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黒猫ヴァレリーの事件簿  作者: 高橋 なぎ
第4章 雪明り
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第3話 宴会

宴会場は、湯気と笑い声に満ちていた。

大きな鍋が中央に置かれ、野菜と肉がぐつぐつと煮えている。

木の天井には暖色の照明が揺れ、外の吹雪が嘘のようだった。

真島が酒を掲げる。


「よし、久しぶりの集合だ。乾杯!」


「乾杯!」


盃がぶつかる。

恭介は息をついた。


「……こういうの、ほんと久しぶりだな」


梶原が笑う。


「大学のときは毎週みたいに飲んでただろ」


「それはお前だけだ」


「ひどいな」


笑い声が広がる。

佐伯が鍋を覗き込みながら言った。


「このお肉、すごく柔らかいですね」


女将が頷く。


「地元の牛なんですよ」


「へえ」


真島が箸を伸ばす。


「佐伯、これ食ってみ」


「ありがとうございます」


ふたりの距離は自然と近い。

梶原がにやりとした。


「おいおい、仲良いなあ」


久我が眉をひそめる。


「そりゃな」


真島が笑う。

佐伯も笑った。


「秘密だよ」


その瞬間、久我の箸が一度だけ止まった。

だが誰も気づかない。

恭介は鍋をよそいながら言う。


「さっきの写真もそうだけど、ほんと仲良いな」


真島が親指を立てた。


「よし、誤解されたな」


「何がだよ」


梶原が笑う。


「お前ほんとSNS好きだよな」


「だって面白いじゃん」


梶原はスマートフォンを取り出す。


「ほら、これ」


画面には真島と佐伯の写真。

雪景色の中で、ふたりが笑っている。

佐伯が慌てた。


「ちょっと、それ消してよ」


「なんでだよ」


「恥ずかしい」


真島が笑う。


「いい写真じゃん」


恭介が覗き込む。


「確かに」


梶原は楽しそうに言う。


「ほらな、やっぱり誤解される」


そのときだった。


梶原のスマートフォンが震えた。


ヴヴヴ。


梶原は画面を見る。

一瞬だけ表情が変わる。

が、すぐにポケットにしまった。

恭介が聞く。


「仕事?」


「いや」


梶原は軽く笑った。


「ただの通知」


鍋がまた煮え立つ。

酒も進む。

話題は大学時代の思い出に移っていった。


「覚えてるか、あのゼミ発表」


「やめろそれ」


笑い声が弾む。

だが。

少しして、梶原が席を立った。


「ちょっと空気吸ってくる」


「酔ったか?」


「ちょっとな」


梶原は廊下へ出た。



静かな廊下。

窓の外は吹雪だった。

白い雪が外灯の光に舞っている。

梶原はスマートフォンを取り出す。

画面を開く。

そこに表示されているのは、

さっきの写真。

真島と佐伯。

楽しそうに笑っている。

梶原はしばらくそれを見ていた。

そして小さく息を吐く。


「……やれやれ」


そのとき。

足元に黒い影が動いた。

ヴァレリーだった。

梶原は少し驚く。


「お前も来たのか」


黒猫は黙って梶原を見る。

黄色い瞳が静かに光っていた。

梶原は苦笑する。


「そんな顔するなよ。……別に怒ってない」


ヴァレリーは小さく鳴いた。


「ニャ」


梶原はスマートフォンをしまう。


「……写真なんてさ」


誰にいうでもなく呟く。


「いくらでも誤解される」


吹雪の音が窓を叩いた。

宴会場の笑い声が、遠くに聞こえる。

ヴァレリーは廊下の奥を見た。

そこには久我が立っていた。

誰にも気づかれず。

静かに。

真島の部屋の方を見ていた。

梶原は気づかないまま、宴会場へ戻っていった。



笑い声が上がる。


「真島」


ふいに声がした。


「あとで少し話せるか」


「ん?」


真島が顔を上げる。

だが恭介には、誰が言ったのかよく分からなかった。

そのとき。

久我がグラスを持ち上げた。

静かに酒を飲む。

ヴァレリーの耳がぴくりと動く。

小さく呟く。


「笑い声は、意味を隠す」


「そろそろ、お時間ですので」


女将が声を掛けた。


梶原がスマートフォンで時間を確認する。


「えっ、もうそんな時間?」


酔った真島が名残惜しそうにいう。


「早いよな……誰かの部屋で飲みなおすか?」


「二日酔いで運転か?」


久我の言葉に、


「お前に捕まったら、朝まで確定じゃないか」


恭介も付け加える。


「いや、それは飲酒運転だろ」


「確かに」


「いえてる」


宴会場の扉が閉まる。


笑い声が廊下にこぼれてくる。



窓の外では雪が激しく降っていた。

白い世界。

外灯の光が、雪をぼんやりと照らしている。

だが。

それ以上に明るい。

雪明りだった。

地面の雪が光を返し、夜を淡く照らしている。

窓の前に立つ影が、ゆっくりと息を吐いた。

白い息が闇に溶ける。


――あの写真。


頭の奥に、あの笑顔が浮かぶ。

並んで立つ二人。

楽しそうに笑っている。

胸の奥が、少しだけ重くなる。


(……誤解、か)


真島の声が蘇る。


「よし、誤解されたな」


軽い調子だった。

冗談のつもりだったのだろう。

しかし。

その言葉が、妙に耳に残っていた。

雪明りが白い。

静かで。

冷たい光だった。

その光の中で、雪がゆっくりと外壁に貼り付いていく。

まるで、何かを塞ぐように。

影はもう一度、静かに息を吐いた。


「……寒いな……」


そして廊下の奥から、

また宴会場の笑い声が聞こえてきた。


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