第7話 家族
恭介は重い気持ちで永井夫婦の家の前にいた。
庭の夏草の匂いが強く漂っている。
ヴァレリーの前足が恭介の脹脛を叩いた。
「行くぞ」
「ああ」
ドアフォンを鳴らした。
カチャリ
ドアノブが回り、敏夫が顔を出した。
「千束さん……今日は?」
「少し、お話が」
「……?どうぞ」
恭介とヴァレリーは居間に案内された。
同説明しようかと恭介は悩んだ。
「壁を壊させてください」
と言って、どうぞと壊させてくれるか、
まず、壊させてはくれないだろう。
その時、
にゃぁ。
猫の声がした。
三毛猫が壁の前に座ってこちらを見ていた。
「あら、また来たの?」
綾子が嬉しそうに言った。
敏夫も目尻を下げていた。
カリ。
カリカリ。
三毛猫は同じところを引っ掻きだした。
ヴァレリーが恭介の腿に前足を載せ、恭介の顔に顔を近づける。
「壁を叩け。それから……」
恭介は三毛猫が引っ掻いている壁へ歩く。
カリ。
カリカリ。
壁に前足を付けたまま、三毛猫は恭介を見る。
にゃぁ。
カリカリ
「中になにかあるんだな」
一心に壁を引っ掻いている三毛猫の横に膝を付き、恭介は三毛猫に聞かせるようにいう。
にゃぁ。
永井夫婦が不思議そうな表情をする。
恭介は立ち上がり、先日と同じように壁を叩いた。
コツコツ。
コツコツ。
コンコン。
ボコン。
「永井さん、ここだけ音が違うのわかりますよね」
「ああ……」
敏夫が頷いた。
敏夫も確かめるように壁を叩きにきた。
ボコン。
「……音が違う……」
「この猫は、ここに隠された真実を教えてくれています」
「真実って……」
「壁を壊させてください」
「はぁっ?」
敏夫の驚きの声が上がる。
逡巡する敏夫の横に座っていた綾子が
「壁、元に戻してくれるんですよね?」
「お、おい、綾子…」
「はい」
「なら、壊して下さい」
「いいのか?」
「あの子、いつも同じところを引っ掻いているの。可哀想なくらいに一生懸命に」
「そうか……」
敏夫は三毛猫を一度見た。
三毛猫のその緑の瞳は敏夫を見ていた。
懇願でもするように
敏夫の顔が恭介に向いた。
「千束さん、どうぞ」
恭介はスマートフォンを出すと、藤堂に連絡をいれた。
暫くして、業者が永井夫婦の家に来た。
シートを床に敷き、ハンマーで壁を叩き、穴を開けた。
開いた穴を別の作業員がバールで押し広げる。
漆喰が剥ぎ取られていき、
「なっ!?」
作業員が息を呑んだ。
壁の奥。
乾燥剤の入れられた圧縮袋
その中に服を着た女性が入っていた。
にゃぁ。
三毛猫が圧縮袋に顔を擦り付けた。
あの後、警察を呼んだ。
鑑識や刑事が慌ただしく出入して、発見の経緯など聴かれた。
遺体が外に運ばれると、黄色いテープが張られた規制が解かれた。
壊された壁。
それを眺める永井夫婦は疲れた顔をしていた。
壊された壁の前にいる三毛猫は動こうともせず、穴の開いたそこをじっと見ていた。
敏夫は三毛猫の前にしゃがみ込んだ。
三毛猫は逃げない。
ただ静かに見上げていた。
敏夫はそっと頭を撫でた。
「……見つけてほしかったんだな、お前……」
切なさに目が熱くなった。
三毛猫は目を細めた。
とん
という音がして、サキチがゲージから出てきた。
サキチはびびりな性格のせいで、滅多に他の猫には近づかない。
そのサキチが躊躇しながらも、少しづつ三毛猫に近づいた。
鼻先を寄せ、ぺろり、と三毛猫の頬を舐めた。
三毛猫は驚いたように目を丸くする。
寸の間、三毛猫は固まったがサキチから逃げなかった。
綾子が微笑んだ。
「ねぇ……この子も……うちの子にしたら駄目かしら」
敏夫は三毛猫を見る。
「……そうだな」
お互いに匂いを嗅ぎ合っている二匹がいた。
「お前、うちの子になるか?」
三毛猫は敏夫を見つめた。
そして、
「にゃあ」
小さく返事をした。
敏夫が三毛猫を抱き上げて綾子の元に行く。
綾子がサキチを抱き上げた。
鼻を寄せ合うサキチと三毛猫。
その様子を見ていた恭介が、
「良かったな」
と呟いた。
「猫は」
ヴァレリーは新しい家族になった二人と二匹を見つめる。
「帰る家を選ぶ」
恭介は笑う。
「そういうもんか」
ヴァレリーは小さく目を細めた。
「そういうものだ」
家の窓からは明かりが洩れていた。
その窓には二匹の猫が寄り添うように並んでいる。
その姿を見たヴァレリーの目には優しい色が浮かんでいた。
本日は二話投稿となります。次話のエピローグにて第8章は完となります。




