歪で、甘い 2
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まるで二人だけの小さな世界のようだと、思った。
パーティーの翌日から、セルジュはまとまった休みを取ったといって、ずっとシャルリーヌのそばにいた。
王太子の側近が簡単に休みを取っていいはずがないので、休みと言いながら何かの任務なのだろうとは薄々気づいている。
おおかた、シャルリーヌの身の安全の確保とかだろうか。
ディアーヌに近しい人間が狙われるのならば、シャルリーヌもその対象だ。
ディアーヌが気を回したのか、アロイスがディアーヌのために命じたのかはわからないけれど、セルジュはしばらく登城しないと言った。もし急ぎの仕事が発生したときは、ブラン伯爵邸まで届けてもらうのだそうだ。徹底している。
これまでは邸にいても、仕事中は執務室に言っていたセルジュは、何を思ったのか仕事を私室に運び込んだ。
仕事中もシャルリーヌのいる部屋ですごすことにしたセルジュとは、もう四日、ほとんどの時間を一緒にすごしている。
「シャルリーヌ、オランジェットだ。好きだろう?」
「ありがとうございます。でも、毎日用意していただかなくても大丈夫ですよ……?」
ドライフルーツのチョコレートが好きだと言えば、ティータイムに毎日なにかしらのものが用意されるようになった。
昨日はドライイチゴのチョコレート。その前はレモンピールのチョコレート。そのさらに前がドライイチジクのチョコレート。そして今日がオランジェット――ドライオレンジのチョコレート。
飽きたりはしないが、毎日用意されると申し訳なくなってくる。
ティータイムだって、ソファに並んで一緒にお茶を飲むけれど、お菓子を食べるのはシャルリーヌだけだ。セルジュはお菓子を食べるシャルリーヌを楽しそうに見ているだけである。
「好きなものを食べるとき、シャルリーヌは目じりが下がるんだ。俺はその顔が見たい」
かあっとシャルリーヌの頬に朱が走る。
食事している時の表情をつぶさに観察されていたなんて恥ずかしすぎだ。
「み、見なくていいです」
「いいじゃないか。減るものではないし」
「へ、減りますから!」
何が減るのかはシャルリーヌにもわからないが、少なくとも、精神はごりごりとすりつぶされる気分になる。
ソファの前に用意されたオランジェットに、シャルリーヌは手を伸ばすべきかどうか悩んでしまう。美味しそうなチョコレートだけど、食べると観察されるのだ。
(うぅー……)
ちらちらとオランジェットを見ながらティーカップに口をつけていたら、セルジュがぷっと笑い出した。
「悪かった。ほら、目をつむっているから。これならいいだろう」
「……目をつむらなくても見なければいいだけの話なんですけど」
「目をあけていたら自然と君の方を向くんだから無理だ」
(意味がわからないわ……)
目を閉じられていても一度意識してしまうと恥ずかしいものは恥ずかしいが、オランジェットは食べたい。
そーっと手を伸ばして輪切りのドライオレンジの半分だけチョコレートコーティングされているそれを口に入れると、甘酸っぱいドライオレンジとチョコレートが口の中で見事に溶け合った。
(美味しい……)
ふわっと頬が緩む。
顔をほころばせながら咀嚼していたシャルリーヌは、ふと視線を感じて横を向いた。
すると、目を閉じているはずのセルジュがじっとこちらを見つめていて、ぼっと火が出そうなほどに顔が熱くなる。
「目、つむるって……」
「一度はつむった。だから嘘は言ってない」
それは屁理屈というのだ。
むっと口を曲げると、とろりと緑色の瞳をとろけさせたセルジュが、オランジェットを一つつまんでシャルリーヌの口元に持って行く。
「シャルリーヌ、ほら、もう一つ」
「自分で食べられま――むぐっ」
口を開けた瞬間にオランジェットが口の中に押し込められて、シャルリーヌは目を白黒させた。横暴だ。暴挙である。だけど口に入れられたオランジェットが美味しくて怒るに怒れない。
もぐもぐと急いで咀嚼して、シャルリーヌは追加のオランジェットが口に入れられないように手のひらでガードしつつ、幸せそうに笑っているセルジュを見上げた。
「セルジュ様。ディアーヌ様に手紙を書いてもいいですか?」
その瞬間、セルジュの表情から笑みが消えた。
すっと冷えた瞳に、シャルリーヌの背筋に冷や汗が一筋流れ落ちる。
「どうして?」
「し、心配なんです」
「アロイス殿下がついているから問題ないよ。妃殿下にはほかにも侍女がいるし」
「わ、わたしだってディアーヌ様の侍女です!」
「そう言って、妃殿下に助けを求めるつもりなんだろう? ここから逃げ出したいって?」
「違います!」
暗い瞳をしているとき、セルジュがひどく不安定に見える。
オールポート伯爵がセルジュにとって鬼門なのはわかったけれど、ディアーヌの名前もダメなのか。いったい彼は、何をそんなに恐れているのだろう。
そうだ。
セルジュは何かを恐れている。
ふと、彼の表情を見ているとそんな気がしてきた。
セルジュはシャルリーヌに関係することで、何か恐れていることがあるのではなかろうか。
「セルジュ様も聞いたんじゃないですか? ディアーヌ様を排斥したい貴族の一派がいるそうです。だから、ディアーヌ様の侍女として、連絡を……」
「その件なら俺の方にアロイス殿下から連絡が入るようにしている。今のところ、妃殿下からシャルリーヌへの連絡は受けていない。心配しなくても、情報が入れば教えてあげるから、シャルリーヌが個別で連絡を取る必要はない」
やはりセルジュも知っていたのだ。
予想通り、セルジュはシャルリーヌの身の安全を確保するために休みを取ったと言って登城を控えているのだろう。
「でも、わたしとディアーヌ様が使っている暗号を、セルジュ様は知らないじゃないですか」
「暗号?」
セルジュが眉をひそめた。
シャルリーヌはハッと口を閉ざす。
暗号は、ディアーヌとシャルリーヌの二人の間だけで使われているものだ。アロイスにも教えていないはずである。
シャルリーヌは逃げるように顔をそむけたが、セルジュは愕然とした顔になって、シャルリーヌの手首をつかんだ。
「暗号とはなんだ。どんなものだ。教えてくれシャルリーヌ」
「い、言えません」
「口外しない! 絶対だ。だから教えてくれ、どうしても知りたい」
セルジュが切羽詰まったような表情で詰め寄る。
彼が何故「暗号」にこれほどまでに強い反応を示したのかわからず、シャルリーヌは戸惑った。
だけど、シャルリーヌだって侍女としてのプライドがある。
相手が夫であろうと、主との秘密を主の許可なく教えるわけにはいかないのだ。
「ディアーヌ様の許可があればお話しします。許可がなければ言えません」
「シャルリーヌ!」
「わたしはディアーヌ様の侍女です。主を裏切ることはできません。アロイス殿下の側近のセルジュ様ならわかってくださると信じています」
セルジュは目を見開き、それから力なくシャルリーヌの肩口に額をつける。
「……頼むよ」
「ごめんなさい……」
セルジュの腕がシャルリーヌの背中に回って、ぎゅっと強く抱きしめられる。
やはり彼は何かを恐れている。
それは、ずっとわからなかった彼に対してシャルリーヌが感じた、一つ目の確信だった。
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