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愛さないと言った夫が豹変しました~囚われたわたしが夫の真実を知るまで~  作者: 狭山ひびき


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未来の君が伝えたかったこと(SIDEセルジュ) 1

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 目の前が、真っ黒に染まりそうだった。


 セルジュはシャルリーヌが書いた手紙を握り締めて、書斎へ走る。

 途中、すれ違った執事のユベールが「お仕事でしたら、お茶をお持ちしましょうか?」と声をかけてきたが、それにすら答えられなかった。


 書斎に飛び込み、がちゃりと鍵をかけ、そのままへなへなとその場に座り込む。


 ――きのうねごとをいつていました


 シャルリーヌが作った、暗号の見本。「昨日寝言を言っていました」。

 これと同じように、中途半端なところで改行された手紙を、セルジュは知っている。


「あれは暗号だったんだ。……もっと早くに気づいていたら、シャルリーヌは…………」


 震えが止まらない。

 嗚咽がこみ上がって来て、セルジュは溢れかけた涙を袖で拭うと、立ち上がった。

 今は泣いている暇ではないのだ。

 一度目の人生で、彼女が伝えたかったことを思い出さなければ。


 書斎の机に座って、何もない紙を取り出す。

 そしてペンを握り締めると、記憶の片隅に引っかかっていたシャルリーヌの手紙を書きだしていく。


 一度目の人生において、シャルリーヌが死の二時間ほど前に届けてきた、手紙の内容を――



     ☆



 あれは、一度目の人生において、オールポート伯爵邸に賊が侵入したと報告を受ける二時間ほど前のことだった。

 アロイスの執務室で仕事をしていたセルジュの元に、城の使用人が手紙を持ってやってきた。


「ブラン伯爵、オールポート伯爵夫人からお手紙です」


 その言葉に、セルジュの鼓動は一気に跳ね上がった。

 シャルリーヌからの手紙なんて、それこそ、あの日離縁状と共に受け取った手紙以来のことだ。

 はじめての手紙があの離縁状付きの手紙だったから、ひどく狼狽えてしまう。

 そしてまた、彼女が結婚してから社交の場でしか会っていなかったシャルリーヌの手紙に、そわそわと浮足立った。


 手紙を受け取り、セルジュは努めて冷静を装いながら手紙の封をペーパーナイフで切る。

 アロイスや他の側近たちが興味深そうにこちらを見ていることに気が付いた。元妻で今は他人の妻のシャルリーヌからの手紙である。気になるのだろう。アロイスの顔なんて野次馬根性丸出しな表情だ。


 視線がうるさいなと嘆息しつつ、便箋を取り出す。

 二つ折りの便箋は二枚入っていて、一枚目を読んだセルジュは首を傾げた。

 当たり障りのない季節の便りだ。そして手紙の最後に「二枚目の手紙を、誰も介さずに直接ディアーヌ様に渡してください」とあった。


(どういうことだ?)


 怪訝に思いつつ、二枚目の手紙にも視線を這わせる。

 こちらもただの季節の便りだ。シャルリーヌがオールポート伯爵邸で刺繍をしたり花を見たりして過ごしているという他愛ない内容である。

 一枚目と違うのは、二枚目の手紙は妙なところに改行が入っていることだった。


 セルジュの手紙はびっしりと詰まった手紙だからこそ、行の半分のところや下手をすれば三分の一程度のところで変に改行されている手紙に違和感を覚えた。


「どうした?」

「いえ。シャルリーヌが、王太子妃殿下に二枚目の手紙を届けてほしいと書いていまして」

「ああ、いつもの他愛ない定期報告だろう」

「それがどうして俺のところに?」

「ああ。この前、ディアーヌのところの侍女が、ディアーヌに渡す前に中を確認したからじゃないのか? ディアーヌはそれをひどく怒っていたからな。シャルリーヌの手紙を誰にも読ませたくなかったらしい。……だが、だとしたらお前に言づけるのも変だが、まあ、お前は元夫だし、信頼されているんだろう」


 そうなのだろうか。

 しかし、シャルリーヌの手紙は本当に他愛ないものだ。これを他人が読んだところで問題になるとも思えない。ディアーヌは何をそんなに怒ったのだろうか。


『ビオラの花が咲きました』


 そして次の文章は『ノースポールの白い花も見頃です』。


 シャルリーヌが冬の庭を散策している情景が目に浮かぶようだ。

 次がこう。


『白いポットがお気に入りで、お茶をとてもよく飲むからなのか最近は肌の調子がとてもいいです』。


 この文章は少し変だ。


『白』が『ノースポールの白い花も見頃です』の文章の最後にかかり、次の一文は『いポットがお気に入りで、お茶』で切れて『をとてもよく飲むからなのか最近』でまた改行され『は肌の調子がとてもいいです』と続く。


(やっぱり気になるな)


 セルジュに宛てた手紙との落差がひどすぎる。

 また、内容もあまりにも薄っぺらく、わざわざ手紙に書くようなことだろうかと疑問に思った。

 とはいえ、ディアーヌとシャルリーヌは仲がいいので、お茶会の雑談のような手紙でも、もらえば嬉しいのだろうか。


(まあ俺も、ただの日常の様子だろうと、シャルリーヌの手紙は嬉しいな)


 今は仕事の手が離せないので、この手紙は次の休憩の時にディアーヌに届けに行こう。アロイスにも一緒に来てもらった方がいいだろう。いくら夫の側近だろうと、王太子妃に不用意に接近すれば周囲が変な噂を立てるかもしれない。

 ディアーヌを排斥しようとする一派に動きがあると報告が入っているのだ。彼らは批判材料を見つけたらどんな小さなことでもあげつらうだろう。

 ディアーヌとアロイスの間に第一子が生まれた今、ディアーヌがセルジュと親密だなどと言うありもしない噂が流れるだけで、その第一王子に出自まで飛び火しかねない。


 セルジュは執務机の引き出しに手紙をしまうと、仕事を再開する。


 オールポート伯爵邸に賊が侵入したと連絡を受けたのはその二時間弱後。

 手紙はセルジュの引き出しにしまわれたまま、セルジュはシャルリーヌのあとを追って命を絶った。





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