解決の予感
岩田は警察署の2階にある自分のデスクへ戻ってきていた。既に夜も更け時計は23時を回っている。
防犯カメラの映像確認、いとま荘に住んでいた人達の調査、1階を借りている岡部久美の調査、やる事は山積みである。
誰かに手伝って貰いたい気持ちはあるが部下の佐藤には一段落ついたら帰宅して良いと指示を出しており、その姿は見当たらない。
岩田はひとまず3階にある捜査支援分析課と呼ばれる部署(主に防犯カメラの解析やデジタル証拠品の分析を行う)へと足を運んだ。
正直言って岩田はこの部署が苦手である。
自分とは違い頭の良い人達の集まりで、特別コミュニケーションが必要な部署で無い事から、彼らが何を考えているのか分からない。
それともう一つ岩田が行きたく無い理由があるのだが、今日は何も起こらないと自分に言い聞かせながら部屋に入っていった。
すると運良く30代後半の男性職員を捕まえる事が出来「このデータに入ってるカメラの映像解析を急ぎでお願いしたいんだが頼めるか?」と強引に仕事をねじ込む。
岩田自身、この警察署で働いている期間が長く、警察官としては未だ中堅ではあるが署内ではベテランの為、ある程度のわがままは通してもらえる立場にあった。
「分かりました、少し待っていて下さい」
相変わらず機械的に感情を見せないで応える様子は慣れないが、承諾はしてくれたらしい。
早く終わらないかと逸る気持ちを抑えて待っていると。
「あーーっ!! また新しい心霊動画ですか!」
もう一つの問題【葛城麗奈】に見つかりその甲高い声を上げる。
この子はまだ二十代前半の若い女性職員で綺麗な長い黒髪が特徴の活発な人物である。
陰湿なこの部署には不釣り合いの子だと初めは皆思っていた。
だが彼女はいわゆるオタク、それも心霊オタクであり【科学で証明できない現象を見たい】という理由でその道を追求し警察官になった変わり者である。
「前の動画、私が解析したんですよ! 見える人にしか階段を上る女の霊が見えず、日に日にその音が増えていくという不思議な動画、私には見えなくて面白くなかったですけど岩田さんには見えるんですか?」
「いや、俺には見えな…」
「そうですか、佐藤さんは現場に足を運んで無いから見えなくて当然だと思いましたが、岩田さんは現場に行ってるから何かしら影響を受けてると思ったんですけどね」
「まぁ、現場に行っただけで心霊現象に遭遇するとは…」
「そうですよね、普通なら現場に行っただけで遭遇するなんて事はありません。そうなってしまったらその地域には誰も住む事なんて出来なく…」
岩田はこうなる事が分かっていたから嫌であった。
彼女は自分の好きな事となると周りが見えなくなる。この性格は初め、当然注意を受けていた。
だが注意してしまうと彼女はそこから果てしなく話が続いてしまうのだ。
それから誰も彼女に注意などしない、話を遮らず黙って聞く、これが一番早く彼女から解放される方法であり、誰も彼女を無視しないのはそれを差し引いても彼女が優秀である証拠である。
「話を聞いていたい気持ちもあるのだが、ちょっと急いでいてね」
「あっ! そうなんですね、じゃあぱぱっとやっちゃいましょう」
そう言って彼女は先輩の隣でその作業をじぃーっと見つめる。
気まずそうに男性職員はしているが、その距離の近さに少し嬉しそうであった。
もしかしたら彼女が注意されない理由はこれかも知れないと岩田は思いながら、偽早川が映っていた時間を指定して、その人物を鮮明にしてもらう。
するとどうだろう眼鏡とマスクのせいで確実とは言えないが見知った顔が姿を現した。
「青木省吾」
そこにいたのは行方不明者の一人である青木省吾、彼は自ら先に内見へ行き情報を集めていたのだ。
この事実に何かがカチッと嵌まったように思えた。岩田はお礼を伝えて急ぎ立ち去る。
その背中を「後で詳細教えて下さいねー!」という甲高い声が見送った。
【カンッ、カンッ】
2階へ降りている途中、階段の踊り場へ出て残り半分を降りる所であの女は現れた。
いつの間にか日付が変わっていたらしく、一度見てしまうと追いかけき、以前と比べて上がる段数が増えている事実を確認出来た。
今にして思えばこの霊は怖い存在では無い。
可哀想な女の霊なのだが先の経験から岩田は近寄る勇気など持ち合わせていない。
岩田はその存在を確認してすぐに踵を返しエレベーターで下へと降りる。
【チンッ】
【プルルル…】
エレベーターの扉が開くと同時に電話が鳴り、岩田の心臓を跳ね上がらせる。
ディスプレイの表示を見ると北川修也、あの胡散臭い探偵、北川修也からの着信である。
「もしもし」
「北川です、起きてましたか?」
分かっていて聞いてくるという、このいけ好かない感じが電話でも伝わってくる。
「あぁ、で、何の用だ?」
「何の用って酷いなぁ、分かってて聞いてるでしょ? どうでしたか? あの女の出ましたか?」
(お前も分かってて聞いてるだろ)と言ってやりたい衝動を抑え「あぁ、出たよ」と端的に答える。
「やっぱり出ましたか」
「あぁ…用件はそれだけか?」
新しい情報から青木の事を調べたかった岩田は電話を切ろうとする。
「いやいや、待って下さいよ、良い情報ありますから」
「良い情報?」
この男は好きでは無いが優秀である事は事実、良い情報というからには間違いが無い情報だと信用していた岩田は話を聞く姿勢に入る。
「私もあの女の階段を上る音を聞いて確認したら昨日よりも迫ってきていて迫力がありましたよ」
「…それで?」
「それでって、まぁいいや、本題はここからです」
「私が撮影した映像覚えてますか?」
北川が撮影した映像といえば、いとま荘で初めて階段の女を見た岩田の様子を撮影した物である。
「覚えているが、それがどうした?」
「私の調査した結論、あの女の霊が見える条件は現場にいるか、実際に撮影したデータを見るかだと当たりをつけていたんです」
「そうじゃなければ、山下彩さんの担当である森田さんも恐らく刑事さんも見える側の人で無いといけませんから」
この結論に一人で辿り着いたのは称賛に値するが既に知っている情報の為、驚きは無い。
「なので私が持っている撮影した映像をムカつく知人に見せたんです」
相変わらず他人を無理やり巻き込む奴だと岩田は呆れながらも黙って聞いている。
「そしてさっきの日付が変わった時にそいつへ連絡したんですよ、そしたらそいつ何て言ったと思います?」
めんどくさいやり取りは避けたかったので「何て言ったんだ」と答えを急かした。
「そんな女来てねぇよ、ですって」
「…」
「何が言いたいか分かりましたか? 映像ではあの女が追ってくる事は無いんです」
「となると青木さんはどのタイミングであの女に追われるようになったんですかね?」
北川の情報で確信する。
青木があの現場にいた事、それも動画に残っている音の数から山下彩がいとま荘へ泊まった日に階段の女から憑きまとわれているという事だ。
「へぇー、それだけか?」
北川の情報で確信を得られたが調子に乗られても困るので冷たくあしらう。
「そんなリアクションだとは…岩田さんもしかしてある程度、この事件の全容が見えてるんじゃないですか?」
そう探りを入れてくる北川に岩田は一つだけ情報を与える。
「これは事故物件で起きるという心霊現象を利用した事件だ、俺から伝えられる事はそれだけだ。もう切るぞ」
「え? それだけ? ちょっと待っ」
【ツー、ツー、ツー】
北川の事など気にせず岩田は容赦なく一方的に電話を切った。
今回の事件、そう遠くない未来に解決する。
そんな予感が岩田にはするのであった。




