第12話 それぞれの選択
日付を回った時刻。
一条寺家の門扉が静かに開いた。
四輪駆動車が入ると来客を拒むように門扉が閉じられた。
恭介はガレージに車を停めた。
按針を切り、ドアロックを解錠する。
ヴァレリーを抱えると車を降りた。
「おかえりなさいませ」
家令服姿の藤堂がいつものように出迎えた。
深夜にも関わらず服の乱れひとつない。
この人はいつ休んでいるんだろうと恭介は思う。
「ただいま帰りました」
ヴァレリーが恭介に抱かれているの見て、藤堂が微かに顔を顰めた。
「ヴァレリー様に何か?」
「何もない。歩くのが面倒なだけだ」
ヴァレリーが答えた。
「さようでございますか。安堵いたしました……お休みなられますか?」
「ああ」
「いや……」
恭介は様々なことが脳裏にあり、眠れそうにない。
まとめて結果を出し、朝比奈に見せつけなければならない。
「恭介、効率が落ちる」
ヴァレリーのしっぽが恭介の腕を叩く。
「けどよ…」
「下手な考え、休むに似たりだ」
「下手なって…お前」
「恭介様、ヴァレリー様は無理に考えても良い結果は出ない。一度休息をとり見直すことも大事だと仰っているのですよ」
藤堂が目元を綻ばせていう。
恭介は深く息を吐いた。
”こいつの言い方、どうにかなんねぇのか?”と思うが、すぐにいつもことかと恭介は諦めた。
一理ある。
恭介は休むために自室へと足を向けた。
ヴァレリーは恭介の腕から身を躍らせ、床に降りた。
「お休みなさいませ」
藤堂が頭を下げて見送った。
恭介が廊下の角を曲がろうとした時、ヴァレリーは立ち止まり、ふと振り返った。
「……藤堂。決まったか?」
藤堂は一瞬だけ目を伏せ、次に顔を上げた時には、家令としての表情ではなく“個人”の顔になっていた。
「……私は実淳様から託されましたゆえ。恭介様の“選択”に従う覚悟は、とうに決めております」
「そうか……」
ヴァレリーの鍵しっぽが静かに揺れた。
その揺れは、“藤堂が恭介側についた”ことを確かに示していた。
廊下を歩き出したときだった。
——コツ……。
微かな音が、本邸の奥の暗がりから響いた。
足音というには軽すぎる。
だが、風ではない。
ヴァレリーがぴたりと立ち止まり、耳をそばだてた。
「……今の、聞いたか」
「聞いた」
ヴァレリーの声は低い。
そのしっぽが、ゆっくり左右に揺れる。
「影の末端は、“お前が戻った”ことを確認しに来た」
「……ここまで来るのかよ」
「来るとも。影は“見たもの”を追う。そして“見た者”を量る」
恭介は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……本邸の中にまで?)
廊下の奥は暗い。
灯りは落とされ、月明かりだけが障子越しに淡く差し込んでいる。
その光の境目——
闇と光の境界が、ほんの一瞬だけ“揺れた”。
「……っ」
恭介は反射的に顔を向けた。
だが、そこには何もいない。
ただ、静まり返った廊下があるだけ。
「気配だけ残して消えたな」
ヴァレリーが呟く。
「影の末端は、“存在を示す”ことで相手を揺さぶる。今のは……牽制だ」
「牽制……?」
「お前が“癖”を追った。だから向こうも“お前を見た”と知らせに来た」
恭介は唇を噛んだ。
(……来るなら来いよ。逃げる気はねぇ)
そう思った瞬間——
——ブゥゥゥ……。
ポケットのスマホが震えた。
恭介は画面を見た。
番号は表示されない。
だが、誰からかは分かっていた。
「……朝比奈か」
ヴァレリーが目を細める。
「出ろ。“次の圧”が来る」
恭介は通話ボタンを押した。
「……」
『——影が動いたな』
朝比奈継信の声は、低く、揺れず、まるで“夜そのもの”のようだった。
『お前が動けば、影も動く。それが一条寺の理だ』
「……あんた、見てたのかよ」
『見ていなくとも分かる。影は“当主の動き”に反応する』
恭介は息を呑んだ。
『恭介。お前は今日、線を越えた』
「線……?」
『“癖”を追った。“整え”を暴いた。影の末端に“気づいた”』
朝比奈の声が、さらに低く沈む。
『ならば——お前はもう“選ぶ側”ではない。“責任を負う側”だ』
恭介の喉がひりつく。
「……脅しかよ」
『違う。これは“当主の段階”だ』
ヴァレリーが恭介の足元で、静かに尻尾を揺らした。
『家を守るか。真相を守るか。どちらかを切り捨てねばならん』
「両方守るといった」
恭介は即答した。
朝比奈は、わずかに息を吸ったように聞こえた。
『……ならば、示せ。“整えずに”結果を出せ』
通話が切れた。
廊下に、再び静寂が落ちる。
恭介はスマホをゆっくり下ろした。
「……やってやるよ」
ヴァレリーが言う。
「恭介。お前はもう“見られる側”じゃない。“見返す側”だ」
恭介は前を向いた。
「影の末端も、朝比奈も——全部、俺が相手する」
月明かりが、廊下の先を静かに照らしていた。




