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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第7章 初夏の影
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エピローグ 日常

窓ガラス越しに入る午後の光は朝と違い、夏に向かっていると思わせた。

執務室には静寂に支配されていた。

マホガニーの机に体を預け、死んだような目をしている恭介をヴァレリーは睥睨していた。


「おい」


「………………」


「当主としての自覚は、どこにいった」


「……」


「千束恭介、しっかりしろ!」


「…やっぱり、俺には、無理だ……」


「情けない。あの意気込みはどうした?」


ヴァレリーが前足で恭介の頭を叩く。

顔を机に張り付けたまま、恭介はヴァレリーの顔を見上げた。

恨めし気な目をしている自覚がある。

そんな恭介をヴァレリーは一蹴した。


「整えない当主」


「ぐっ」


「まあまあ、ヴァレリー様。恭介は修行中でございますから」


そう言って藤堂が入ってきた。

銀のトレイの上には、ティーポットとティーカップ、ミルクピッチャー。


「甘いな、藤堂」


「少し、お休みになって、肩の力をお抜きくださいませ」


「藤堂さん…」


恭介が地獄に仏といったように藤堂を見た。

ヴァレリーはふんっ、と息を吐くと、ソファーに飛び移った。

ティーポットから注がれる紅茶の芳香が部屋に広がった。

ヴァレリーが鼻をひくひくさせ、


「ダージリンのファーストフラッシュか」


「ええ。良いものが手に入りましたから」


「もうそんな時季か…」


何かを懐かしむような声音でヴァレリーが言った。

紅茶を一口飲み、恭介は眉を寄せた。


(確かに美味いが、紅茶は紅茶だろう。何が違うんだ?)


と内心で思う。

声に出して言わないのは、ヴァレリーが馬鹿にしたような目をするからだ。


「まぁ、若干一名、味がわからんのがいるがな」


ヴァレリーが横目で恭介を見た。


(お前はエスパーか)


と恭介は口には出さず毒づいた。

藤堂は微笑んで立っていた。

紅茶が半分になった頃を見計らい、藤堂が恭介に尋ねた。


「ところで、恭介様。事務所の方はいかがいたしましょうか?」


「へっ?」


「このところ事務所の方にはおいでになられていらっしゃいませんでしたし」


恭介の顔からさーっと血の気が引いた。


「忘れてた…じ、事務所、家賃はどうなってた…引き落としされてるか?」


焦った様子の恭介にヴァレリーはため息を吐いた。


「落着け、恭介」


「これが落ち着いていられるか!あの事務所は俺の城なんだ!今すぐ、管理会社に連絡をしないと…ああ、管理会社の電話番号って何番だ?」


恭介はわたわたとスマホを取り出し、画面をスクロールする。


(あそこは俺が初めて“自分の場所”を持てた場所なんだ……)


「恭介様、事務所の家賃等の支払いは済んでおりますので、そのように慌てられなくとも大丈夫でございますよ」


と藤堂が言うが、焦っている恭介の耳には届かない。

必死でスマホを操作する恭介にヴァレリーはボソッと呟く。


「やれやれ、実に恭介らしい」


「新当主としてのご教育が、恭介様には少し必要でございますね、ヴァレリー様」


「少し?大分の間違いだな、藤堂」


ひとり焦る恭介をヴァレリーと藤堂が柔らかな笑みを浮かべて見ていた。

初夏の明るい陽ざしの中、爽やかな風が一条邸を吹き抜けた。

第7章完結です。今回は間が空いたり、思わぬ方向に進んでしまったりといつも以上に拙くなってしまったのではないかと心配しています。最後までお読みいただきありがとうございました。次章は……日常に戻った展開にしたいなと考えておりますので、よろしければ、投稿した際にお読み頂けると嬉しいです。


「じ、事務所が…」


「あったな」

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