終業
翌朝、ソファーで仮眠を取っていた岩田は佐藤に起こされる。
「大丈夫ですか?」
佐藤の心配そうに覗き込む様子で自分が酷い顔をしているのだと認識出来た。
「あぁ…問題ない、あと佐藤、俺はこの岡部久美に会ってくる。
昨日の調査結果をデータにまとめておいたから確認しておいてくれ、あとは引き続き情報集めだ」
「分かりました」
なんとなく調査はしなくても問題はないという気がしていたが、別の可能性も考えて行動しなくてはならず再び二手に分かれるのであった。
徹夜で調査した結果、岡部久美は高齢の女性でずいぶん前からいとま荘の1階を借りてるらしい。
職も子もなく社会との繋がりも無い彼女が家賃を滞納した事ないのは若い頃に稼いだと思われる大金のおかげであろう。
「ご高齢の方なんで定期的に連絡はしているんですよ」
不動産へ着くなり中西は奥へと引っ込み鈴木が対応をしてくれた。
【プルルルッ、プルルルッ、プルルルッ】
【プルルルッ、プルルルッ、プルルルッ】
あまりにも長い架電に「いらっしゃらないんですかね?」と声をかけた。
「大丈夫です、いつもこんな感じなので」
と小声で鈴木は返事をした。
【プルルルッ、プルルルッ、プルルルッ】
【プルルルッ、プルルルッ、プルルルッ、ガチャ】
「もしもし」
「あっ、いつもお世話になっております、不動産の鈴木と申します、こちらは岡部久美さんのお電話でお間違い無いでしょうか?」
「すずきさん、どうも」
「今日は岡部さんと話したいって警察の方が来ておりましてお電話変わりますね」
そう言って鈴木は岩田に受話器を差し出す。
「お電話変わりました、岩田と申します」
「いわたさん、どうも」
その枯れた、か細い声は相手の年齢を想像させるが、ゆっくりと丁寧な口調で話すため聞き取れない事は無い。
「今日はいとま荘の調査について許可を頂きたく、ご連絡致しました」
「はい」
短い言葉でもゆっくりと丁寧に彼女は話す。
「岡部さんがお借りしている101号室と102号室ですが中を捜索する許可を頂けますか?」
「いいえ」
「えっ? 今、何ておっしゃいましたか?」
ゆっくりと丁寧に話す彼女の言葉が聞こえなかった訳では無い、断られるとは露程も思っていなかった岩田の脳がその言葉を処理出来なかったのだ。
「いいえ」
今度もゆっくりと丁寧に断りの言葉を彼女は話す。
「行方不明者の捜索に必要なんです、許可頂けませんか?」
「いいえ」
「人の命がかかってるんです! 許可頂けない理由を教えて下さい!」
頑なに許可をしない相手に腹が立ち岩田は語尾が強くなる。
「…」
すると相手の返事はない。お年を召した女性に強い言葉を使ってしまったと少し反省し、再度呼び掛けようとした時。
「ダメだって!! 言ってるだろぉ!!」
先程とは違った野太く力強い大声に驚き固まる。
我に返り再び受話器に耳を当てると既に電話は切れており、再度掛け直しても出る事はない。
「もう刑事さん勘弁して下さいよ~」
そう困りながら電話を掛け続ける鈴木に「こちらも急ぎなんです、私は岡部久美さんの自宅へ向かわせてもらいます」と席を立った。
「いやいや、待って下さい! 刑事さんと繋いだのは私なんですよ! 一緒に行きます」
そうして鈴木の運転する車で岡部久美の自宅へと向かった。
着いた先は築50年は経っているであろう古い古民家だ。
「ここへ足を運んだ事は?」と鈴木に質問をする。
「私は無いですけど1年に1回、中西さんが足を運んでますよ」と直ぐ様答えが返ってきた。
【ピンポーン】
「岡部さんいらっしゃいますか~? 先程お電話した鈴木です~」
語尾を伸ばして大きな声で鈴木は何度も繰り返した。一生懸命に声をかける鈴木を横目に岩田は裏口へ回る。
雑草は伸び何年も手入れをされていない、窓もきちんとしまっており、黒いカーテンで中は見えない。
裏口へ着きその扉を押す、だがこちらも同様で鍵が掛かっていた。
(開いてくれたら話は早かったんだが…)
そう思いながら岩田は扉へと突進した。
【バキンッ】
という大きな音と共にその古い扉は壊れて開く。
最早、引き返せない岩田は「岡部さーん! 大丈夫ですかー!」と声を掛けながら中へと侵入していった。
どれだけ声をかけても返事はない。
玄関まで来ると外から声を掛けていた鈴木の姿が無かった。
もしかすると先程の音で岩田の後を追い、裏口へ向かったのかも知れない。
玄関には赤いハイヒールがポツンと置いてある。
そして玄関の正面、そこには2階へ続く階段があり、岩田は今回の事件を彷彿とされる状況を思い出しながら上り始めた。
【ギイッ、ギイッ、ギイッ、ギイッ】
急な階段を一歩一歩、踏みしめていく。
【ギイッ、ギイッ、ギイッ、ギイッ】
上がれば上がる程、底が抜けそうな不安に駆られる。
【ギイッ、ギイッ、ギイッ、ギイッ、ギイッ】
上りきった13段、すぐ横には扉があった。
まるでいとま荘のように。
意を決して扉を開く、そこには青白くしわがれた手足をだらんと下げた。
黒いワンピースを着た髪の長い女の遺体が横たわっていた。
そう岡部久美は既に亡くなっていたのだ。
岩田はあまりの光景に一歩下がり、急ぎ連絡をしようとケータイへ目を落とした。
(あれ? 何か…)
まるでデジャブのような光景。
(そういえばあの日、いとま荘でも…)
思い出した時には遅く、亡くなっている筈の岡部久美が、まるで下から生えてきたかのように懐に入り、その大きく見開いた目で視界が埋まったのだ。
「うわぁーー!!」
あの時と同じように腰を抜かして倒れ、そのまま階段の下へと転げ落ちていった。
そして岩田が最後に見たのは【カンッ】という音と共に降りてくる女の姿であった。
ーーー
目を覚ますと病院のベットの上、丸一日意識を失っていたらしい。足の骨は折れており暫く入院生活になるとの事。
次の日、お見舞いに来た佐藤から岩田が意識を失っていた時の話を聞いた。
あの後、岩田が倒れてるのを発見した不動産の鈴木が警察へ連絡、怪我をして意識の無い岩田と2階で亡くなっていた岡部久美を発見した。
1年に1度訪問をしていた中西へ事情聴取をしようとしたが彼は行方不明になってしまったとの事。
その後、岡部久美が借りていた、いとま荘の1階を調査した所、青木省吾と山下彩の2名を発見。
そこでは畳を剥がし地面を血塗れの手で掘っている青木と赤黒く丸まった肉の塊をあやしていた山下がいた。
そして翌日、入院先の病院で事件は起きる。
青木は首を真後ろまで折られた状態で発見され死亡、山下は股から下半身を裂かれた状態で発見され死亡。
二人ともあり得ない状況での死、警察は頭を抱えてる。
「それともう一つ、いとま荘で元々住んでいた人達ですが…、彼らは皆亡くなってました」
「…」
「岩田さん、これってやっぱり呪いとかの類いなんですかね…」
不安そうに佐藤は聞いてくる。その顔は刑事とは思えない程、弱り怯えていた。
「さぁな、どちらにしろ行方不明者の捜索は終わりだ、俺達には関係ない」
「そうですよね」と少し安心した表情を見せたと思いきや佐藤は続けて質問をしてきた。
「岩田さんは大丈夫ですよね?」
「俺か? 俺は大丈夫だ」
その後、佐藤とは他愛の無い話をし楽しい時間を過ごした。
(さて、あと何回こんな日を過ごせるのか)
そんな事を考えながら夜中、迫ってくるあの音を数えるのだった。
第二部 ~完~




