囚われの妻は考える 3
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午後から仕事で登城していたのか、夜になってセルジュが戻って来た。
二人分の夕食を乗せたワゴンを押して部屋に入って来た彼は、すっかり慣れた手つきでテーブルの上に夕食をセッティングしていく。
さすがにセルジュ一人にやらせるのも申し訳なくなって立ち上がろうとすれば、逃げるのは許さないとばかりに「そこに座っていてくれ」と言われるので、仕方なく彼が用意するのを見ていることしかできない。
真っ白なテーブルクロスを広げた上に、美味しそうな料理が並べられて、中央に赤い薔薇が一輪挿してある花瓶まで置かれた。
セルジュは、まだ料理人を雇っていないから品数が少ないと言うのだが、つい最近まで残り物で自作したスープとパンしか口にしていなかったシャルリーヌにとって、驚くほど豪華な食事である。
ソブール国の実家で暮らしていたときは、シャルリーヌの食事は他の家族よりも一、二品品数が少なかったし、貧乏ではないが裕福でもなかったので、どちらかと言えば質素な方だっただろう。
侍女になってからは城で食事をいただくようになったけれど、侍女とはいえ使用人なので、実家より少しだけ豪華になったかな、くらいの差だった。
そしてセルジュと結婚してブラン伯爵邸ですごした一年は言わずもがな。
シャルリーヌの人生で、今が一番食事が豪華かもしれない。
「シャルリーヌ、準備が終わったからこっちへおいで」
「……はい」
本当に、感覚が狂う。
部屋に閉じ込められるという不条理な扱いをされているのに、甲斐甲斐しく世話を焼かれるのだ。まるで、鳥籠に閉じ込められたカナリアにでもなった気分だった。
二人分の食事が並べられた円卓に、向かい合わせで座る。
セルジュと食事を一緒に食べるにはまだ慣れない。
食事の前に祈りを捧げて、シャルリーヌはスプーンを手に取った。何度も裏ごしされた滑らかな口当たりのかぼちゃのポタージュだ。シャルリーヌでは作ることができなかった甘みと奥行きのあるポタージュに、自然と頬が緩む。
シャルリーヌは、ポタージュを口に運びながらちらりとセルジュを見やった。
銀色の艶やかな髪に緑色の瞳の端整な顔立ちの彼は、綺麗な所作でシャルリーヌと同じようにポタージュから手を付けている。
妻として遇さないと宣言し、シャルリーヌを一年放置した彼。
不思議なことに、彼に対して憎悪の感情は抱いていない。
きっと、憎むほどにシャルリーヌはセルジュのことを知らないからだろう。
こうして自分の部屋に囲い、食事などの世話をするところを見ると、シャルリーヌが使用人たちに無視されていたあの生活は、彼の望むところではなかった気がする。
こうしてシャルリーヌの世話をするのは、セルジュなりの償いのつもりなのだろうか。
いや、それであれば閉じ込めるのはおかしい。
だけど、新しい執事であるユベールを紹介したことを考えると、セルジュはシャルリーヌを孤立させたいわけではないようだ。少なくとも、ユベールをはじめ、新しく雇い入れた使用人と関わることは認められている。
ならば、何故閉じ込めるのか。
単純に考えるなら、シャルリーヌを外部と接触させたくないから、とも取れる。
シャルリーヌを閉じ込めるのは、それに何かしらのメリットがあるからそうしているはずだ。
離縁しないと言ったのも、結婚を継続しておくほうがセルジュに都合のいい何かがあるのだろう。
セルジュはシャルリーヌに「愛している」と言ったけれど、シャルリーヌはあの言葉を信じているわけではない。
愛さないと宣言したセルジュが、いつ、シャルリーヌを愛するようになったのか。それに答えがないからだ。
だってこの一年、シャルリーヌとセルジュはまったく関わっていなかったのだから。
それ以前だってたまに見かけることはあっても話したこともなかった。
どこに、シャルリーヌを好きになる時間があっただろうか。
ゆえにあの「愛している」は方便だ。甘い言葉でシャルリーヌを縛り付けようとしている気がする。結婚を継続するために、シャルリーヌを懐柔しようとして放った言葉だ。――そうに決まっている。
(でも、あのとき……セルジュ様はとても傷ついた顔をしていたわ)
それだけが、引っかかる。
その表情すら演技だったと言われたら、それまでなのだが。
ともかく、シャルリーヌとの結婚継続と、部屋に閉じ込めて外部との接触を途絶えさせること。これは、セルジュの何らかの目的を達成するための手段であると仮定すればしっくりきた。
ならばその「目的」はなんなのか。
彼の目的が達成されない限り、シャルリーヌは閉じ込められたままだろう。それは困る。早く解放されて、ディアーヌの駒としての働きをしなければ。
「シャルリーヌ、もうポタージュはからっぽだ。先ほどから何もすくえていないスプーンを口に運んでいるが、足りないのか?」
「え? あ……」
シャルリーヌは自分の手元を見て顔を真っ赤に染めた。
思考に没頭しすぎて機械的に手を動かしていたようだ。恥ずかしい。
「だ、大丈夫です。おかわりは、いらないので……」
「そうか。ああ、待て。肉を取り分けてやろう。そこからだと届きにくいだろう」
テーブルの上に乗り切らなかった大きな肉の塊がワゴンの上に置かれている。
セルジュはナイフで肉を削ぐように切ってバラの花びらのようにくるくると巻いて皿に盛りつけると、その上にソースをかけて持って来てくれた。
「ほら、食べると言い。城から借りているキッチンメイドの自慢の一品だそうだ。……自慢なのはソースの方らしいが。すりおろしたニンニクとオニオンのソースらしいぞ」
「ありがとうございます」
不思議だ。セルジュと食事のメニューの話をしている。
シャルリーヌの中でセルジュという男はどちらかと言えば寡黙という認識だったのに、意外と饒舌なのかもしれない。
「そうだ、シャルリーヌ。明日は休みになった。外へは連れて行ってやれないが、代わりに行商を呼んでおいたから買い物をしよう」
休みということは、彼は一日邸にいるのだろうか。
(セルジュ様が何を考えているのか探るには、ちょうどいいかもしれないわね)
シャルリーヌは頷いて、セルジュが取り分けてくれた肉を口に運ぶ。
キッチンメイドの自慢の一品というだけあって、甘みの中に少しの辛みを感じるソースは、肉にとてもマッチしていて美味しかった。
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