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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第5章 桜の季節
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5第3話 桜の下の真実

桜の下の真実 庭に戻ったとき、空気はすでに変わっていた。

ざわめきは残っている。 だが、それは先ほどまでの混乱ではない。

どこか、収束に向かう気配。


(……なんだ、これ)


千束恭介は足を止めた。

遠くで、サイレンの音が近づいてくる。


(やっぱり、早すぎる)


「気づいたか」


隣で、ヴァレリーが言う。


「……ああ」


短く答える。

頭の中で、さっきの光景が繋がっていく。

倒れた男。

視線の集中。

屋敷へ向かったあの男。

そして—— 誰もいなかった廊下。


「毒は、囮だな」


言葉が、自然に出た。

ヴァレリーは何も言わない。

ただ、わずかに目を細める。


「騒ぎを起こして、目を引く」


「で、その間に本命を取る。古典的だな」


視線を屋敷へ向ける。


「帳簿だ」


(あいつは、探してなかった)


思い出す。

迷いのない動き。


(場所を知ってた)


「……ようやくだな」


ヴァレリーが低く言う。


「遅ぇよ」


苦笑が漏れる。

だが、胸の奥は妙に静かだった。


(じゃあ、なんで——)


違和感が、まだ残っている。

そのとき。

屋敷の中から、男が出てきた。

帳簿を手にしている。

顔には、わずかな安堵。


(……成功したつもりか)


「終わった、と思っている顔だな」


ヴァレリーが言う。

男は足早に進む。

出口へ。

だが——


(……おかしい)


人の流れが、不自然だった。

誰も止めない。

だが、誰もがわずかに道を空ける。


(……誘導されてる?)


さっきと同じ感覚。 偶然に見えて、偶然じゃない。


「……これって……」


言葉になりきらない。


「すでに終わっている」


ヴァレリーが静かに言う。

その瞬間。

男の足が止まった。

門の前。

警察。


「……なっ」


振り返る。 だが後ろも、塞がれている。

人の流れが、壁のように立っている。


(逃げ場が、ない)


男の手から、帳簿が滑り落ちる。

乾いた音。


「……どうしてだ」


掠れた声。 その背後に、気配。


「簡単でございます」


藤堂だった。

いつもの穏やかな表情。

だが、その目は違う。


「あなた様が、そのように動かれただけでございます」


「……っ」


男は言葉を失う。

理解したのだ。


(最初から……)


「いえ」


藤堂は、わずかに首を振る。


「確信したのは、途中からでございます」


静かな声。 だが、その場のすべてを支配している。 警察が近づく。 男は抵抗しない。 できない。

桜が、ひとひら落ちた。

しばらくして。 人がまばらになった庭で、恭介はようやく息を吐いた。


「……なんなんだよ、これ」


「見たままだ」


ヴァレリーが言う。


「盤面が完成していただけだ」


「……盤面、ね」


言葉の意味はわかる。

だが——

(いつからだ?)


疑問が浮かぶ。 その答えを知っているであろう人物に、視線を向ける。


「恭介」


「なんだ」


「この屋敷で一番怖いのは誰だと思う」


恭介


「犯人?」


ヴァレリーの瞳が光ったように見えた。


「違う」


少し間


「藤堂だ」


恭介は背中がぞくりっとした。

ヴァレリーが


「藤堂」


呼びかける。 藤堂は、一礼した。


「最初から知っていただろう」


静かな問い。 藤堂は、首を振る。


「いえ」


わずかな間。


「確信したのは、途中からでございます」


同じ言葉。 だが、意味は違う。 ヴァレリーは目を細める。


「……羽虫か」


その言葉に。 藤堂は、一瞬だけ目を伏せた。 ほんのわずかに。

そして。


「この家を守るのが、私の仕事ですので」


静かに告げる。 それだけで、十分だった。 恭介は、何も言えなかった。

桜が、また一輪落ちる。


(……見えてないだけで)


この家は——

ずっと、動いていたのかもしれない。


「やれやれ」


ヴァレリーが呟く。


「実に人間らしい」


その声音は、どこか穏やかだった。 


桜は、何も知らないふりで舞い続けていた。

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