激情とセルジュの謎 4
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
ブラン爵爵邸に戻ると、シャルリーヌはそのまま部屋に連れて上がられた。
「支度はいい。誰も入って来るな」
シャルリーヌの着替えを手伝おうとついてきたタチアナにそう告げて、セルジュはばたんと部屋の扉を閉める。
後ろ手でかちゃりと鍵をかけた彼を見て、まるであの日の再来だと思った。
彼が、離縁状を握り締めて一年ぶりに帰って来た、あの日の。
「セルジュさ――」
「どうしてオールポート伯爵と二人きりになろうとした」
手を掴まれたまま、壁に追い詰められる。
セルジュはもう片方の手をシャルリーヌの顔のすぐ横に手をついて、ぐっと距離を詰めた。
息がかかるほどの至近距離に、ひどく機嫌の悪そうな顔がある。
「答えろシャルリーヌ。何故、オールポート伯爵と部屋へ向かおうとした。どうして俺が帰って来るのを待たなかった。ボタンなんて放っておけばよかっただろう。何故あの男に近づいた」
「何故って……」
オールポート伯爵に近づき、彼の様子を探ることができたら、ディアーヌの役に立てると思ったから。
オールポート伯爵を利用して――セルジュから、逃げようと考えたから。
ともに、口にできるようなことではない。
「わ、わたしから近づいたのではなくて、エミリーが、オールポート伯爵を連れて控室に――」
「だがそのあと、二人で部屋へ向かう必要がどこにあった」
「だから、ボタンが……」
「そんなもの、放っておけばいいだろう‼」
大声で怒鳴って、セルジュはハッと口をつぐむ。
まるで怒鳴った自分をひどく後悔しているように見えた。
ぎゅっと寄せられた眉は、腹の中に渦巻く激情を、何とか押さえつけようとしているようにすら見える。
いったい彼は、何にそんなにイラついているのだろう。
「……君は。君は、俺の妻だ。人妻でありながら、他の男と二人きりになろうとした。この件について、どう思っている」
「どうって――」
「不貞行為だと取られてもおかしくないと言っている」
(不貞行為?)
その言葉に、シャルリーヌはカッとなった。
どの口が、そんな言葉を使うのだろう。
不貞行為?
そもそもそれは、きちんと夫婦だったり恋人だったりする間柄の人間が、他の異性と関係を持つことに対して使われる言葉だ。
シャルリーヌとセルジュが、いつ――ちゃんとした、夫婦だった?
「あなたが……そんなことを言うんですか?」
ああだめだ。
感情が爆発する。
ずっとずっと、わけもわからないまま閉じ込められて。
毎日のようにストレスが蓄積していって。
そして今日ようやく逃げられると思ったのに失敗して。
……ああ。複雑に絡み合った負の感情が、行き場をなくして破裂しそうだ。
(わたしはどうして、こんな不条理な扱いを受けているの?)
セルジュに、どんな権利があってシャルリーヌの自由を奪うのか。
一度、感情が波打つと止められなかった。
「あなたとわたしが、いつ夫婦だったんですか⁉ 結婚して一年と少し、わたしとあなたが、夫婦だったことがありますか⁉」
結婚式の日に、放置して逃げたくせに。
義務からも責任からも。
妻として遇さないなどと、一方的に宣言して目の前から消えたくせに。
(わたしが、一年間どんな気持ちで過ごして来たのか、知らないくせに‼)
ディアーヌのため。
そう思い続けなければとてもではないが耐えられなかった。
すべて敬愛するディアーヌのために耐えるのだと。
これが自分の役割なのだと。
いつか必ずディアーヌの役に立てる日が来るから、それまで我慢しなくてはと。
何度も何度も自分に言い聞かせて、そうして耐え続けた。
たった一年と思うかもしれない。
だけど、経験したことのない人間には、あの一年がどんなに長かったかなんてわからない。
人としての尊厳が地に落ちたあの一年。
セルジュはあの一年、一度たりともシャルリーヌを見なかった!
「不貞行為も何も、あなたとわたしは他人のようなものじゃないですか‼ わたしがどこでなにをしようと、誰と親密になろうと、とやかく言う権利はあなたにはありません‼」
感情が溢れて、滝のような涙となって零れ落ちていく。
セルジュがぎりっと奥歯を噛んで、シャルリーヌの手首をつかんで歩き出す。
「放して!」
向かう先が寝室だとわかったシャルリーヌは青ざめたが、セルジュの力は強く、全力で抵抗してもびくともしなかった。
どさりと乱暴にベッドの上に押し倒されて、セルジュがのしかかって来る。
「だったら真実、夫婦になればいい。君は俺の妻だ。オールポート伯爵の妻ではない。君は一生俺の妻で、俺の元で過ごすんだ。それ以外、認められない……!」
「ふざけないでください! 今更。今更です‼ あなたが言ったんじゃないですか! 妻として遇さないと! だったらわたしも、あなたを夫として扱わな――」
皆まで言う前に、強引に唇がふさがれた。
結婚式の日。
神様の前で交わして以来はじめての口づけに、シャルリーヌの頭の中が真っ白になる。
まるで噛みつくようなキスは熱くて、苦しくて、なにより――悲しい。
自分の意思なくして奪われた口づけに、シャルリーヌはセルジュを押しのけようと頑張った。
両手を突っ張り、それでもだめなら何度も彼の胸を殴った。
だけど手首を抑えつけられて、キスが深くなる。
(なんで――)
どうしてこの人は、何度もシャルリーヌの尊厳を傷つけるのか。
長かったのか、短かったのか。
それすらわからないままに唇が離れると、シャルリーヌはセルジュを怒鳴りつけようとして口を開き、けれども瞠目して動きを止めた。
喉元で怒りが凍る。
「どうして――」
ぽたり、とシャルリーヌの頬に、熱いしずくが落ちて来る。
ぽたり、ぽたりと、透明で綺麗で熱い涙が――
(どうして、あなたが泣くの……)
傷つけられたのはシャルリーヌのはずなのに、それ以上に傷ついた顔をして、セルジュは静かに泣いていた……。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ







