?」


この質問は半ば強制で相手に選択権など無い、何故ならこの質問の本質は【永遠に彼女と押し問答を続けますか?】という問いだからだ。


「分かりました、内見には付き合うので今日はそれでお引き取り下さい」


そう言って対応してくれていた男性は自分よりも若く経験も浅いであろう別の男性に引き継ぐ、要するに面倒を押し付けたのだ。


その面倒事を押し付けられた男性は鈴木と名乗り名刺を渡した後、車で青木達を案内してくれた。

その道中彼女から質問攻めにあった事は言うまでもなく彼は上司にでも言われたのかどんな質問にも「私には分かりません」の一点張りである。


そして現場近くのコインパーキングに着き、例の場所へ向かおうとした際にまたしても事件が起きた。

突然彼女が「私はここで待ってるから」と言い出したのだ。

先程までの勢いが消えたと事情を知らない人は思うであろう、だが青木は既に違和感の正体に気が付いている。

彼女は威勢が良いわけでは無い、ずっと何かに怯えているのだ。青木には見えない何かに。


「それは困ります、車に一人で置いておく事なんて出来ません」


鈴木からの当然の主張で青木は現実に戻る。


だが彼女は頑なに動こうとしない。

そんな状況を見かねて青木が声をかける。


「俺達は今の状況を何とかするためにここへ来たんじゃないの?」


その言葉に彼女は揺らぎ、強張っている体を無理やり動かして「遅刻したくせに」と皮肉を言いながら車から降りて付いてくる決意を固めてくれた。


そんなひと悶着の末、辿り着いた現場は昼間だというのに映像で見たよりも不気味であった。

そして彼女もその雰囲気に呑まれたのか中に入るまではせずアパートの下で待つことになり、中へは青木と鈴木の二人で入る事になる。


「では行きましょうか」と言う鈴木の後ろ姿を見て青木が思い出す。彼女の動画では映っていなかったが彼女は番号を合わせて開けていた筈だという事に。


「そういえば中へ入るにはキーボックスを開けないといけないんじゃないですか?」


「はい? そうですけど?」


振り返って鈴木は何を当たり前な事を聞くんだと言わんばかりの訝しげな表情で面倒くさそうに応えた。


「山下さん番号って覚えてますか?」


不動産が中へ入る許可をしていないという事は彼女の知っている番号はでたらめである可能性が高い。


「0808です」


「えっ! 何で知って…」


鈴木の反応でこの番号が本物である事が確定し、私達の不可思議な体験を裏づける事になった。


「行きましょう」


戸惑う鈴木を無視して青木は部屋の案内を促し中へと入っていった。

中は動画で見たのと同じ光景で彼女が言っていたように思ったより綺麗という印象を受ける。


青木は動画内で見ていない部分押し入れの中や壁の隅々まで見ていく。


暫くしてから「満足しましたか?」という鈴木の声が聞こえた。

狭い部屋なだけあって隅々まで見ても十分とかからず終えてしまう。


ここへ来れば何か解決に繋がるヒントがあるかと期待していたが、意味の無い時間を過ごす事になってしまい、分かりやすく肩を落として部屋を出た。


そんな青木とは対照的にこの場所へ来てからの彼女の様子は明らかにおかしい、内見を終えて戻ってくるなりそそくさと車の方へ歩いていってしまったのだ。


そんな彼女を走って追いかけ「近隣の人に話を聞くのはしないんですか?」と青木は耳打ちする。


すると「もう大丈夫」彼女はそれだけ言って誰とも歩みを合わせる事はしなかった。

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