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愛さないと言った夫が豹変しました~囚われたわたしが夫の真実を知るまで~  作者: 狭山ひびき


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13/15

囚われの妻は考える 5

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 どうしようもなく気まずくなって、シャルリーヌは読みかけの本を椅子の上から取ると足早に寝室へ戻った。

 ドキドキと、鼓動がうるさい。


(何だったのかしら、あれ)


 聞き間違いでなければ、セルジュはシャルリーヌの名前を呼ばなかっただろうか。

 それに、あの涙はなんだろう。

 セルジュはどんな夢を見ていたのだろうか。


(少なくとも、わたしが出ている夢なのかしら? ……それはなんだかすごく、恥ずかしいわ)


 シャルリーヌは、あんなにも切ない声で他人に名前を呼ばれたことは、ない。

 だからこの早鐘のような鼓動は、動揺からだ。そうに決まっている。

 ――時間を潰そうと思って持って来た読みかけの本は、結局、一行も読み進めることができなかった。




 それから三十分ほどして、セルジュが起きたようだ。

 隣から小さな物音が聞こえはじめたので、シャルリーヌは物音が聞こえてから十五分ほど待ってそーっとメインルームへ続く内扉を開ける。

 すると、身なりを整えたセルジュが朝食のためにテーブルをセッティングしながら振り返った。


「おはよう」

「お、おはようございます。……顔を洗いたいので、バスルームを使いますね」


 早くなった鼓動は落ち着いたけれど、まだちょっと恥ずかしくてセルジュの顔がまっすぐに見られない。


 逃げるようにバスルームに向かうと、冷たい水で顔を洗い、シャルリーヌは「ハァ」と小さく息を吐いた。

 冷たい水で頭は冴えたけれど、先ほどのセルジュの涙がまだ頭の中から消えてくれない。


 昨日、セルジュは何らかの目的があるのだと仮定した。

 シャルリーヌに「愛している」というのは目的を達成するための方便。目的を達成するにはシャルリーヌを自分の妻のまま据え置いて邸に閉じ込めておかなくてはならないのだろう。そう、考えた。

 その仮定は、シャルリーヌの中でとてもしっくりくるものだったのだけど――今朝見たあの涙で、それが揺らいでしまっている。


 一瞬、セルジュは本当に自分を愛しているのではないかとすら思ってしまった。

 それほどに切ない声で名を囁かれたのだ。

 シャルリーヌはもう一度ばしゃりと顔に水をかけて、目を閉じる。


 今朝のせいで仮定が一つ増えてしまった。

 今、仮定を立てるのならば二通りだろうか。



 仮定その一。

 セルジュはシャルリーヌを愛しているわけではなく、シャルリーヌを懐柔し目的を達成しやすくするために「愛している」と言った。

 セルジュの目的達成には、シャルリーヌをブラン伯爵邸に閉じ込めておく必要がある。また、結婚を継続しておく必要がある。

 その目的に関してはまだ不明。

 また、今朝の涙のせいでこの仮定については確信が弱まった。



 仮定その二。

 セルジュは本当にシャルリーヌを愛しており、離縁したくないからブラン伯爵家に閉じ込めた。

 しかしその場合、部屋に閉じ込めて身の回りの世話までセルジュが行うというのは行き過ぎな行為であり、そもそも閉じ込める必要があるのかどうかも不明。

 また、セルジュがいつシャルリーヌに好意を抱いたのかについてもわからず、その機会はシャルリーヌの記憶の中では皆無であったため、謎が残る。



 という具合だ。

 どちらも決定打に欠ける仮定である。


 けれど今のところ、これ以外に考えられることがないため、セルジュの様子を見ながら仮定を増やすなり仮定の検証をするなりしなければならない。


 ちなみに、現時点で彼本人に聞くというのは得策ではない気がしている。

 訊いたところで彼が本当のことを言うとは限らないし、もし仮定二が正解だったとしても、シャルリーヌは彼の好意を素直に信じられず、結局は疑ってしまうだろう。

 この軟禁状態から打破するには、彼の考えがどこにあるのかを把握してから交渉しなければ、やみくもに部屋から出してくれと頼んだって無駄だろう。


 離縁にしたってそうだ。

 離縁しないと言っている彼に離縁を求めても、すんなり受け入れてはくれないだろう。離縁に納得させるためにも、やはり彼の考えを把握する必要があるのだ。


 シャルリーヌがディアーヌの駒としての働きをするためには、現在では二つの道しかない。

 セルジュとの結婚を継続しなおかつ彼の妻として社交をする。

 セルジュと離縁して別の相手と再婚し、その相手の妻として社交をする。

 そして、前者は不可能だ。

 シャルリーヌは現在閉じ込められているし、一年前には妻として遇さないとも言われた。


 邸から出なければ社交はできないし、セルジュが妻として認めない限り、伯爵夫人として社交を行うのも難しい。

 一人で行けるお茶会ならいざ知らず、既婚者の場合、パーティーは夫と二人で参加するものだからだ。セルジュが一緒に行ってくれなければどうしようもない。

 なので、シャルリーヌがディアーヌの役に立つためには後者が一番確実な近道なのだ。


(よし、まとまったようなまとまらないような微妙なところだけど、ひとまず考えることはこのくらいよ。……今朝のことはとりあえず、頭の隅に追いやっておきましょう)


 しばらくはセルジュの顔を見ると思い出しそうだけど、多少挙動不審になっても、閉じ込められている状況であるのでいくらでも言い訳が効くだろう。むしろ、軟禁されて精神的に不安定になったと思ってくれて、自由が増えるかもしれない。楽観的に考えすぎだろうか。

 シャルリーヌはセルジュが用意してくれた化粧水のボトルを手に取る。


(そう言えば彼、女性の化粧品なんてよく知っていたわね? しかもこれ、わたしが昔愛用していたお店の化粧水だわ)


 どこで知ったのだろうか。まあ、シャルリーヌが使っている化粧水ブランドは人気なので、適当に人気な店から買ってきたのかもしれないけれど。

 放置されていた一年でカサカサになっていた肌に化粧水がすーっと浸透していく。

 肌荒れも少し治って来た気がした。


「はあ……いい香り」


 肌の手入れをしながらホッと息がつける。

 そんな些細なことがこんなにも幸せだなんて、一年前には思わなかっただろう。





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― 新着の感想 ―
今までの待遇を考えたら、シャルリーヌ視点だと「何らかの目的があって離縁できない」と考えるのが当然だよなぁ。 「王太子から『は?離縁状が届いただと?初夜に妻を拒否した?貴様は両国の関係改善中に何を考えて…
現状のままでもしもシャルリーヌを外に出したら迫害してた証拠はバッチリで離婚請求があっさり通ってしまって接近禁止まであるからなー と読んでるけど、実際に監禁してる理由はほんとわからないですね。
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