夜会と警告 7
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
王族への挨拶が終わると、シャルリーヌはセルジュに連れられて元いた場所へ戻った。
体調など悪くないのにセルジュに座るように言われて椅子に腰かける。
「シャルリーヌ。ノンアルコールのカクテルだよ」
「ありがとうございます」
シャルリーヌはアルコールだって飲めるし、そもそも酒は弱くない。
なんだか子ども扱いされているようでムッとしてしまうのは、先ほどのディアーヌとの話を邪魔された時の怒りが尾を引いているのかもしれなかった。
赤い色をしたカクテルに口をつけると、イチゴとレモンと、あとなんだろう。爽やかな風味がある。甘すぎず、ほのかな酸味とともにすーっと喉を通っていく味はシャルリーヌの好みの味だ。
シャルリーヌの隣に座っているセルジュも、レモンとミントを浮かべた水を飲んでいた。彼もアルコールを飲まないのだろうか。
(そういえば、一緒に過ごすようになってからアルコールを飲んだところを見たことがないわ)
セルジュは酒には強い方だと記憶している。
結婚式の日。
式が終わった後のパーティーで、彼は同僚に絡まれてかなり飲まされていたがけろりとしていたからだ。
強いけれど、酒は好きではないのだろうか。
シャルリーヌたちがいる場所は広間の中でも死角になるあたりだ。だからだろうか、ここにセルジュがいると気づく者も少なく、挨拶に訪れる人もあまり来ない。
「お腹はすいていないか?」
「ええ、大丈夫です」
コルセットをぎゅうぎゅうにしめているから、とてもではないが食べ物が入りそうにないからだ。
「そうか。……その、シャルリーヌ。いつも綺麗だか、今日の君は特別綺麗だ。きっと多くの男が注目していると思う。だからもし何か食べたくなっても、一人で動かないように。俺に言ってくれたら使用人に持ってこさせるから」
「はあ……」
何を言っているのかしら、とシャルリーヌはちょっぴりあきれてしまった。
邸を出る前にもドレスを褒められたけれど、今日のセルジュはシャルリーヌを褒め殺したい気分なのだろうか。
カクテルを飲み終わりぼんやりしていると、広間に流れていた音楽が変わった。
王族への挨拶の時間が終わったのだ。
自然と、ダンスのために広間の中央が空けられて、踊りたい人たちがばらばらと集まる。
最初は定番のワルツで、華やかな音色に合わせて数名の男女が音楽に合わせて踊り出す。
ディアーヌはダンスが好きなので、こういった場ではたいていアロイス殿下と二人でファーストダンス踊るのだが、今回はファーストダンスの時間は設けないようである。
「ブラン伯爵夫人、よろしいでしょうか?」
ディアーヌのダンスが見たかったなと思いながらダンスホールを眺めていると、突然、使用人と思しき男性に声をかけられた。
「なんだろうか」
シャルリーヌが答える前に、セルジュが答える。
顔は笑顔だがどこかピリピリしているように見えた。何を警戒しているのだろう。
「はい。王太子妃殿下がお呼びです」
「ディアーヌ様が?」
「すまないが、妻は体調が――」
「行きます」
二度も邪魔されてなるものか。
シャルリーヌが強い口調でセルジュの言葉を遮ると、セルジュがぎゅっと眉を寄せた。責めるような目を向けられたが、シャルリーヌは彼に引き留められる前に立ち上がる。
セルジュが仕方なく立ち上がった。
「わかった。俺も一緒に行く」
ついてきてもらう必要はないのだが、一緒でなければ許さないとその表情に書いてあった。
仕方がないので、二人そろって使用人にディアーヌのいる場所まで連れて行ってもらう。
ディアーヌは先ほど座っていた王族席ではなく控室に下がっていた。アロイスも一緒だ。
「いらっしゃい、シャルリーヌ。呼びつけてごめんなさいね。……あら、ブラン伯爵もご一緒だったのね」
小さく驚いたふりをしているけれど、ディアーヌの側に長年いたシャルリーヌはわかる。これは想定内だった時の顔だ。
ゆえに、その次の対応も決めていたのだろう。ディアーヌはアロイスに視線を向けた。
アロイスがにこりと微笑んで立ち上がる。
「セルジュ、男は男同士で話をしようじゃないか」
「殿下、しかし」
「いいから。――少し、話したいことがある」
アロイスが強引にセルジュを連れて控室から出ていくと、ディアーヌは肩をすくめた。
「あなたの夫は過保護がすぎるようね。座ってちょうだい」
「はい。失礼いたします」
シャルリーヌは少し緊張しながらディアーヌの対面の椅子に腰かけた。
表情にはシャルリーヌを責めるような色は見えないが、この一年の無能ぶりについて問いただせされるのだろうかとどうしても身構えてしまう。
「新婚生活はどうかしら?」
「え? はい……」
シャルリーヌはぎゅっと拳を握った。
「申し訳ございません。この一年、ディアーヌ様の望む働きがまるでできておりませんで」
「ああ、いいのよ。責めるために呼んだわけではないの。新婚なんだもの。お互いをよく知るためにのんびりしたってかまわないわ。……ただまあ、少し前までのブラン伯爵には、お互いをよく知るための努力がまるで見えなかったから気になってはいたけれど、ここのところはあなたにべったりのようだし、何があったのか気になっただけよ」
「それは、その……」
それこそ、シャルリーヌだって教えてほしいくらいだ。
困惑していると、ディアーヌが意外そうに片眉を上げた。
「あら、てっきりすれ違いが解消されたのかと思ったのだけど、違ったのかしら。ブラン伯爵があなたに対して過保護すぎるのは、今日少し見ただけでお腹いっぱいになるくらいだったのだけど」
そう言って、ディアーヌがそっと自分のお腹を撫でる。
その手つきが妙に優しくて、シャルリーヌはハッとした。
「ディアーヌ様、もしかして――」
「しー。まだ内緒なのよ。安定期に入ってからでないと、ほら、途中で流れることもあるでしょうからって。実はあなたが休職中にも一度流れたのよ。体質なのかしらね」
「そんな! わたし、何も知らなくて」
「伝えていなかったから当然よ。あなたがそうやって、まるで自分を責めるみたいに青ざめるのはわかっていたから。……今日はね、子の話をしたかったわけじゃないの。まあ、この子が産まれる頃にあなたが戻って来てくれていたら心強いから、できれば復帰してほしい気持ちもあるのだけど。話はそのことじゃないのよ」
ディアーヌがすっと真顔になった。
シャルリーヌが背筋を伸ばすと、彼女は視線で隣に移動してくるように伝える。、
シャルリーヌが彼女の隣に移動すると、ディアーヌは扇を広げて内緒話をするように声を落とした。
「これは、一部の人にしか伝えていないから口外しないでちょうだいね。……実は、わたくしを王太子妃の地位から追い落としたい人たちがいるようなのよ。以前からいたようだけど、わたくしが前の子を妊娠したあたりから動きが活発化してきてね。今のところ命が脅かされるほどではないけれど、アロイス殿下がとても気にしていらっしゃるの」
「ディアーヌ様、まさか」
「ああ、違うわ。前の子が流れたのと彼らは関係ないはずよ。いえ、無関係ではないかしら。医者が言うにはストレスが原因だったようだし」
シャルリーヌはホッとした。一度流産したと聞いたから毒物を疑ってしまったのだが、毒が盛られたわけではなかったようだ。
「相手は今、わたくしの影響力を削ごうと動いているみたいだわ。追い詰めて孤立させようという魂胆でしょう。貴族や国民からの支持率の低下を理由に離縁を迫りたいのかもしれないわ。だからねシャルリーヌ、あなたも身の回りに気を付けてほしいの」
「わたしが、ですか?」
「そうよ。わたくしの影響力を削ごうとするのなら、まずはわたくしが大切にしている侍女を狙うわ。だってあなたたちはソブール国から連れてきた、最も信頼している人たちだもの。わたくしを直接害せなくとも、あなたたち相手ならば手段は問わないかもしれない。常に身の回りを警戒してちょうだい」
「はい。わかりました」
表情を引き締めて頷きながら、シャルリーヌは「もしかしたら」と思った。
セルジュが突然シャルリーヌとの時間を作りはじめて、部屋に閉じ込めたのは、彼はアロイスからシャルリーヌの身の安全に気を配れと注意を受けていたからなのだろうか。
それならば納得できる。
セルジュはシャルリーヌが好きではないが、仕事で仕方なくそばにいるのだろう。
(だけど……。目的はそうだとしても、セルジュ様がわたしのことに詳しい理由はまだわからないわ)
誰かに聞いたとも考えられるが、誰にも話していないシャルリーヌの好みまで把握しているのはやはりおかしいのだ。
「ディアーヌ様も、くれぐれもお気をつけてください。お腹の子のことが知られたら、狙われるかもしれません」
「そうね。だからギリギリまで公表はしないつもりよ。……あなたの方は、妊娠の兆候はないの?」「え⁉」
「子ができたら、医者のふりをして近づいてくるものもいるかもしれないから気を付けるのよ。なんならアロイス殿下にお願いして信頼のおける医者を派遣していただくから、気になることがあればすぐに教えてちょうだい」
「は……はい……」
妊娠も何も、白い結婚のシャルリーヌは、妊娠するようなことすらしていない。
恥ずかしくなって赤くなると、ディアーヌは「あらあら」と楽しそうに笑った。
「シャルリーヌのそんな顔、はじめて見たわ! やっぱり結婚すると表情が豊かになるのね。ブラン伯爵と仲がいいみたいで安心したわ」
(え、違う……!)
赤くなったからか、シャルリーヌが夫婦生活に思いをはせたと勘違いされたらしい。
訂正すべきか否か、シャルリーヌは大いに迷った。
というのも、本当はディアーヌに現状を訴えてセルジュと離縁させてもらいたかったからだ。侍女に復帰させてもらい、城の部屋での生活に戻りたいとお願いするつもりだった。
だけど、身の危険があると言われれば躊躇ってしまう。
シャルリーヌが城に戻ることで、ディアーヌの危険が増すのではないかと思ったからだ。
シャルリーヌは侍女としての教養は徹底的に叩きこまれたが、武術はからきしである。万が一の時に身を挺してディアーヌを守る覚悟はあるけれど、応戦はできない。
そして狙われるのがディアーヌではなく彼女の身近な人物なら、シャルリーヌの存在こそがディアーヌを危険にさらすことになりかねなかった。
セルジュから逃げたい。
けれど、ディアーヌを危険にさらせない。
二つを天秤にかけた時、シャルリーヌの答えは決まっていた。
シャルリーヌにとって、自分よりもディアーヌが大切で、優先だ。
(ディアーヌ様を頼ってはだめだわ)
セルジュから逃げるのならば、自力でどうにかしなくては。
(でも、どうやって――)
今日を逃せば、次の機会はなかなか訪れないだろう。
ディアーヌから近辺に気をつけろと言われている以上、安易な行動も取れない。
今夜セルジュの元から逃げるのが不可能でも、今後のために何らかの繋がりは作っておきたかった。
(でもわたし、この国の貴族の知り合いは少ないし……)
侍女仲間を頼るのも難しいだろう。彼女たちには彼女たちの家庭や仕事がある。
「シャルリーヌ、どうかしたのかしら?」
赤くなった後ですぐに考え込んだからだろう、ディアーヌが心配そうな顔になった。
「いえ、なんでもないです」
ディアーヌに心配をかけるわけにはいかないと首を横に振った時、コンコンと扉が叩かれる。
「王太子妃殿下。バレ子爵夫妻とオールポート伯爵が面会を希望されておいでです」
ディアーヌは不思議そうに首を傾げて、シャルリーヌを見る。
「わたしは構いません」
バレ子爵夫人はエミリーで侍女仲間だ。
ディアーヌが返事をすると、エミリーと夫のバレ子爵、それからシャルリーヌも顔だけは知っているオールポート伯爵が入って来る。
「突然申し訳ございません、ディアーヌ様。お耳に入れておきたいことが……。あら、シャルリーヌ、あなたもいたのね」
エミリーが少し迷惑そうな顔になったので席を立とうとしたら、ディアーヌにすっと手で制される。
「シャルリーヌはわたくしの侍女だもの、構わないでしょう?」
ここにいろ、ということらしい。
確かにセルジュが戻って来てもいないのに部屋を出ていたら、彼に咎められるかもしれない。
エミリーは取ってつけたように微笑んで「もちろんですわ」と答えた。
面白い!続きが気になる!続きが読みたい!と思ってくださった皆様、
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ







