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カミングアウト


 セフィードとの約束の日は、朝からちらちらと雪が降っていた。


 積もるほどではないが空を白く染める雪が地面に落ちては溶けて消えていく。

 最近暖かくなってきたし、おそらく今年の雪はこれが最後だろう。


 家の中から雪が降る様子を眺めるのが好きな私は、準備もすっかり済ませて窓辺のソファから外を見ていた。

 しかし、ぼーっとしていたわけではない。目は雪を見つめつつも、心の中は緊張でばくばくだ。

 

 だって、初めてのデートなのだ。それも、初めて両思いになった人との。

 昨日まではただただ楽しみだったのに、いざその時間が迫ってくると悪い想像ばかりしてしまう。

 私の本当の姿は彼に受け入れてもらえるだろうか。姿を偽っていたことで、怒ってしまったりしないだろうか。もしそれを乗り越えたとしても、デート中にいつも通り振舞えるか、少しの失敗で失望させてしまわないか不安でたまらない。


 よくない考えを振り払うために胸に手を当てて一度大きく深呼吸をしていると、控えめに部屋のドアがノックされた。


「マフル様、オスカー様がいらっしゃいましたよ」


 ドアから顔をのぞかせたセタルの言葉に、私は跳ね上がるように立ち上がる。


「応接間にお通しして」

「かしこまりました」


 私は指示を出してから最後にもう一度おかしなところがないかチェックするため、鏡の前に立った。


 今日の私は、予定通りいつものカツラと眼鏡をつけていない。

 ふわふわのピンクの髪はハーフアップにして、小ぶりのダイヤがいくつか連なる髪飾りを差した。

 顔もきちんとメイクをしてもらったので、いつものぼさぼさ眉ではない。茶色のチェック柄ワンピースにブーツを合わせ、外に出たら羽織るための白いコートを小脇に抱えて冬らしいコーディネイトも完璧だ。ちなみにこれはすべてセタル監修である。


「……よし」


 久しぶりに着飾ったので、自分でも見慣れない自分に少しどきどきしながら鏡から視線を外し、セフィードのもとへ向かうべく一歩を踏み出した。



******



「セフィード、来てくれてありがとう」


 私は応接間に入ってすぐ、扉に背を向ける形でソファに腰かけるセフィードに声をかける。

 緊張で少し声が震えてしまったが、気付かれていないだろうか。


 セフィードは何気ない表情でこちらを振り向いたあと、私を見てあからさまに固まった。


「…………」


 彼は私を見つめたまま全く動かない。試しに私がひらひらと手を振ってみると、驚いたように肩を跳ね上げた。

 なんだか私より緊張しているようなその様子に少し心のこわばりが解けた私は、早足でセフィードに近付き、彼の横に腰を下ろしてみる。

 セフィードは上から下まで再び私を眺めたあと、ようやく口を開いた。


「かわいい」

「えっ?」


 第一声がそれとは予想していなかった私は、意表をつかれて思わずぽかんとする。

 セフィードも口に出してから、“しまった”という表情で突然顔を赤くして口を手で覆った。


「間違えた。いや、間違えてないけど。びっくりしすぎて思わず……。……もうほんとお前やだ」


 言いながら、両手で顔を隠してしまう。

 赤い顔は隠れたけれど、赤い耳は隠れきれていない。

 セフィードの様子からして、どうやら姿を偽っていたことを怒ったり失望したりすることはなさそうだ。

 私はそのことに大きく安堵の息をつきながら、セフィードを覗き込んで言った。


「見てわかる通り……私、学校ではカツラと伊達眼鏡をつけてるの。隠してて本当にごめんなさい」


 そしてライシーにそうしたように、理由をかいつまんで説明する。

 セフィードはいつの間にか元の表情に戻って顔を上げていた。


 私が一通り話し終わると、セフィードは私をじっと見つめた後ゆっくり口を開く。


「つまり、今のマフルの姿が本来の姿ってことだな?」

「うん、あ、本来のっていうとちょっと違うかな?今日はお化粧してるし、顔だけでいえば眉毛以外は学園での私の方が本来の顔かも」

「……たしかに。とにかく、学園ではださく見えるようにしてたってことだよな」


 セフィードははあ、と大きく息をつきながらソファの背もたれに身を預けた。


「お前ってほんといつも予想外」

「ごめんね」

「いや、良い意味で言ってる」

「そうなの?」


 そうは見えない表情だ。

 しかし、彼は私と目が合うと口端に笑顔を浮かべて言った。


「俺はお前がお前でいてくれるなら何でもいいよ」


 私のすべてを肯定してくれるかのようなその言葉に、ぶわっと多幸感が広がった。黙っていたことに罪悪感を覚えていたけれど、セフィードはどうやら気にしないでくれるらしい。

 セフィードを好きになってよかった、という思いが実感を伴って胸を満たす。

 

 セフィードは顔が赤くなった私の手を取って、どこかいたずらめいた表情を浮かべたまま親指で私の手の甲をなぞったあと、おもむろに私の手の甲にキスを落とした。


「え、な、なに?」 


 突然の口づけに、心臓が大きな音をたてる。

 どうしていいかわからず動けずにいると、セフィードはそんな私を見て満足げに笑って手を離した。


「その顔を見たら安心した」

「?」


 セフィードの言う意味がわからず首をかしげたが、彼は意味深に笑って何も答えてくれなかった。

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