激情とセルジュの謎 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
「どこに行くんだ、シャルリーヌ」
シャルリーヌの背筋に、冷たいものが一筋流れ落ちる。
アロイスとともに、まさに控室に入ろうとしていたセルジュは、シャルリーヌの隣にいたオールポート伯爵を見て眉間にしわを寄せた。
「オールポート伯爵も。妻に何かご用でしょうか?」
その、あからさまな敵意にオールポート伯爵は驚いたように目を見張って、それから小さく笑った。
「袖のボタンが取れかけていましてね。ブラン伯爵夫人が付けてくださるとおっしゃってくださいまして、これから彼女の部屋に行くんです。逢引きに行くわけじゃないんですから、そのように警戒されなくてもよろしいですよ」
「そうだとしても、他人の妻と二人きりで連れだって部屋に向かえば妙な噂が立てられることもあるでしょう。少々不用心ではないですか? 伯爵も、そしてシャルリーヌも」
ピリピリした雰囲気にシャルリーヌは青ざめる。
アロイスが肩をすくめた。
「セルジュ、夫人は親切で言っただけだ。そう怒るな。心配なら一緒についてけばいいだろう? 私の方はもういいから、シャルリーヌについていろ」
「……ありがとうございます」
シャルリーヌは絶望した。
せっかくオールポート伯爵に取り入って現状を打破しようと思っていたのに、セルジュがついて来たら水の泡だ。
(どうしてこう、うまくいかないの……)
シャルリーヌの考えが浅はかなのだろうか。
だけど、シャルリーヌにとれる手段は少ないのだ。
気まずい空気のまま、シャルリーヌはセルジュとオールポート伯爵と使っていた自分の部屋へ向かう。
シャルリーヌが使っている部屋とはいえ城の一室なので、定期的にメイドが掃除をしているのだろう。久しぶりに部屋に入ったけれど、綺麗に整えられていた。
「どうぞ、ソファにおかけになっていてください。すぐにボタンをつけますから」
裁縫道具を取り出し、オールポート伯爵にジャケットを脱いでもらうと、シャルリーヌはセルジュの視線を痛いほど感じながら針を動かす。
一緒に移動したというのに、セルジュの機嫌は悪いままだ。
もしかしてセルジュは、オールポート伯爵が嫌いなのだろうか。だから、シャルリーヌがオールポート伯爵に親切にしているのを見て気分を害した?
まさか、シャルリーヌが逃げる算段をしていたと気づいたわけでもないだろう。
今日まで、シャルリーヌはブラン伯爵邸の部屋で大人しくすごしていた。逃げ出そうなんてしていない。だから彼に警戒されるはずがない……と思う。
(落ち着いて。大丈夫。気づかれてはいないわ)
針を使っているのだ。指先が震えたら、手元が狂ってしまう。
シャルリーヌがボタンをつけている間、セルジュとオールポート伯爵にはこれと言って会話らしいものは何もなかった。
そのせいで部屋には気まずい沈黙が落ちていて、余計にシャルリーヌを緊張させる。
いつもより時間をかけてボタンをつけ終わると、シャルリーヌはジャケットをオールポート伯爵に返した。
「これで大丈夫だと思います。ただ、他のボタンと少し色が違うので、帰宅されてから同じ糸で付け直したほうがいいかもしれません」
「いや、全然気にならないですよ。ありがとうございます、ブラン伯爵夫人」
オールポート伯爵がジャケットに袖を通して立ち上がる。
セルジュも立ち上がったので、自然と部屋を出る流れになった。
「それにしても、夫人は裁縫がお上手なんですね。とても綺麗につけていただいて嬉しいです」
「刺繍が好きなので、こういった細かい作業も比較的得意なんです」
「そうなんですか。では、知り合いに刺繍道具を扱っている店のものが降りますので、後日、お礼に何かプレゼントさせてください」
「ありがとうございます」
「伯爵、いつまでも王族の侍女の部屋にいると怪しまれると思いますよ。行きましょう」
オールポート伯爵とシャルリーヌの会話にセルジュが割って入る。
声はピリピリしているけれど、セルジュの言うことももっともだ。
侍女の部屋は王族の居住区域にある。
王族の部屋と違って侍女の部屋は立ち入り禁止というわけではないけれど、不用意に無関係な人間が出入りしていたら警戒されても仕方がない。
「そうですね。夫人、本当にありがとうございました。私の方は会場に戻りますが、お二人も一緒に行かれますか?」
「いえ、もう帰りますので」
(え⁉)
セルジュがきゅっとシャルリーヌの手を掴んで言う。その力が少し強くて、シャルリーヌは少しだけ顔をしかめた。
「そうですか。ではまた」
オールポート伯爵がにこやかに去っていく。
セルジュは、オールポート伯爵が見えなくなるまで、ひどく冷たい目でその背中を睨んでいた。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ







