セフィード・オスカーの彼女(2)
セフィードは私とタージェルの視線を受けてもなお、いつもの飄々とした表情でタージェルに言う。
「悪いけど、こいつには触んないでくれる?」
「あ、はい……」
タージェルはいまだに事態が飲み込めないのか、混乱した表情のまま素直に手を下ろした。
セフィードはそれをどこかほっとしたような表情で見届けてから私に向き直る。
少し落ち着きを取り戻した私は、首を傾げてセフィードに尋ねた。
「突然どうしたの?」
「もうすぐ試験だろ?放課後一緒に勉強できないかと思って」
「あ、うん、もちろんいいよ」
「……ちょーっと待て待てー!!」
私たちのやり取りを凝視していたタージェルが、我に返って大声で割り込んできた。
というか声が大きすぎる。気が付けば、クラス中が私たちの動向に注目していた。
「待って。ほんとに。なんで?」
「なにが?」
セフィードは眉をしかめて少し考えるそぶりをした後、ああ、と合点したように頷いた。
「なんで触るなってことか?……俺が嫌だから」
「いや、だからね!? そこもそうだけど!! お前らただの友達なんだよな!?」
セフィードの答えに焦れたように、タージェルが前のめりになって聞いてきた。
セフィードが目配せで本当のことを言っていいのか私に確認してくる。
私は少し頬を染めつつ頷いた。私が皆に言うより、セフィードが言った方がきっと説得力があるだろう。
私が頷いたことでセフィードが一瞬微笑んだのが見えて、私の心臓はぎゅんっと鳴る。
セフィードは周りにも聞こえるよう、いつもより心なしか大きい声でタージェルに答えた。
「友達だった。けど、今は付き合ってる」
セフィードの言葉にまたしてもきっかり5秒の静寂の後、クラスの皆が「ええー!!!??」と叫び、飛び上がらんばかりに驚いてみせた。
私たちのクラスから響いた大声に、他のクラスの人たちも何事かと集まってくる。
逃げ足の早いセフィードは、面倒な騒ぎになる空気を感じ取ってか、私に「放課後、あの場所で待ち合わせな」と耳打ちし、さっさと教室を出て行ってしまった。
セフィードずるい。
残された私は、あっという間に友人その他クラスメイトに取り囲まれた。
タージェルが押し出されて「ぐえっ」と憐れな声をあげているのが目の端にうつる。
私を見るみんなの目がぎらぎらしていてなんだか怖いのは多分気のせいではないだろう。
友人の一人が私の机に手をついて身を乗り出し、言った。
「セフィード様の言葉は本当なの!?」
「本当だよ」
私が頷いてみせると、何人かの女子が悲鳴をあげて倒れた。
別の友人が両手を組んで目をきらきらさせながら聞いてくる。
「じゃあ、昨日のデートって本当にセフィード様とだったの?」
「うん」
さらに何人かが泣きながら教室を出て行った。
それでも好奇心旺盛な友人たちは質問をやめない。
「デートはどこへ?」
「……ティールバーグ庭園だった」
私の返事に、女子たちの間にどよめきが走った。
「ティールバーグ庭園って、あの?!」
「去年憧れのデートスポット第一位を取ってたよね?」
「かなり先まで予約取れないんじゃなかった?」
「……あ、わかった!あそこたしか経営母体がオスカー財閥だよ……!」
最後の友人の言葉に、全員がごくりと唾をのんでこちらを見つめ、叫んだ。
「うらやましすぎる!!!!!」
「はい、2限目始めますよー。……何事ですか?」
この大騒ぎのうちに、いつの間にか休み時間が終わっていたらしい。
教室に入って来た次の授業の先生は、死屍累々の転がる教室内の惨状を見て目をしばたたかせた。
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「大変だったんだからね……?」
放課後、いつもの広場に向かった私は、先に来ていたセフィードを恨みがましい目で見て文句を言った。
セフィードはふ、と笑って視線を落とし、言葉を返す。
「マフルが言っていいって言ったんだろ」
「そうだけど……! すぐ逃げると思わないじゃん」
「次の授業の時間になりそうだったからな」
セフィードの言葉はもっともだが、相変わらず口端に笑みが浮かんでいるあたりわかっていてやったのだろう。
私はセフィードの横にどさっと腰を下ろして肩でセフィードを小突いた。
するとセフィードはすかさず私の肩に手を回し、そのまま私のおでこにキスを落とす。
一瞬で真っ赤になった私は、キスされたところを手で抑えてセフィードから距離を取った。
「いろいろずるい……!」
「本当は怒ってないだろ?ほら、ちょっとだけ」
両手を広げて首を傾げてくるセフィード。
私は頬を膨らませてセフィードを睨みつけたが、結局おずおずとセフィードに再び近づくと、セフィードの腕の中に納まった。
セフィードは私をぎゅっと抱きしめ、囁くような声で言う。
「公言させてくれてありがとう」
私はそっとセフィードの背中に手を回して答えた。
「ううん、私が言いたかったから。むしろ言ってくれてありがとう」
私の言葉を聞いて、セフィードが私の頭に頬をすり寄せるのを感じる。
私は心臓をどきどきさせながらセフィードの腕の中でしばらくじっとしていた。
やがて、セフィードは私から離れ、いたずらっぽく笑って言った。
「さて、勉強しに行くか。俺がいつも使ってる研究室でいい?」
「あ、うん。私も使っていいのかな?」
「だいたい誰もいないから平気。行くぞ」
セフィードに手を引かれ、立ち上がる。
そのまま私たちが広場から出て行くのを、人気のない校舎の窓から誰かがずっと見ていたことに、私たちは一度も気付くことはなかった。




