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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第8章 夏の三毛猫
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エピローグ  夏の夜

夜、甚平姿の恭介はベランダのデッキチェアで涼んでいた。

夕立のおかげで、日中の籠った熱が洗い流され、庭の芝生を渡る夜風が心地いい。

微かに蚊取り線香の匂いが漂う。

テーブルの上にはグラスに注がれたビール。

グラスについた水滴が一筋流れた。

片方のチェアにはヴァレリーが座り、夏の夜を楽しんでいた。

鈴木は程なく殺人罪で捕まった。

取り調べでは、最後まで、


「自分を見てほしかった」


と言っていたという。

その思いだけは、本物だったのかもしれない。


「それだけで、人を殺すか?」


それを聞いたヴァレリーは


「やれやれ……実に人間らしい」


恭介はビールを一口飲んだ。


「人間って、面倒だな」


ヴァレリーは夜空を見上げる。


「だから面白い」


恭介は苦笑した。


「猫は楽そうでいいな」


「猫だから問題はない」


「便利な言葉だな、それ」


「事実だ」


二人の間を、涼しい夜風が通り抜ける。


「ところで、恭介」


ヴァレリーが恭介をじっと見つめていた。

何やら揶揄いを含んだ口調に恭介には聞こえた。

嫌な予感がする。


「なんだよ?」


「実はな、この屋敷のことなんだが……」


恭介がごくりと唾を飲んだ。


「話すかどうか迷ったんだが」


「い、言うな」


「当主としては、知っておかねばと思ってな……この屋敷、夜になると出るんだ」


「……」


「幽霊が」


ぼそりと言った。

ビールを持ったまま、恭介は固まった。


「う……嘘だろ……?」


「調度品にいわく憑きの品もあるだろうから、幽霊や亡霊が出てもおかしくはない」


恭介の顔色が青くなる。

ヴァレリーには恭介が幽霊も苦手にしていることを見抜かれていると、いまさらながらに恭介は悟った。


「噓なものか。なぁ、藤堂」


「そうでございますね」


「ひぃっ」


背後からの声に恭介は肝を潰した。

足音もなく、藤堂が後ろに佇んでいた。


「ヴァ、ヴァレリー……」


恭介は情けない声でヴァレリーの名前を呼んだ。

ヴァレリーの鍵しっぽが揺れている。


「ヴァレリー様、お揶揄いはそこまででございますよ」


窘める藤堂の声にもそれは混じっていた。


「お前も肯定しただろう、藤堂」


「私は肯定などしておりませんよ」


白々しく藤堂が答える。

楽しそうなヴァレリーと藤堂の声が夏の夜空に吸い込まれていく。

まるで狐と狸の化かし合いだ。

きっと、自分は死ぬまで頭があがらないんだろうなと恭介は思い、そっとため息を吐いた。

嘘だとは分かっているが……


「おい、嘘だよな」


「さてな」


「ヴァレリー」


「嘘だと思えば嘘…」


ヴァレリーは夜空を見上げた。


「真実と思えば真実」


意味あり気に恭介の顔を見る。


「真実は常に静かだ」


ヴァレリーがごろりと体勢を変えた。


「こんなときに真面目なことを言うな!」


ヴァレリーの目が細められた。

喉が小さく鳴る。


夜空には星屑を集めたような天の川が静かに流れていた。




無事に第8章を終えることができました。お楽しみいただけましたでしょうか?

お楽しみいただけたら幸いです。

また、お会いできると嬉しいです。

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