第99話 和え技料理拳
屋敷へと舞い戻った俺がウサチ・マチメに協力を呼び掛けてシナモンを捜索した……その結果、飛び抜けたウサチの嗅覚が探り当てたのは、伝説のカリーとは異なる別種のカレーの香り。
しかもそれは、明らかに怪しげな地下室から漂ってくるものだった。
「よくやったぞ、ウサチ! 絶対にここだ! シナモンが誘われて入っていくなんて、カレー以外の理由じゃあり得いからな!」
「ピスッ! ご褒美はホットサンドのカレー味がいい!」
「それは後だろう、ウサチ。さあ行こうムギ殿! シナモンを取り戻しに!」
そうして地下室を塞ぐ閂のかけられていた鉄扉をこじ開けて、俺たちが飛び込んだ先、その地下室にて。
俺たちの正面にいたのは、全身鎧のようなものを装着した巨大なヒト型ゴーレムだった。
『──チッ。もうここまでたどり着いたのですか……!』
地下室へと響き渡るアニスの声が聞こえたのは、二本の足で立ち上がったそのゴーレムから。
「そのゴーレムの中にいるんだな、アニスッ!? シナモンもそこかッ!」
『……だとしたらどうだと言うのですか? もはや、あなたたちには関係のないことですッ』
そのゴーレムの光る目が俺たちへと向けられる。
こちらへの害意は……ないように見えた。
しかし、止まる気もないようだ。
「アニス! そのゴーレムでいったい何をする気だッ!?」
『……答える義務はありません。ですが、直接戦闘力の無い私に代わってシナモンの回収と伝説のカリー食材を揃えてくださったあなたたちには感謝しています……ですので、これは忠告です』
アニスは無機質な口調で言う。
『竜骸平野からは離れておくことです。天嘗めの眠りが醒めるかもしれませんから』
「はぁっ!?」
唐突な天嘗めという単語の登場にあぜんとしている間に、ガションガションと、ゴーレムは変形し始めていた。
その腰から下方向に向けて大砲の筒のようなものが突き出している。
そしてそこから、
──ゴォォォッ! と。
青い炎が噴出し、ゴーレムが浮き上がる。
その体が目指す先は、天井。
ゴーレムが上に掲げた硬い拳が、そこへと容赦のないヒビを入れる。
……突き破って地表に出るつもりかっ!?
「行かせるかっ!」
俺もウサチもマチメも、一斉にゴーレムの足首へと飛びついた。
しかし、その時にはもうゴーレムの体は天井を破壊して地上へ、そして当然俺たちの体も地面にはついておらず踏ん張りも利かない。
「うっ、うおぉぉぉ──っ!?」
たったの数秒で、俺たちの視界を埋め尽くしたのはその一面が茜色に染まる大空。
俺たちはゴーレムに掴まったまま、風を切るようにして勢いよく空を飛んでいた。
すでに地面ははるか遠い。
俺たちが先ほどまでいたはずの地下室は今ではスター子爵家の中庭の真下にあったようで、地上にポッカリと大きな穴を空けている。
その子爵家の手前の道には、豆粒ほどの小ささになったオウエルが、ポカンと口を開けて俺たちの姿を見上げていた。
「ウサチ、マチメ……大丈夫かっ!?」
気を抜けば体ごと持って行かれそうな風圧に耐えてゴーレムへとしがみつきながら、大声で問いかける。
「ダイジョブ!」
ウサチはコアラのようにゴーレムへと全身でしがみついて返事をしてくる。
「私も問題ない……が、ムギ殿」
マチメはゴーレムのつま先へと掴まりつつ、その眉をひそめて、
「この状況はマズいのではないだろうか? 詳しい理由はわからないが、アニスさんはこのゴーレムを使って天嘗めを倒そうとしているように思えるぞ……?」
「ああ、俺もそう思う」
俺は答えると、ゴーレムを見上げた。
腰元から噴射するオレンジの炎はその方向を真下から斜め下に変え、ゴーレムの体を竜骸平野の方面へと向けて進めている。
アニスはおそらく、そこに天嘗めがいると見当がついているのだろう。
「ムギ殿、このゴーレムは確かに見るからには強そうではあるが……しかし、天嘗めに勝てると思うか……?」
「……いや」
俺は首を横に振った。
「無理だろう。無理じゃなかったのなら、そもそもゴーレム文明は滅んだりしていない」
今ここにゴーレム文明が無いこと、それが全ての答えだ。
それに加え、かつて町吞みと対峙し、そして俺自身はマグリニカで現役冒険者として活動していた時期に、残されたもう一体との討伐難易度不可能級モンスターと戦った経験があるからこそ、わかることがある。
「町吞みや天嘗めは、遥か別次元の強さを持つモンスターだ。どんなに強い人間やゴーレムがいたとしても、決してソイツ一人で戦って勝てるような相手じゃない。そうでなきゃ、不可能だなんて等級に分類されたりはしていないから」
「……ならば、どうする?」
「止めるよ。何としてでも」
それらのモンスターはいつか倒さなければならない敵なのかもしれない。
だけど、それが今じゃないことは確かだ。
まだ人類が正面から相手をするには早すぎる。
……だから、何とかしてこのゴーレムの中からアニスとシナモンを引きずり下ろす!
そう決意したその時だった。
ピタリと、勢いよく空を翔けていたゴーレムの動きが空中で止まる。
そして、
『──攻撃位置へと移動完了。遠距離攻撃武装にフォームチェンジ』
再び響くアニスの声。
すると、ガションガションと音を立て、ゴーレムの片方の腕が変形していき、以前俺たちがオウシアンで乗ったことのあるラジーク捕獲船に備えられていたような砲身へとその形を変える。
『──攻撃対象発見、ロックオン』
「攻撃対象って……オイ、まさかっ!?」
空から地上へと目を凝らし、そして俺たちは一様にその目を疑った。
視界に広がっていたのは一面の竜骸平野だ。
そこにあるのは竜の化石の数々と、波のように並び立ちその地形に起伏をもたらしている無数の崖──その崖は、ある大きな円状の崖を中心として、そこから放射状に曲がりくねって平野へと広がっていた。
つまり、それが意味するところは──。
「あの崖の一つ一つが、天嘗めの触手だったのかよ……!?」
「ム、ムギ殿……シナモンを見つけた遺跡に行くとき、確か私たちはあの崖沿いを歩いていなかったか……!?」
「崖がモンスター? モンスターが崖? よくわからなけど、おっき過ぎ……!」
やはり、ダメだ。
俺の不安は確信に変わる。
こんなバケモノをこの世に目醒めさせるわけにはいかない!
『カリーエネルギー充填完了。発射準備、完了』
気付けば、ゴーレムが狙いを定める砲身に、まばゆいばかりのオレンジの光が集中していた。
そして、
『大地を穿ち仇を貫け──辛・火竜爆砲』
アニスの号令。
それと共に周囲一帯の空気を強く打ち震わせながら撃ち放たれたのは、以前シナモンが放っていた火竜砲とは比較にならない大きさの、血のように赤い光線。
だが、それが放たれる直前。
俺はとっさに拳に魔力を集中させ、料理拳・奥義── <屠殺気絶拳>をゴーレムの足の付け根へと叩き込んでいた。
それは激しくゴーレムの体を打ち揺らし、その砲身の狙いをわずかに狂わせる。
『──なッ!?』
驚愕するアニスの声。
どうやら、俺たちがゴーレムに引っ付いていたとは思わなかったらしい。
辛・火竜爆砲は天嘗めの中心点からズレて、その手前の崖を消し飛ばすと、低い地響きを辺りへと轟かす。
『クッ……邪魔をしないでくださいッ!』
「悪いけど、そういうわけにはいかないなっ!」
『空に放り投げますよ!?』
「いや、それよりも一緒に墜ちてもらおうか」
ゴーレムの足元、今そこにいるのは俺、ムギ・ウォークマンただ一人。
そしてマチメとウサチの姿は、いつの間にかゴーレムの頭上へと高く跳び上がった場所にあった。
「ウサチ、準備はいいなっ!?」
「うん、マチメ……思い切りマチメの料理拳を、私に叩きつけて!」
「ああ行くぞ、料理拳── <杵の型>!」
マチメが縦に長いその盾を振りかぶると、遠心力・魔力・腕力、その全てを込めてウサチに向けて叩き込もうとする。
ウサチはその直前、クルッと身を翻して両足の裏でその盾の表面を迎えると、
「料理拳── <臼の型>」
マチメの攻撃の威力を全て吸収、同時に盾を蹴り出した。
ギュオン、と。
風を切る音と共に、ウサチの体は一直線にゴーレムの頭上へと迫り来る。
そしてクルリ。再びその身を翻し、飛び蹴りの構えに。
「和え技料理拳・ <隕石餅月足蹴>ッ!」
マチメの攻撃力と合わさったウサチのその鋭い蹴りの一撃は、巨大ゴーレムの頭へと突き刺さるや、その衝撃波で周囲の雲を吹き飛ばし、勢いよくその体を地面へと向けて叩き墜とした。




