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愛さないと言った夫が豹変しました~囚われたわたしが夫の真実を知るまで~  作者: 狭山ひびき


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囚われの妻は考える 6

お気に入り登録、評価などありがとうございます!

 午後になって、セルジュが呼んだ行商人がやって来た。

 てっきりサロンあたりで話をするのかと思ったら、なんと、シャルリーヌが軟禁状態の部屋にg行商人が案内されて来た。

 どうあっても、セルジュはシャルリーヌを部屋から出したくないらしい。徹底している。


 部屋に案内されてやってきたのは、ボーモンという名前の四十歳前後だろうと思われる男だった。いわゆる狐顔で、目が細く手少しつり上がり気味だ。なんとなく、やり手そうなイメージが漂っている。


 ボーモンはグレミヨン商会の営業で、ブラン伯爵家とは今日がはじめてのやり取りになるらしい。

 どうしてすでに付き合いのあった行商人ではなく新規の店の営業を呼んだのかと思えば、シャルリーヌが放置されていた一年で、伯爵家の使用人とかつて付き合いのあった行商人が癒着関係にあったのだそうだ。

 セルジュは言葉を濁したが、まあ、いろいろやらかしたのだろう。


(ああ、だから使用人を全員入れ替えたのね)


 ようやく、ブラン伯爵家に元いた使用人が全員解雇された理由がわかった。

 まさか自分を虐げたから解雇されたと思わないシャルリーヌは、ようやく納得のいく理由が見つかってすっきりした。謎が一つ解けた気分だ。

 グレミヨン商会は女性向けの商品を多く扱っている店で、セルジュはディアーヌの侍女にこの店を教えてもらったのだという。


 ボーモンはテーブルの上にカタログを広げ、それからたくさんの見本品を並べた。

 商売に来たのだから当然だろうが、シャルリーヌは大いに動揺してしまって、商品をゆっくり見るどころではなかった。というのも――


(この体勢は何⁉)


 シャルリーヌの隣にはぴったりとくっつくようにセルジュが座り、彼の腕がシャルリーヌの肩に回されているのだ。

 これではまるで仲のいい恋人同士か夫婦である。

 セルジュの体温が直接伝わって来るせいで、シャルリーヌの鼓動は先ほどからせわしなくて仕方がない。


 行商人が来ているから、仲のいい夫婦を演出しようとしているのだろうか。

 シャルリーヌとセルジュが不仲であるという噂はすでに流れていると思うので、今更仲良しアピールしたところで意味がないと思う。というか仲良しでもない。

 ようやく今朝のセルジュの涙を脳の端っこに追いやることができたというのに、次は密着してくるとかやめてほしい。


「まずはそうだな。装飾品を見せてほしい。彼女の瞳のような綺麗な青い石がついたものがいいな。ああ、あと、髪をまとめるリボンもだ。妻は本を読むときによく髪をまとめるんだ」


 装飾品と聞いてギョッとしたシャルリーヌは、次の言葉に驚愕した。

 本を読むときには確かに髪をまとめることが多い。うつむくと髪が落ちてきて鬱陶しいからだ。だけど、セルジュの前で本を読んだことは、なかったはず。本を読むのは彼が留守にしている時か、もしくは寝室で一人の時だ。


 結婚以前も……あるはずがない。

 ディアーヌの侍女として仕事をしていたシャルリーヌが本を読むのは、もっぱら自室の中だった。セルジュを自室に招いたことはないのだから、彼が知るはずがないのである。


 セルジュは、彼が知るはずのないことをどうして知っているのだろう。


 もやもやと――いや、ぞわぞわとした何かが背筋を這い上がって来る。


 恐怖なのか、それとも解けない問題を前にしたような焦燥に似た何かなのか。

 このぞわりとする妙な感覚が何なのかはわからないが、気持ちのいいものではないことだけは確かだ。


「今あるのはその十種類か。じゃあ全部――」


 シャルリーヌが奇妙な感覚と闘っている間に、セルジュがリボンを大人買いしようとしていた。シャルリーヌは焦って彼を止める。


「十本もいらないです。どれか一つだけで」


 リボンはあると便利なので、一つは欲しいが、十本もいらない。

 セルジュは不満そうに眉を寄せた。


「使っていたら汚れるしくたびれるだろう。リボンは消耗品なんだから買っておけばいいんだ」


 使えばくたびれるのは確かだが、所詮はリボンだ。髪を止めるだけなのだからそう簡単に汚れるはずがない。頭からワインを掛けられるわけでもあるまいし。


「だとしても、十本は多いです」

「じゃあ七本」

「十本も七本も変わらないですよ」

「仕方ない。五本だ。これ以上は折れない」


 シャルリーヌのものを買うのに、彼の方が妥協しないのは何故だろう。

 シャルリーヌは唖然としたが、リボンを買う彼を見ていてふと思った。


(この行動がヒントにならないかしら?)


 セルジュがシャルリーヌのものをこんなにも買い求めるなんておかしい。

 何か理由があるはずだ。

 セルジュの豹変の理由とシャルリーヌを閉じ込めなければならない目的がなんなのかを探るためには、一見なんでもなさそうな今日のやり取りも重要な情報源になるかもしれない。


 シャルリーヌは考え方を変えて、彼の好きにさせて見ることにした。

 セルジュはまず、シャルリーヌのためのリボンを五本買った。シャルリーヌが何でもいいと言ったら、彼が自分が気に入った物を選んだ。


 次にセルジュが見たのはアクセサリーだ。

 シャルリーヌの瞳の色に近い青い石のついたネックレスとイヤリング、バレッタ。セルジュの瞳の色に近い緑色の石のついた指輪を購入する。こちらは受注生産品なので、到着は後日らしい。

 アクセサリーの注文を終えると、セルジュは熱心にカタログをみはじめた。

 香水にバッグにティーカップにティーポット。クッションにシャボン、ひざ掛けに暖かそうな室内履き。その他もろもろを、これまた大人買い。


 ドレスや靴は、仕立屋への注文になるから今日はしない。


 また、本の取り寄せもできるそうで、セルジュはソブール国の本を二十冊も注文を掛けた。

 シャルリーヌはディアーヌについてヴェルリール国に行くと決まった時にこの国の言語を習得したが、本を読むのならやはり母国語の方が読みやすい。

 ゆえに、侍女時代に持っていたシャルリーヌの本はどれもソブール語で書かれたものだった。

 セルジュの部屋にはヴェルリール国の言語で書かれた本しか置かれていないので、一冊読むのにもかなり時間がかかってしまうのだが、彼はそれを知っていたのだろうか。


(そういえば、シャボンや香水を選ぶときも迷いがなかったわ)


 まったく迷いなく、シャルリーヌの好きな香りを選んだのだ。まるで、知っていたかのように。

 室内履きやブランケット、クッションにしたってそうだ。

 シャルリーヌは明るい色が好きだ。淡いグリーンや黄色、ピンクに白。セルジュの趣味とはかけ離れていそうなそれらの色を、彼は迷いなく選択した。


(だから何でわかるの?)


 違和感が膨れ上がる。

 ぞわぞわとした奇妙な感覚が大きくなる。


「シャルリーヌ、菓子も取り寄せできるらしい。君はマニフィカのオレンジマドレーヌが好きだっただろう。定期的に持って来てもらおう」


 セルジュは機嫌がいいようで、穏やかに微笑んでいる。


(だから、何で知っているの?)


 シャルリーヌの好きなものを。

 ぞわりとした感覚が、ぞくりとしたものに変わる。

 これは恐怖だ。間違いない。

 シャルリーヌは、セルジュが怖い。


 得体のしれない、彼が怖かった――




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― 新着の感想 ―
一緒に買い物と言いつつ、シャルリーヌの意見は一切聞かないのな。 自分だけで買い物して楽しんでる事にいつ気が付くのやら。 そら「なんて気が利くのかしら!」じゃなくて「なにこの人こわい」ってなるよな。
本当知らないと怖いなぁ
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