新しい未来を掴む 2
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一月後の、初雪のちらつく冬の朝。
ヴェルリール国王都に、夜が明ける前から新聞の号外が緊急販売された。
『ディアーヌ妃、懐妊』という大きな見出しの入った号外は、早朝だというのに飛ぶように売れて、瞬く間に完売したという。
それもそのはず。
王室はまだ、ディアーヌの懐妊を発表していない。
いったい誰が新聞社にリークしたのか。
その日、早朝から王室は対応に追われ、てんやわんやの騒ぎになった。
「あらあら、騒々しいことね」
当事者の一人であるディアーヌは、王室情報局が懐妊情報のリーク先を探して走り回っている中、一人、のんびりとお茶を飲んでいた。
「それにしても、シャルリーヌの入れるお茶は久しぶりだわ。あなたはいつも丁寧にお茶を入れてくれるから、すごく優しい味がするの。気のせいかしら?」
「ふふ、気のせいですよ」
ディアーヌの部屋で、シャルリーヌは彼女のためにお代わりを入れながら苦笑する。
昨日からシャルリーヌは、期間限定でディアーヌの侍女に復帰した。
というのも、ディアーヌの侍女が四名もまとめて体調不良を訴えて休みを取ったからだ。
妊娠中ということもあり警戒心の強まっているディアーヌは、代わりに城のメイドを使うことを嫌がり、急遽、シャルリーヌに短期間の侍女への復帰を願い出てきたのである。
現在ディアーヌの侍女は、体調不良で休みを取っている四名を除いて、エミリーとあと二人とシャルリーヌのみ。
もともと十名の侍女をソブール国から連れて来ているが、残り二名はシャルリーヌのように新婚を理由に休職中だった。そのうち一人は子供ができたので、休職期間は長くなるだろう。
結婚してもエミリーのように休職しない侍女もいるので、休職していたシャルリーヌとしてはディアーヌに頼まれると断れるはずがない――というのが、表向きの理由だった。
もちろん、裏がある。
何故ならこれは、セルジュが立てた計画の一部だからだ。
体調不良を訴えた四名の侍女も、こちら側だ。彼女たちには事前に話を通しており、体調不良という名目でそれぞれ頼みごとをしている。
エミリーを除く、現在シャルリーヌの侍女をしている残り二名にしてもそうだ。
部屋に残した二名は、侍女でありながら武術の心得もある護衛役でもある二人なので、彼女たちを外すわけにはいかなかった。
二人にもあらかじめ情報を伝えているため、現在はいつも通りの雰囲気を装いつつ、エミリーを警戒してくれている。
「シャルリーヌ、私にもお代わりをもらっていいだろうか?」
ソファにゆったりと座るディアーヌの隣でアロイスがにこやかにティーカップを持ち上げた。
ディアーヌがそちらに視線を向けて、そっと息を吐く。
「シャルリーヌ。特別苦いお茶を入れて構わなくてよ。エミリーおすすめのグレミヨン商会のボーモンとかいう商人が持って来た体にいいけど美味しくないやつがあったわね。それにしなさいな。わたくしはまだ飲んでいないけれど、とっても渋いお茶だそうよ」
「ひどい妻だ」
アロイスがあからさまに傷ついた顔をする。
ディアーヌはふふんと笑った。
「いくら夫婦でも四六時中張り付いていられたら鬱陶しくてかないませんもの。それに、仕事を放置してのんびりしている夫のお尻を叩くのは妻の役目でしょう?」
「放置はしていない。今日は君の側にいるようにと侍従に言われたからね。きっと精神的に不安になっているだろうからお支えして差し上げなさい、と侍従長が言っていた」
「はあ、余計なことを」
ディアーヌとアロイスの冗談交じりの会話を聞きながら、シャルリーヌは二人とも演技が上手だなと感心していた。
アロイスがこの場にいるのは、もちろんセルジュの計画のうちだ。
アロイスがここにいれば側近であるセルジュも共にいられるので、安全確保と計画進行のために、侍従長を言いくるめて一日ディアーヌの部屋にいられるようにしたのである。
(まさか、新聞にリークしたのがディアーヌ様本人だなんて知ったら、情報局員はひっくり返るでしょうね)
すべては、オールポート伯爵とその一派を動かすため。
まだ安定期に入ってはいないが、侍医にも協力を仰ぎ、もうすぐ流産の危険もなくなる時期だと嘘の情報を城内に流してもらった。
オールポート伯爵としては、出産前にディアーヌの腹の子を始末したいと考えるだろう。うまくすれば母体ともども危険にさらせるので、このチャンスを見逃すはずがない。
もうすぐ流産の危険が遠のく時期だと知れば、オールポート伯爵も急いで動き出す。
実際、前の時は、ディアーヌの妊娠発表の前後でオールポート伯爵は動いた。
(すでにグレミヨン商会からお茶が届けられているし、いくつかの種は撒き終えているもの。効果なしとわかれば焦って他の手も打ってくるはず)
グレミヨン商会は、オールポート伯爵の息がかかっている商会だ。
懐妊祝いのプレゼントとして堕胎作用のあるお茶を送りつけることが叶わなかった彼は、エミリーに協力させてグレミヨン商会経由でお茶を届けさせた。
事前にアロイス経由でディアーヌにお茶に注意するように伝えておいたので、ディアーヌはまだそれには口をつけていない。エミリーが何度かすすめたようだが「体によくても苦いのは嫌よ」と断っているとか。
ちなみにだが、そのお茶は苦くもまずくもない。
ディアーヌがわざと「そう聞いたわ」と言って遠ざけているだけだ。ゆえにエミリーは何度も「美味しいお茶ですよ」と説得を試みている。何も知らなければ、健康茶をすすめるよくできた侍女に映るだろう。
(あのお茶は即効性の効果はないから、何度か飲ませる必要があるのよね)
即効性がないからこそ足がつきにくい。
周囲にはストレスか何かの原因で流産したとしか見えないだろう。
(命を何だと思っているのかしら)
オールポート伯爵にも、そしてディアーヌを裏切ったエミリーにも強い怒りが湧いてくる。
だけど、顔に出してはならない。
グレミヨン商会から届けられたお茶は、すでに一部を回収し、成分調査済みだ。
お茶を調べた侍医が腹を立てていたが、彼にもしばらくは口外しないように頼んでいる。
堕胎作用のある茶葉を届けただけであればグレミヨン商会を摘発するのは難しい。
オールポート伯爵やエミリーたちも言い逃れは充分に可能である。
ゆえにまだ足りないのだ。まだ。もっと決定的な証拠がいる。
なので――シャルリーヌとセルジュは、賭けてみたのだ。
エミリーの、シャルリーヌへの憎しみの大きさに。
シャルリーヌが四人の侍女の体調が回復するまでという短期間のみ侍女に復帰するのなら、エミリーはこのチャンスを逃さないだろう。
ディアーヌの腹の子ともどもシャルリーヌを消す算段を立てるはずだ。
一度目の人生では、この時期すでにシャルリーヌはセルジュと離縁していた。だからこそ、エミリーもシャルリーヌがディアーヌの側にいるときは大きく動かなかった。
しかし、今は状況が違う。
いまだにセルジュの妻の椅子に座り、なおかつ彼との関係が改善して仲睦まじくしていると知れば、エミリーの嫉妬の炎は燃え上がるだろう。
(わたしを消すなら、処刑させる方法に持って行くでしょうね。エミリーたちの罪もかぶって処刑台に上らせる方法……ディアーヌ様のお腹の子を堕胎させた責任をわたしになすりつけようとするはずだわ)
すなわち、シャルリーヌにディアーヌを狙わせるように仕向けるはずだ。
もちろん、シャルリーヌが自分の意志でディアーヌに危害を加えるなどとエミリーは思っていないだろう。ゆえに、何らかの行動を起こし、その罪をシャルリーヌに擦り付けようとするはず。
(この数日の間に勝負は決まるわ)
ならば、エミリーが焦って早く動き出すように、こちらも煽るのみ。
アロイスとディアーヌはまだ冗談を言い合っている。
それに微笑みながら、シャルリーヌはアロイスの背後に立っているセルジュに視線を向けた。
「セルジュ様も、お茶、いかがですか?」
するとセルジュが照れたような困ったような顔で頬をかいた。
「シャルリーヌ、今は仕事中だから」
「そうでした。いつものくせで。……すみません」
シャルリーヌがしゅんとして見せると、ディアーヌが揶揄うように目を細めた。
「あらいいじゃない。新婚なんだもの。ブラン伯爵もそこの椅子に座って、シャルリーヌにお茶を入れてもらいなさい。シャルリーヌのお茶は美味しいわよ。……って、知っているわよね」
「ええ。妻は毎日お茶を入れてくれるので。彼女の入れるお茶は世界一美味しいですよ」
「まあ! のろけられたわ!」
くすくすと、ディアーヌとセルジュ、アロイスと笑い合う。
そうしながら、シャルリーヌはエミリーの様子を伺った。
口元は笑っているようで、目元は全然笑っていない。
(そう、焦ってちょうだい)
シャルリーヌへの殺意が増せば増すほどに、エミリーは焦って動き出す。
(わたし、あなただけは絶対に許せないの)
オールポート伯爵も憎いが、エミリーは別。
ディアーヌの侍女として、彼女を裏切ったエミリーは、何があっても許すことはできないのだ。
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