音
「あー、だいぶ内容は弱いですね」
翌朝、編集した動画を見た担当の森田さんに感想を求めた際の言葉だ。
「やっぱりこの動画じゃ厳しいですよね」
「う~ん、まぁそこは本人と話して確認してみます、今回もありがとうございました」
青木はこの担当者が苦手である。
下請けとはいえ動画を編集している以上、そのクリエイターに情が湧く、推しとまではいかないながらも担当した動画は伸びて欲しいという想いを持ってしまうものだ。
だがこの森田はどうだ、自分の担当に対して想いを感じない。
編集したデータを2パターン送ってどちらが良いか聞いても「どっちが良いですかね? 青木さんはどう思います?」という返事しかない。
彼にとっては只の仕事で納期さえ守ってくれれば後はどうでも良いのだ。
ましてや今回は推しの動画でもある為、余計森田の態度は不快に感じた。
そんなモヤモヤを抱えつつも切り替えて、この気味が悪い動画の仕事はこれで終わりだと自分に言い聞かせる。
そして少し安心した青木は友人と飲みに行く約束をしていた為、急ぎ支度を済ませ部屋を後にしたのだった。
「そう編集中に音が増えたんだよ!」
「音が増えたって聞き逃してただけだろ? あんまり気にすんなって」
友人である早川拓人は前の会社の同僚で今でも関係が続いている貴重な友人だ。
「その動画公開されたら見てみてよ、山下彩で検索すればチャンネル出てくるから」
「そんな事言って、また山下彩の宣伝だろ? もう良いって」
「バレたか、確かに宣伝目的でもあった」
そんな談笑をしつつ飲み会は終わり、家の戻ったのは0時を過ぎていた。
部屋へ戻る為、マンションのエントランスに入りそこから内階段で二階に上がろうとした時。
「うわっ」と青木は思わず声を上げてしまう。
二階へ向かう階段の四段目に黒いワンピースに赤いヒールを履いている髪の長い黒髪の女が闇に溶け込み立っていたからであった。
その後ろ姿だけで異様な存在である事が分かった青木は即座に階段を諦め、エレベーターのボタンを連打する。
【カンッ、カンッ、カンッ、カンッ】
聞き覚えのある音が聞こえた。
この時青木は即座にこの違和感を察し、気付いたのだ。
青木が住んでいるマンションの内階段はコンクリートであり、こんな音が出る筈が無いのだと。
横を向けばそこには先程の女が立っており先程は後ろ姿しか見れなかった相手の側面を見た。
その姿で何より印象に残ったのはその腕、白い腕には無数の青い血管が浮き出ており青木の全身に鳥肌が立つ。
そして無意識のうちに青木は顔を上げて見てしまったのだ彼女の長い黒髪から覗かせている眼を。
息を忘れた青木に【チンッ】というエレベーターの音が正気を戻す。
青木がすぐに行動出来たのは身の危険を感じた事による生存本能だ。
エレベーターに飛び乗ってまたしてもボタンを連打する。
「閉まれ、閉まれ、閉まれ…」
声に出し願う。
今度は顔を上げないようにボタンを見つめる。
無事扉が閉まった後も青木はボタンしか見なかった。
(もしエレベーターに乗っていたら?)
(降りた先に待っていたら?)
嫌な想像が頭を巡る。
一階から二階という僅かな時間でも永く、とてつもなく永く青木は感じた。
【チンッ】
扉の前に女はおらず、自分で恐怖を増幅させたに過ぎなかった。
次は角にある201号室の自分の部屋へ戻らないといけない。
そこへ行くまでに階段を通り過ぎる必要があり、青木は飛び出し周りに目もくれず一目散に走った。
廊下は暗く寒い。
季節を考えればそんな事は無い筈だが彼の気持ちがそうさせるのだ。
そして部屋の前まで着き震える手で急ぎ鍵を開ける。
【ガチャッ】
この音を聞いた瞬間無事に帰れるという安心感で気持ちが途切れた青木はふと自分が走った廊下を見てしまった。
だがそこに女の姿は無い。
ホッとした青木は怖いもの見たさもあってか、いるのなら四段目かとまるであの不気味な女の姿を探すかのように階段の方もチラリと確認したのだ。
そして見つける、こちらをじとーっと見つめる女の姿。
距離があるため女が見ているかどうかは分かる筈が無い、だが青木には視線が合っている事が分かった。
「はぁ、はぁ」
部屋へ逃げ込んだ青木は自分でも何をやっているのか、あの女に操られていたのか分からない。
ただ一つ分かった事はあの女からは逃げられないという事だった。
この日、青木は風呂にも入らず部屋の電気を消す事も無かった。
眠れなどしない青木は考える、あの動画の音の正体は恐らくあの女だ。
次に考える事は何故音が増えていくのか?
思い当たるのは時間、日付を跨ぐと音が増えてる。
初めて音を聞いたのは山下彩の動画で、音が増えたのは編集をしていて日付を跨いだ時、そして今回も日付を跨いだ飲み会の帰りである。
「だとしたら…」
明日は五段目、次の日は六段目と迫ってくるであろう。
どうすればと悩んでいるとある考えに辿り着いた。
青木は朝イチであの人へ連絡しようと心に決め長い夜が明けるのをただ待つのであった。




