仲直り
廊下を歩くだけで、視線が痛い。
すでに私とセフィードが恋人になったことが知れ渡ってから1週間は経ったはずだが、未だに私は教室外ではちくちくとした視線を向けられていた。
友人と歩いているときはそうでもないのに、一人でいるとあからさまに皆じろじろ見てくる。中には好意的な視線もあるが、そのほとんどに蔑むような含みが感じられ、私はげんなりした。
でも、だからといって俯くのは性に合わない。あえて堂々と前を見据えて歩いていると、向かいからオーラ漂う美人が歩いてくるのが目に入る。
その美人がシャーリーであることに気が付くのに、そう時間はかからなかった。
さすがに今シャーリーに出くわすのは気まずい。だけどここで引き返したら、避けているのがバレバレだ。
私はぐっと拳を握りしめると、改めてシャーリーを見つめた。シャーリーもまた、私をじっと見ながらこちらに歩いて来ていた。
「シャーリー、久しぶり」
「……ええ、久しぶりね」
裏返りそうになる声を一生懸命抑えながらシャーリーに話しかけると、思いのほか柔らかい空気でシャーリーは返事をしてくれた。
そのことにほっとしつつ、私はずっとシャーリーに言いたかったことを伝えようと口を開く。
しかし、声が出る寸前でシャーリーが私の口をばっと抑えた。
「待って。何を話したいかなんとなくわかるけど、ここは人の目があるから。……こっちに来て」
シャーリーはそう言うと、返事も待たずに私を人気のない空き教室までぐいぐいと引っ張って行った。
誰もついてきていないことを確認し、シャーリーが扉を閉める。
そして見たこともないほど勇ましい表情で腕を組み、私に向き直った。
「さて。それで?」
なんだか今までと少し雰囲気の違うシャーリーに戸惑いながらも、私はがばっとシャーリーに頭を下げて言った。
「あの日は本当にごめん。私、シャーリーとセフィードは両想いだと思ってたから、二人が付き合う前に振られてすっきりしたかったの。今思うと自分勝手だったし、そもそも私もセフィードのことを好きだってシャーリーに言わなかったことも本当に申し訳ないと思ってる。ごめんね」
一気に言い切った私は、シャーリーの顔が見られなくてそのまま頭を下げ続けた。
しばらく黙っていたシャーリーだったが、やがてふ、と笑う声が聞こえてきて私は思わず顔を上げる。
見ると、シャーリーは口に手を当ててやけに妖艶に微笑んでいた。
「謝ることないわ。私、マフルがセフィードのこと好きなのを知ってたもの。知った上で牽制したの」
「…………」
薄々そんな気はしていたけれど、はっきり宣言されたことに驚いて思わず戸惑う。
私が何も言えないでいると、シャーリーはふふ、と笑ってさらに続けた。
「あの時伝えられなかったのは悔しいけれど、どうせ振られるんだったら伝えなくてよかったと今は思ってるわ。だから気にしないで」
「そ、そうなの……?」
「ええ。それにもうセフィードのことはなんとも思ってないし」
「えっ!?!?」
それは、立ち直りが早すぎるのではないだろうか?
だけど、よく考えたら私もマルディー先輩に振られた次の日にはほとんど立ち直っていた。
これが女の強さってやつなのかもしれない。よくわかってないけれど。
とりあえずシャーリーがまた私に笑いかけてくれて嬉しい。
私はシャーリーの手をぎゅっと握り、その美しい漆黒の目を覗き込んだ。
「私がしたことはずるかったと思ってる。それでももしシャーリーが嫌でなければ、これからも友達でいてほしい……んだけど、だめかな」
さっきまで強気な態度だったシャーリーは、私の言葉にあからさまに動揺して私の手を振り払うと、後ろを向いてしまった。
やっぱり嫌だったかな、と落ち込みながら彼女を見て、その耳が真っ赤になっていることに気付く。
シャーリーは黙ったままだったが、きっとそれが彼女の返事だった。
今話して初めて気が付いたけれど、彼女は嫌なら嫌だとはっきり言う性格だろう。
私は小さく笑みを落とし、教室の出口へと足を向けた。
「じゃあ、またね、シャーリー。私が言えることじゃないけど、元気で安心した」
「……あいつがしつこいから、落ち込んでる暇もねーんだよ」
「え?」
何やら乱暴な言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。
思わず振り返った私を、シャーリーは真っ赤な顔のまま威嚇するように睨み、手でしっしっと払って言う。
「またね、マフル」
……うん、きっと気のせいだろう。こんな可憐な外見のシャーリーから、あんな物騒な言葉が出るはずもない。私を犬みたいに払う仕草もするはずがない。そう思おう。
私は何も考えないことにして、“また”と言ってもらえたことに気を良くしながら空き教室を後にした。




