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愛さないと言った夫が豹変しました~囚われたわたしが夫の真実を知るまで~  作者: 狭山ひびき


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不器用なあなた 1

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 ぽたぽたと、セルジュの涙がシャルリーヌの肩口に落ちる。

 震えながらシャルリーヌを抱きしめて静かに泣くセルジュに戸惑いつつも、背後のタチアナの視線が気になって、シャルリーヌは彼を促して部屋に入った。


 主人が泣くところを、あまり使用人に見られるものではない。

 セルジュがのちのち気まずくなると思うので、落ち着くまで書斎にこもっていたほうがいいだろう。


 書斎の鍵を閉めて、セルジュをソファに連れて行く。


「セルジュ様、お茶を入れますね。気分が落ち着くような――きゃっ」


 立ち上がろうとしたシャルリーヌの手首をつかんで、セルジュは再び彼女を腕の中に閉じ込めた。


「行かないでくれ……」


 震えた声でささやかれて、シャルリーヌはどうしていいのかわからなくなる。

 行くもなにも、お茶の準備をするだけだ。シャルリーヌは遠くに行くわけではない。

それなのに、まるでもう二度と会えないほど遠くにシャルリーヌが消えると言うがごとく、セルジュはきつくシャルリーヌを抱きしめてくる。


 シャルリーヌはセルジュの背中に手を回した。

 ぽんぽんとあやすように優しく叩く。


(セルジュ様って、意外と泣き虫なのね)


 何があったのかはわからない。

 だけど、こんなにも泣くのだからよほど悲しいことがあったのだろう。


「行きませんよ。どこにも行きません」


 だって、逃がしてくれないでしょう?


 心の中で小さくつぶやく。

 逃げたいと思ったこともあった。

 だけど、今はあまり逃げたいとは思わない。

 逃げるよりも、彼が抱えている秘密を知りたいと思うから。


「シャルリーヌ……。シャルリーヌ、君が……君が好きなんだ」

「……はい」


 その言葉を、もう、不思議と疑おうとは思わない。

 セルジュの行動はわからないことだらけだけど、不可解な行動の中に、彼の愛は垣間見えた。

 ぽんぽんと背中を叩き続けると、ややして、セルジュが顔を上げる。

 涙の伝う頬に手を伸ばせば、涙で潤んだ綺麗な緑色の瞳が、まるで迷子の子供のようにシャルリーヌを見つめていた。


「やっぱりお茶を飲みましょう? こんなに泣いたら、乾いてしまいます」


 少し冗談っぽく言うと、セルジュがようやく小さく笑ってくれる。

 こつんと額を合わせて、触れるだけの口づけを交わした。

 涙の味のするキスに、この人はいったいどれだけ泣いたのだろうと切なくなる。

 腕の力が緩んだので立ち上がると、シャルリーヌは暖炉に火を灯した。


 使用人を呼んでお茶を持って来てもらってもよかったけれど、ここにはティーセットと茶葉も置いてあるし、湯を沸かすための鍋もある。何より、泣き腫らした目をしたセルジュを見られない方がいいと思った。

 水差しの水を鍋に入れていると、セルジュがふらふらと近づいてくる。


「シャルリーヌ、俺がする」

「火傷なんてしませんから大丈夫ですよ。それに、今のセルジュ様は少しぼーっとしているから危なっかしくて見ていられないです」


 シャルリーヌではなくセルジュの方が火傷しそうである。

 セルジュにソファに座っているように言い、湯が沸く間にティーポットとティーカップを準備しようと、シャルリーヌは書斎の奥の棚へ向かった。

 そのとき、セルジュの書斎机に置いてあるインク壺の蓋が開けっ放しになっていることに気づいた。


(あのままだと乾いて使い物にならなくなっちゃうわ)


 ティーポットとカップの準備を後にして、先にインク壺の蓋を閉めようと書斎机へ足を向けたシャルリーヌは、その上に置いてあった紙を見つけて瞠目した。


 おかしなところで改行された手紙のようなもの。

 その文章に視線を這わせた瞬間、ガンッと殴られたような衝撃が頭の奥に走る。


 くらりと立ち眩みを覚えてよろければ、セルジュがハッとして立ち上がった。


「どうした、シャルリーヌ!」


 セルジュが慌てて駆け寄って来る。

 けれどもシャルリーヌは答えられなかった。


 頭が割れるように痛くて、意識を失う寸前だったからだ。




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