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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第8章 夏の三毛猫
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第6話 家令の調査報告

「気になる······」


恭介は椅子の背に上半身を預けて、事務所の天井にできている古い染みを睨んだ。

恭介の体重を受けて椅子がぎしりと音を立てる。


「なぁ、なんで壁の音が違ったと思う?」


ソファーに寝そべっているヴァレリーに恭介が問う。

返事はない。

藤堂が恭介に紅茶を運んだ。

珍しく事務所に藤堂がいる。

藤堂は音一つ立てずにピンクの薔薇が描かれたティーカップを机に置いた。


「藤堂さん、事務所になにか?」


「いえ、なにも」


藤堂は薄く笑みを浮かべ、それ以上なにも答えなかった。

謎だ。

ヴァレリーが目を開けて、藤堂を見た。


「藤堂」


「畏まりました」


「えっ?」


藤堂が一礼して事務所を後にした。

恭介は呆気に取られた。


(なにか指示したか?なんだ?······こいつら分かんねぇ···)


恭介は眉間に皺を刻んだ。

二日後、藤堂が事務所に現れた。


「失礼いたします」


藤堂が一礼する。

ヴァレリーが鍵しっぽで二、三度ソファーを叩いた。


「ヴァレリー様」


「早かったな」


(なにが始まるんだ)


と恭介はヴァレリーと藤堂を伺う。


「ご報告させていただきます。鈴木 玲子様ですが、住民票の異動はございません」


「戸籍は」


「そちらも変更はございません」


「ふむ···警察へは?」


「今朝までに、失踪届を提出された痕跡は見当たりません。また、ここ半年の鈴木 玲子様名義の口座でございますが、動いた形跡も、凍結もされておりません」


「そうか、分かった」


「他にご質問など、ございますか?」


「いや、大丈夫だ」


「では、紅茶など淹れさせていただきます」


そう言って、藤堂は事務所のキッチンへと向かった。


(は?なんだ?)


恭介は呆然とした。

調査内容は個人情報に当たるため、ヴァレリー以外は知りようがないが、ヴァレリーはそういうところの線引きは厳しい。


(この人何者だ······)


「恭介様、どうぞ」


藤堂が紅茶の入ったマイセンのティーカップを音もさせずに置く。

恭介は藤堂の顔をちらちらと見る。


「何か?」


「いえ、すみません」


「そうでございますか」


藤堂が細い目を更に細めて微笑んだ。

ヴァレリーは興味なさそうに、丸くなった。



鈴木に再訪を告げると、快く応じてくれた。

先日の訪問時もそうだったが、こざっぱりと片付けられた部屋は、居心地よく整えられていた。

ヴァレリーをまた膝に載せる。


「度々すみません」


「いえ、大きな買物をされたんですから」


「そう言って貰えると助かります」


「今日はどういう件で?」


「奥様にもお伺いしようかと思いまして」


鈴木の肩が微かに動いた。


「それで、奥様はいらっしゃますか?」


「······妻とは···離婚しました·····」


「それは、失礼なことを。すみません」


「いえ」


「奥様のご連絡先などは······」


「別れてからは、さっぱり」


その時、スマートフォンの着信音が響いた。


ブブブブブブ。


「失礼」


鈴木がスマートフォンの画面を確認する。


「······ああ、すみません、約束を忘れていました」


少し焦りが混じった鈴木の声に恭介は気が付かないふりをして、ヴァレリーを抱き上げて腰を上げた。

玄関のドアを閉める前に恭介は鈴木に


「もし、奥様のご連絡先が分かりましたら、ご連絡をお願いします」


「······分かれば連絡します」


マンションを出ても恭介はヴァレリーを抱いたまま近くに停めてあった車まで歩いた。

夏の午後の陽射しは容赦なくアスファルトを照りつけていた。

ゆらゆらと陽炎が立ち上っている。

すぐに汗が出てきた。


「離婚したと言ってたな」


「嘘だな」


腕の中のヴァレリーが言う。


「······だが、戸籍は」


「今頃、慌てて、手続きを取ろうとしているだろうな」


ヴァレリーが恭介を見上げた。


「恭介」


細い瞳孔に強い意志が伺えた。


「何だよ」


恭介は身構えた。

ヴァレリーが静かに言う。


「壁だ」











明日の投稿にて第8章は完結となります。最後までお読み頂けるとありがたいです。

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