新しい未来を掴む 8
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「……ディアーヌ王太子妃」
オールポート伯爵が、まるで幽霊でも見たような顔で優雅に微笑むディアーナを見る。
エミリーもひゅっと息を飲み、片手をお腹にあてて、ゆったりとアロイスの方へ歩いてくるディアーヌを見ていた。
「来ちゃったのか」
「ええ。だって、なかなか呼んでくださらないんだもの。蚊帳の外のまま全部終わってしまうのかと思って冷や冷やしましたわ。わたくしだって、『お縄にしておしまい!』とかやってみたいのに」
ディアーヌがアロイスに向かっておどけてみせる。
「どうして……」
エミリーが蒼白になって震えている。
ディアーヌはアロイスの隣に腰を下ろして、エミリーとオールポート伯爵を交互に見た。
「あなたたちはよほど自分に自信があるのね。ふふふ。相手をはめたと思って、逆にはめられるのは、どんな気分かしら?」
オールポート伯爵がハッとしてシャルリーヌを振り向いた。
シャルリーヌはセルジュに守られるように肩を抱かれながら、演技という仮面をすべてはぎ取ると、オールポート伯爵とエミリーを睨みつける。
「なかなか楽しかったけれど冷や冷やしたわ。ブラン伯爵も、難しい演技を要求するものね」
「のりのりだったじゃないですか。アロイス殿下も、ディアーヌ妃殿下も」
「まあそうね。こんな機会、滅多にないもの」
「滅多にではなくて、もうないと思ってくれ。二度目があるのは嫌すぎる」
アロイスがはあと大きく嘆息した。
「演技……」
エミリーが茫然とつぶやいたとき、部屋に騎士たちが雪崩れ込んできた。
瞬く間にエミリーとオールポート伯爵の身柄を拘束する。
騎士たちに羽交い絞めにされて、エミリーが大声でわめきたてた。
「放して! 放してよ‼ わたくしは何も知らないわっ! わたくしを捕らえたいのなら証拠を出しなさいよ! わたくしが何をしたって言うの‼」
「ひとつ」
喚くエミリーに、ディアーヌが涼やかな声で指を一本立てて見せた。
「わたくしに、堕胎作用のあるお茶を飲ませようとした件。ふたつ」
ディアーヌがセルジュに視線を向ける。
セルジュが頷き、エミリーを睨んだ。
「我が家の使用人と共謀して、妻に苦痛を強いた件。みっつ、グレミヨン商会のボーモンを使い、妻に微量の毒物を含んだ菓子を届けさせようとした件。よっつ、機密情報であるはずの妃殿下の懐妊の事実を、オールポート伯爵に漏らした件。いつつ」
セルジュがシャルリーヌを見下ろす。
夫を見上げたシャルリーヌは小さく笑って、それから厳しい目をエミリーとオールポート伯爵に向けた。
「ディアーヌ様の食事に、毒を盛った件。毒物の入った香水瓶をわたしに渡して、罪をなすりつけようとした件」
「そうそう。シャルリーヌと廊下で偶然を装ってオールポート伯爵が接触したのは、私の護衛騎士が見ている。密かにあとをつけさせていてね。伯爵が食事のサラダに何かを振りかけたのも見ているし、その瓶を城の焼却炉の中に捨てたのも見ている。ちなみに焼却炉はまだ火を入れる時間ではなかったため、中から瓶は回収済みだ」
アロイスがやっと自分の番が来たとばかりに嬉々として種明かしをはじめた。
ディアーヌも負けじと続ける。
「毒物が混入された食事は、ちゃんと回収しているわ。シャルリーヌが運んで来た物はまったく別の安全なもの。だからわたくしは、毒なんてこれっぽっちも口にしていないし、この子も無事」
ディアーヌが愛おしそうに自分のお腹を撫でた。
セルジュが、シャルリーヌから奪い取っていたクリスタルの小瓶を掲げて見せる。
「これの中身も別物。急いで似た瓶を持って来させて、すり替えて置いた。中身はただのローズウォーター。もちろん無毒だ。オールポート伯爵がシャルリーヌに渡した本物の瓶は、食事や焼却炉に捨ててあった瓶ともども回収済み。成分分析の結果ももう出る頃だろう。それから、伯爵たちとグルだったグレミヨン商会には、すでに騎士たちを向かわせている」
オールポート伯爵がぎりっと奥歯を噛んだ。
「四人の侍女が急に体調不良で休んだのも、シャルリーヌが短期間復帰することになったのも、なにもかも、計画通りよ? お馬鹿さんねえ、悪知恵を働かせたらわたくしに叶う人間がいるはずないじゃないの」
「妃殿下。計画を考えたのは俺ですけど」
「それに修正を加えたのはわたくしでしょう?」
「セルジュ、あきらめろ。ディアーヌは手柄をまるっと横取りする気満々だ」
アロイスが苦笑する。
ディアーヌがシャルリーヌを見て、笑った。
「当然よ。一番頑張ったのはわたくしの侍女ですもの! こーんなに面白いこと、わたくしの権力増強のために役立てないでどうするの?」
ねえ、と同意を求められて、シャルリーヌはセルジュと顔を見合わせて笑う。
エミリーが震えながらその場に頽れた。
オールポート伯爵がぎゅっと眉を寄せて目を閉じる。
ディアーヌが、どこからか扇を取り出してばさりと広げた。
「これにてまるっと一件落着よ!」
楽しかったわ、ディアーヌが高らかに笑う。
シャルリーヌはセルジュにそっと寄り掛かると、小さく「終わった」とつぶやいた。
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