7第11話
恭介は別邸を後にする前に、庭を見渡した。
月明かりに浮かび上がる枯山水の庭園。
白川砂の砂紋と石組だけで見事に山水を表現している。
意図をもって不都合なものを消し、整えられた庭…
本邸の必要以上に手をいれない庭と違った。
「まるで変化を拒むようだな……」
「…古い一条寺家の象徴だ。……だからあの男はここを嫌った…」
ヴァレリーの瞳が遠くをみている。
あの男とは多分祖父のことだと恭介は直感した。
「じいさんは、ここに来るたびに何を考えていたんだろうな」
「さあな…あの男は臆病で不器用だった」
「はぁっ?誰の事だ?」
ヴァレリーは恭介を横目で見て、
「…お前は…鈍感だがな」
「ほっとけよ」
いつもの軽口のたたき合いに安堵する。
「帰るか」
「ああ」
道路は空いていた。
たまにすれ違う大型のトラックのヘッドライト。
並走する車も少なかった。
音楽もなく車内は静かだった。
ヴァレリーは助手席に香箱座りで目を瞑っていた。
たまに耳やしっぽが動くので寝てはいないことはわかる。
ハンドルを握る恭介は別邸でのことを再度思い出していた。
整えるために不要なものを抜く。
帳簿…橋爪さん…
思考を中断するようにおもむろにヴァレリーが言う。
「影は、お前を見た」
「……見せてやるよ、俺のやり方を」
「では、私はお手並み拝見といこうか」
「えっつ、いや、そこは、俺とお前の仲だろ?」
「恭介、お前は…」
ヴァレリーが何かを言いかけた、その瞬間だった。
——ブゥゥゥ……。
車内の静寂を破るように、
恭介のスマートフォンが震えた。
画面には、見覚えのない番号。
だが、恭介はもう分かっていた。
(……来たな)
道路脇の街灯が、フロントガラスに淡く流れていく。
恭介は片手でスマホを取り、通話ボタンを押した。
「……千束です」
『——見たな』
低い。
乾いている。
揺れがない。
朝比奈継信の声だった。
恭介は息を呑む。
『影が動いた。お前が動いたからだ』
「……あんた、どこまで知ってんだよ」
『知る必要のあることだけだ』
短く、冷たい言葉。
『橋爪が“何を見たか”。お前が“何を見つけたか”。そして——影が“何を隠したか”。』
恭介の指先が、ハンドルを強く握りしめる。
『恭介。当主は、動いた結果に責任を負う』
「責任……?」
『お前が“癖”を追った。影の末端はそれを察した。ならば——次に動くのは“家”だ』
恭介の喉がひりつく。
「……脅しかよ」
『違う。“選択”はもう終わった。今は“責任”の段階だ』
ヴァレリーが目を開け、恭介をじっと見た。
『家を守るか。真相を守るか。どちらかが必ず傷つく』
「両方守る」
即答だった。
朝比奈は、わずかに息を吸ったように聞こえた。
『……ならば、結果で示せ』
その言葉は、圧でも怒りでもなく——“当主としての覚悟を問う声” だった。
通話が切れた。
車内に、再び静寂が戻る。
恭介は深く息を吐いた。
「……やるしかないなら、やってやるよ」
ヴァレリーが、ゆっくりと尻尾を揺らした。
「線を引いたな、恭介」
「引いたよ。俺が決める。影の末端も、家のことも——全部、俺がやる」
月明かりが、走る車のボンネットを静かに照らしていた。




