たとえ嫌われたとしても(SIDEセルジュ) 1
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「そう機嫌の悪そうな顔をするなよ。女性同士で積もる話もあるんだろうから」
アロイスに連れられて控室から出たセルジュは、近くの空室に移動した。
シャルリーヌのことが気になって仕方がないセルジュにアロイスはあきれ顔だが、仕方がないだろう。彼女がもし、ディアーヌに離縁したいと言いだしたらと思うと気が気ではないのだ。
セルジュだって、わかっている。
ずっと放置していた夫がいきなり一緒に過ごすようになって、さらには部屋に閉じ込めるようになれば、シャルリーヌは大いに戸惑うだろう。
けれど、言えるはずもないのだ。
セルジュには未来の記憶があって、そこでシャルリーヌを失ったのだ、などと言っても、頭がおかしくなったと思われるに違いない。
アロイスが使用人を呼びつけて酒を持ってこさせる。
「ほら」
「いえ、酒はやめておきます。水で」
「付き合い悪いな」
アロイスが肩をすくめて琥珀色の酒の入ったグラスに口をつけた。
本来、主に酒をすすめられれば断ってはならない。
だけど、セルジュはもう酒を飲まないと決めていた。
何かが起こった時に、すぐにでもシャルリーヌを守れるように。絶対にアルコールは口にしない。
セルジュは酒に強いが、それでもまったく酒の影響を受けないわけではないからだ。
「で? シャルリーヌとはどうなんだ。仲良くなったのか?」
これまで放置していたシャルリーヌを急に気にしはじめて、彼女とすごすために仕事のシフトまで調整した。アロイスが怪訝に思わないはずはないが、それでも詳しく訊かずにいてくれる彼には感謝している。
「わかりません。シャルリーヌは変に思っているかも」
「ま、突然夫がべったりになったら、何か企んでいるのかと思うよな、普通」
「そういうものですか?」
「私なら思う」
確かに。急に態度が変われば、そこに理由があると思うかもしれない。
「まあいい。ディアーヌはお前があまりにもシャルリーヌを放置するから離縁させることも検討していたようだが、お前の態度が変わったから保留にすると言っていた。シャルリーヌに無条件で安心できる場所を提供できるようなら構わない、と。逆にそれができないのであれば、いつでも別れさせる用意はあるそうだ」
「待ってください。どういうことですか?」
「私も先日聞いたばかりだが、お前は、シャルリーヌと一緒に過ごしていて変に思ったことはないのか?」
「変、ですか?」
急に聞かれてもわからない。
首を傾げると、アロイスがグラスを揺らしながらそっと息を吐いた。
「これはシャルリーヌの実家の環境が大いに影響しているのだというが、ディアーヌに言わせれば、シャルリーヌは『居場所』を求めているのだそうだ」
「はあ……。居場所ですか」
「わかっていないな。まあ、私もきちんと理解しているわけではないんだが。……シャルリーヌは実家では居場所がなかったらしい。父親が再婚したらしくてな。侍女になった時、どこか迷子の子供のようだったとディアーヌが言っていた。そして彼女の側で過ごすようになって、シャルリーヌはとにかく役目を欲しがるようになったという。ディアーヌの役に立ちたい、役に立ちと思われたい、そういう感情が透けて見えるようになったと言っていた」
「それは侍女としては当然なのでは?」
「多少ならな。だが、シャルリーヌは普通ではなかった。役に立つことで、役に立つと認められることで、自分の居場所を作ろうとしているのだろうとディアーヌは言っていた。シャルリーヌは実家であまりにも孤独で、だからこそ、誰かへ依存する傾向にある。今はそれがディアーヌだが、ディアーヌはこのままではまずいと思ったらしい。俗っぽい言い方をすれば、無償の愛というものをシャルリーヌは信じられない。役に立てなければ居場所がないと思っているのなら、役に立つために無茶もするだろう。……今のディアーヌを取り巻くこの環境では、それはあまりにもよろしくない」
アロイスの言葉はわかるような気がした。
これは、巻き戻る前の記憶だが、セルジュと離縁した後のシャルリーヌはディアーヌの役に立ちたい、役に立たなければ、という言葉を繰り返し使っていた気がする。
そして、ディアーヌの優秀な駒であるためにオールポート伯爵と再婚し――結果として、命を落とすことになった。
シャルリーヌが腕の中で冷たくなっていく感覚が蘇って来て、セルジュは小さく震える。
そっと深呼吸をして心を落ち着けるとアロイスに訊ねた。
「王太子妃殿下を取り巻く環境とは?」
「ディアーヌを排斥しようとする一派に、少し前から動きがあった」
「……何故、すぐに教えてくれなかったんですか?」
ヴェルリール国の貴族の多くはディアーヌに好意的だが、一部には彼女をよく思っていない派閥がある。
ディアーヌが嫁ぐ前にはひと悶着あったが、嫁いでからはおとなしくなっていた。動きがあったというのは初耳だ。
アロイスは肩をすくめた。
「シャルリーヌに対するお前の態度を見ていたら言えなかった。お前はソブール国が好きではないからな。ディアーヌを排斥しようとしている派閥に取り込まれたらと思うと安易に情報を渡すわけにもいかなかったんだ。……すまん」
「いえ、確かにそうですね」
これには苦笑するしかない。
ディアーヌを守るためにはわずかな可能性も排除しなければならなくて、ソブール国を嫌っているセルジュを信頼しきれなくても仕方がなかったのだ。
「でも、今日それを話してくださったということは、もう大丈夫と判断してくださったということでしょうか」
「本音を言えば、今日のお前の態度を見るまでは悩んでいた。だが、シャルリーヌに向ける表情を見て大丈夫だろうとディアーヌが言ったんだ。……それに、シャルリーヌにも危険が及ぶ可能性がある以上、いつまでもお前に黙ってもいられない」
「どういうことですか?」
どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
落ち着け、と心の中で念じながら手のひらで胸の上を押さえる。
アロイスが半分ほど残ったグラスをテーブルの上に置いて、膝の上に肘を立てて手を組むと、わずかに体をセルジュに向かって乗り出した。
「ディアーヌ本人よりは周囲に危害を及ぼす可能性が高いということだ。どうやらあちらはディアーヌの孤立を狙っている気がする。シャルリーヌはディアーヌが連れてきた侍女の中でも得にお気に入りの一人だ。狙われる可能性は充分にある」
「――っ」
ガンッと鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
(そうか。だから、シャルリーヌは……)
意識が過去に引きずり込まれる。
「おい、セルジュ⁉」
アロイスが焦った声を上げるが、セルジュはそれどころではなかった、
ガンガンと傷む頭を抱えて、セルジュはぎゅっと目を閉じた――
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