始まり
カチッ、カチッ。
「はぁ~…、終わったぁ~!」
多くのクリエイターが所属しているエンタメの会社、その一部の動画編集を仕事にしている青木省吾は自宅で一仕事終えて何もない天井を見つめていた。
8月に入りその暑さも相まって頭がぼーっとしてしまい無意識にただ天井を見つめ時間が流れるのを過ごした。
青木は現実へ戻る為コーヒーを入れて一息つき、頭へ渇を入れ直す。
「よし、あと1本仕上げちゃうか」
しばしの休憩を終えて、次は楽しみにしていた仕事に手を掛ける。
次の仕事はいうなら推しの動画編集である。
動画再生数は数百回で登録者数も百に届かない二十代前半の若い女性YouTuber山下彩。
初めての動画から一年間、ずっと彼女の動画を青木は編集しつづけ、伸び悩みつつも投稿をやめない彼女の姿勢を見ていたら、いつの間にか彼女の虜になっていたのだ。
そして最近になり彼女の動画が伸びてきている。
その理由が心霊系に手を出したからであった。
青木としては今まで通り、ただご飯を食べたり、ゲームをしたりしながらの雑談などで良かったのだが、どんな形であれ活動の幅を広げて有名になっていく姿を見るのは嬉しく思う。
前回は【心霊スポット行ってみた】という内容だったが今回は【事故物件泊まってみた】といった内容だ。
さて今回彼女はどう立ち回っているのか、彼女を目立たせる為に自分が培った編集の力で精一杯、後押しをしようと気合いを入れ元データを再生する。
ーーー
「さぁ! 始まりました! 山下彩です!」
「今日はですね~、なんと昨日の動画に続いて心霊動画となっています!」
「今回の企画は~…」
「ドゥルルルル……じゃーん! 事故物件に泊まってみようと思います!」
「大家さん及び関係者の皆様、ご協力ありがとうございます!」
「という事で私はある場所に来ているのですが見て下さい、この外観いかにも…出そう…ですよね、それでは行ってみましょう!」
ーーー
夜中だからか全体的に声が小さく、「見て下さい」と言った建物の外観は暗くてぼんやりとしか見えない。
こんな時こそ編集の出番だ。
ソフトを使い彼女の声のみを拾いあげるように編集する。
次に明るさを調整し彼女が泊まる建物の全貌をはっきりとさせていく。
今回彼女が泊まる建物は古い木造二階建てのアパートで外付けの鉄骨階段が特徴的であった。
続きの動画では手をライトを持った彼女がその階段を鉄独自のカンカンという小さな音と共に上がる姿が映し出されていた。
「さぁ、着きました、ここが今回泊まる事になった201号室ですね」
彼女が辿り着いた先の扉もだいぶ年季が入っている。
「では早速中に入りたいと思います」
そう言ってドアノブに掛けてあるキーボックスの暗証番号を合わせて開き合鍵を手に入れた。
「お邪魔しま~す」
一層小さくなった彼女の声を聴きながら、外よりも更に暗い闇の中へと入っていく。
「うわぁ、暗いですね」
「でも中は思ったより綺麗です。事故物件って言われていたのでもっと荒れているのかと思ってました」
持っていたライトで周囲を照らしながら彼女は話を始めた。
「まずは今日一泊して良いとの事なので、このランタン型のライトとカメラですね、これを設置していきま~す」
そう言ってバックから設置型のライトを出していく彼女の姿は一生懸命だが動画としてはハプニングもなく物足りない。
青木は効果音や文字での補足、ただライトを設置するだけの絵面など入らない部分も消していった。
色々と準備をして慣れない環境に疲れながらも間を繋ぐ為に彼女は雑談を始め心霊現象を待つ。
そんな努力も虚しく、結局は日付が変わる前に彼女は眠りに落ちてしまった。
事故物件という環境にいながらも気にせず眠ってしまう一面は青木にとって新しい発見である。
「こっから起きるまでは早送りだな」
動画としてもダイジェストとなるであろうという場面でも何があるのか分からない為、一応確認はしていく。
【カンッ、カンッ】
「ん?」
何も起きるはずが無いと決めつけていた為、その音への反応が遅れてしまった。
丁度、動画内で日付が変わる時に小さなラップ音のような音が入っている。
「何の音だ?まさか心霊現象か?」
笑いながら一人呟き再度確認する。
【カンッ、カンッ】
「う~ん? なんだろうこの音?」
どこかで聞いた事のある音に少し考えたが、今は考える事では無いと仕事に集中する。
ただこの小さな音を後で心霊現象として編集するべきかどうかクライアントに相談する為、時間だけメモに残し他に撮れ高が無いか動画を進めていった。
結論として心霊現象といえるのはあの【カンッ】という小さな音だけ。
その場所を再度確認する為、動画を巻き戻しメモした時間に合わせ再生する。
【カンッ、カンッ、カンッ】
「えっ?」
青木は固まった。
最初に確認した時と違い音が増えているのだ。
「そんな音が増えてるなんてあり得ないだろ」
自分を安心させる為に再度動画を再生する。
【カンッ、カンッ、カンッ】
音は三回だ。
最初に聞いた時は二回だったのは勘違いだったのかと考えを巡らせた時、青木はこの聞き覚えのある音の正体に気が付いた。
「階段を上がる音か…」
思い出せばこのアパートは鉄骨階段であり山下本人も階段を上がる際に小さいが似たような音を出していた。。
動画の彼女よりも一段と高いその音は
【階段をハイヒールで上ってくるとこんな音がするはずだ】
と脳内で補足される。
音の正体に気付くと本当に事故物件なのだと怖くなり、青木はさっさと編集を終わらせた。
「この動画また再生数稼げるのかなぁ、どうせならお蔵入りになって心霊現象なんて無かったって事になれば良いのに。
そしたら山下彩の魅力は普段通りに振る舞って雑談する事だってなってくれないかなぁ」
編集を終えた青木は自宅の時計を見ながらもう夜中の1時かと思いながらポツリと感想を述べていた時。
【カンッ…、カンッ…、カンッ…、カンッ…】
気を抜いた一瞬、この聞き覚えのある小さな音に心臓が高鳴る。
パソコンを見ても既に電源はついていない。
「この音ってまさか…」
考えれば青木の家もマンションではあるが二階にあるという事実に恐怖を覚えつつ、音の正体を確かめる為カーテンから少し外の様子を見る。
【カッ、カッ、カッ、カッ】
そこには水商売でもやっているのであろう高いハイヒールを履いた女性がマンションの前を歩いている。
小さな音で分かりづらかったが良く耳を澄ませばその音も【カンッ】等とは聞こえず【カツ、カツ】といったハイヒール独特の音であった。
「はぁ~、俺、疲れてるのかなぁ~」
勘違いの可能性が高いとはいえ、心霊現象に関わったという事実が神経をすり減らしていたのかも知れないと自分の疲れを実感し、今日はもう何も考えずに眠る為カーテンを閉めた。
階段からこちらを見ている女の影には気付かずに。




