表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第6章 葉桜
PR
57/86

エピローグ やれやれ、桜は散る

本邸のテラスには、春の光が戻っていた。

風に乗って、桜がはらはらと舞い落ちる。


「……疲れた」


千束恭介は、椅子にぐったりともたれかかった。

テーブルの上には、例の三段スタンド。

今日はやけに甘いものが多い気がする。


「顔に出ているな」


向かいで、ヴァレリーが紅茶の香りを楽しんでいる。


「出すなって言われても無理だろ」


「慣れろ」


「無茶言うな」


スコーンをひとつ取る。

やけ気味に口に入れる。


「……うまいな、これ」


「当然だ」


なぜか誇らしげである。


(お前が作ったわけじゃねぇだろ)


内心でツッコミを入れつつ、もう一口。


「しかし」


恭介はふと顔を上げた。


「なんであそこまでやるんだろうな」


「整える、ってやつか?」


「そうだ」


ヴァレリーはあっさりと答える。


「人間はな、自分が見たい形に、世界を寄せる」


「でも、あれやりすぎだろ」


「やりすぎるから、人間だ」


恭介は、少しだけ黙る。

風が吹く。

桜が、カップの縁に落ちた。


「……まあ、なんか、わからなくもないけどな」


ぽつりと呟く。


「ほう?」


「ミスってさ、一個出すと、全部ダメな気がしてくるだろ」


ヴァレリーは何も言わない。

ただ、目を細める。


「だから隠したくなるっていうか、なかったことにしたくなるっていうか」


「——実に人間らしい」


その言葉は、やけに静かだった。


「褒めてんのかそれ」


「評価している」


「同じじゃねぇのかよ」


「違うな」


ヴァレリーは、紅茶を一口飲む。


「人間は、面白い」


さらりと言う。


「不完全だからな」


恭介は、ふっと息を吐いた。


「……お前、ほんと猫か?」


「猫だから問題はない」


即答だった。


「いや問題しかねぇだろ」


そのとき。


「お茶のおかわりをお持ちいたしました」


藤堂が足音もなく現れる。

相変わらずの、完璧なタイミング。


「……なあ藤堂」


恭介がじっと見る。


「お前さ、最初から全部わかってただろ」


藤堂は、わずかに目を伏せた。


「まさか」


静かな否定。


「途中からでございます」


一拍の間。


「……ほんとかよ」


「はい」


藤堂は穏やかに微笑む。

そして。


「この家を守るのが、私の仕事ですので」


その言葉は、いつもと同じ温度のはずなのに。

どこかだけ、違って聞こえた。


「……で?」


恭介は、スコーンをもう一つ取る。


「これ、何個食っていいの?」


「節度を守れ」


ヴァレリーが即座に返す。


「さっきから三つ目だぞ」


「数えてんのかよ!?」


藤堂が、静かに言う。


「まだご用意はございますが」


「じゃあいいか」


「よくありません」


即座に却下された。

やはり、この家の主人は自分じゃないだろうと恭介は思った。


風が吹く。

桜が、またひとひら落ちる。


「……桜ってさ」


恭介がぽつりと言う。


「すぐ散るよな」


「だから良いのだろう」


ヴァレリーが答える。


「残らないからな」


その言葉に恭介は、少しだけ笑った。


(……残らない、か)


テーブルの上には、崩れかけのスコーンと、飲みかけの紅茶。

そして、何も書かれていない——余白のような午後があった。


桜が、静かに散っていく。

その光景を、黒猫だけが、じっと見ていた。


第6章完結です。拙いですが、いつもお読みいただきありがとうございます。明日より第7章を投稿させていただきます。第7章は影との対決となります。新当主恭介はどうするのか…思案中です。


「禿げるんじゃないか?」

「猫だから問題はない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ