衝撃と動揺と焦燥(SIDEセルジュ) 3
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この五日で、セルジュにはかなりの疲労が溜まっていた。
タウンハウスの使用人を一斉に解雇したため、急いで次の使用人を雇わなければならなかったのだが、人数が人数であったためにすぐには揃わなかった。
見かねたアロイスが掛け合ってくれ、城の使用人を数名借りることができたが、今までジョフロアに任せきりだったために、まず、邸のことを把握するのにも時間が取られる。
執事は、領地の執事の息子ユベールが来てくれることになり、その彼がようやく昨日到着したばかりだった。
父の補佐をしながら領地の邸を管理していただけあって、ユベールはすぐにタウンハウスの現状を把握したけれど、使用人不足はどうしようもない。
ユベールが早急に面接をして使用人を入れてくれるというが、新しい使用人が仕事に慣れるのにも時間がかかるだろう。しばらくはタウンハウスはバタバタするだろうが、セルジュは以前のように城に逃げてユベールに何もかも丸投げしようとは思えなかった。
城と自宅を行ったり来たりし、慣れない邸の管理の仕事もする。
ユベールが、領地の邸に比べて王都の邸は管理体制が杜撰だと指摘して、管理体制から見直すことにもなった。
まさに、てんやわんやだ。
自分が撒いた種とはいえ、ここのところ、特に眠れていないので体調も悪い。
眠れていないのは、慣れない仕事のせいというよりは、シャルリーヌのことを考えすぎて寝付けないだけだったのだが、これもやはり自業自得で、文句を言う相手は自分自身以外誰もいない。
目の下に濃い隈を作ったセルジュがサロンへ向かえば、シャルリーヌはすでに到着して待っていた。
「待たせ――」
言いかけて、途中で言葉が止まる。
目の前の彼女が、記憶の中にある彼女よりずっと痩せていたからだ。
それだけではない。
艶やかだった金色の髪には艶がなく、肌も荒れている。
大きなサファイア色の瞳は変わらないが、そこに何の感情もないことに、セルジュはこの一年の自分の罪を再認識した。
「……待たせて、すまない」
大きな石でも飲み込んだように、声が出しにくい。
人間、感情の揺れ幅が大きくなると、上手くしゃべることができないのだと知った。
「いえ」
凛とした涼やかな声がする。
彼女は一年前よりもだいぶやつれていたけれど、ピンと伸びた背筋と真っ直ぐな瞳は、昔と変わらない。
「それで、お話とはなんでしょう?」
その平坦な声に、セルジュは自分とシャルリーヌの関係は、どうあっても修復されることはないのだと悟った。
だが、今日は復縁を迫りに来たわけではない。
きちんと、この一年のことを謝罪するために時間を作ってもらったのだ。
セルジュはこの五日で、嫌というほどに理解した。
ソブール国が嫌いだという理由でかの国出身のシャルリーヌを拒絶したことで、彼女にこの一年、大きな苦痛を与えてしまったのだということを。
ソブール国が憎くとも、そこの出身の、しかも戦後に生まれたシャルリーヌに罪があるわけではない。
そもそも、セルジュだって祖父から話を聞かされただけで、実際に戦争を経験したわけでもない。
感情の問題なので、ソブール国を好きになれと言われても難しいかもしれないが、だからと言ってシャルリーヌまで自分の感情に巻き込むのはおかしな話だった。
どうしてそんな簡単な事にも気づけなかったのか。
どれだけ自分が意固地で融通が利かないのか――これまではさほども気にしていなかったおのれの頑固さに辟易したくらいだ。
とはいえ、後悔したからそれで許されるわけでもない。
「すまない、シャルリーヌ。邸に帰った後で、この一年の君に対する使用人の態度を知った。すべては俺の責任だ」
ぴくり、とシャルリーヌの肩が揺れた。
平坦な表情をしていても、感情まで平坦というわけではないのだ。当然である。もし自分がシャルリーヌの立場なら、怒りに身を焦がすくらいに腹を立てただろう。
「許してほしいとは言わない。ただ、謝罪をさせてほしい。本当にすまなかった。君がこの一年間に得られるはずだった財産は後程計算してきっちりと――」
「必要ありません」
静かな、けれどもきっぱりとした拒絶で、セルジュの言葉が遮られる。
シャルリーヌはセルジュの瞳をまっすぐに見つめて、繰り返した。
「必要ありません。セルジュ様の妻になることは、ディアーヌ様に与えられた役目でした。その役目をまっとうできなかったのはわたしです。ですので、今更必要ありません」
今更。
そう、確かに今更だ。
シャルリーヌのその言葉に、セルジュは打ちのめされた。
セルジュの妻になったのは役目だった、という言葉にしてもそうだ。
シャルリーヌだって、望んで結婚したわけではなく、主であるディアーヌに指示されたから嫁いだだけ。セルジュはそんな簡単な事にも気づかなかった。
お互いが、役目で仕事で義務だった。
そう割り切って結婚したのならば、セルジュはシャルリーヌに理性的に向き合わなければならなかったのだ。
愛だのなんだのは二の次。
少なくとも、シャルリーヌはセルジュと夫婦になろうと考えてくれていたのだろう。当初は。
シャルリーヌはセルジュよりも二つ年下だが、セルジュよりもずっと大人だった。
今だって、感情的にならずにセルジュに向き合ってくれている。
もしも、セルジュが一年前に、自分の感情を優先せず、理性的に、義務的な結婚としてシャルリーヌに向き合えていたのならば、きっと今は違う結果があっただろう。
意外と、彼女との結婚はうまくいったかもしれない。
身を焦がすような情熱はなくとも、きっと、家族として温かな愛情ならば芽生えただろう。
だが、何を思おうとも、何を感じようとも、今更なのだ。
「……俺に、してほしいことはあるだろうか?」
情けないことに、セルジュに言えるのはもうこれだけだった。
だけどこれにも、シャルリーヌは首を横に振る。
「なにも」
「そうか……」
償う機会すらも与えられないことが、こんなにも苦しいとは思わなかった。
シャルリーヌは視線を落とし、黙って手を付けていなかったティーカップを見つめた。
こうして、お茶を楽しむことすら、セルジュはシャルリーヌから奪っていたのだ。
あの部屋で、誰にも世話をされずに、シャルリーヌは何を思って一年をすごしただろう。
「……何もないと言いましたけど、一つだけ」
しばらく黙り込んでいたシャルリーヌが、小さな声で言って顔を上げる。
ハッとして彼女を見ると、シャルリーヌは何処か困ったような表情で少しだけ笑った。
「わたしはディアーヌ様の侍女で、セルジュ様はアロイス殿下の側近です。……職場で、気まずくなるのは避けたいので、普通に接していただけると嬉しいです」
ああ、そうだった。
シャルリーヌがディアーヌの侍女である限り、セルジュと関わる機会もあるのだ。
そう、関わることが、できる。
シャルリーヌから償いは拒否されたけれど、この先も関わることがあるのならば、何かしら彼女の役に立てることもあるだろう。
わかった、と頷くと、シャルリーヌは今度こそはっきりと微笑む。
セルジュはその笑顔にうっかりと見入ってしまい、そんな自分に大いに戸惑った。
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