第98話 対超巨大モンスター撃滅用決戦兵器
「──えぇっ!? この屋敷の地下室でこれまでに味わったことのない珍しいカリーが食べられるのですかぁっ!?」
アニス・スターからもたらされた思わぬカリー情報に、浴場掃除を任されていたシナモンはブラシ片手にバンザイをした。
その様子を腕組みして見ていたアニスは優しげに微笑んで、
「カリーに合う珍味をこれでもかと入れているのですよ。ただ、その匂いを嗅ぐだけできっと驚いて身動きできなくなってしまうくらいの逸品ですが……それでも食べますか?」
「行きます嗅ぎます味わいますです! 当然ですよっ!」
「それならよかったです」
そう答えたアニスは、さっそくと浴場からシナモンを連れ出した。
「……ところで、この屋敷に地下室なんてあったんです?」
「ええ、あったんですよ」
「ははぁ……それは気づきませんでしたよ。お屋敷というのはすごいモノですねぇ」
「そうね。おかげさまで……色々と準備もできるから助かっているんですよ」
アニスがシナモンを連れて歩いて、しばらく。
その地下室の階段は屋敷の奥にあり、分厚い鉄の扉で遮られていた。
「この先ですよ」
──ガガガ、と。
アニスがその鉄扉のくぼみに指をかけ手前に引くと、重たく軋む音を上げながら、真っ暗な地下への入り口はその姿を見せる。
「アニスさん、片手で開けるなんて……細身なのに、見かけによらず力持ちですねぇ」
「そうですか? でも、シナモンさんもできるでしょう?」
「わたしはゴーレムですから。カリー充填率が高ければ、普通の女の子にできないことでもできて当然なのですよ」
カツン、カツン、カツンと。
アニスを先頭に地下への階段を降りていった。
足を先に進めるたびに頭上の魔力灯が点いて、その先の道を照らし出してくれる。
「あっ、カリーの香りがしてきたのですっ! 確かにコレは、嗅いだことのないいい匂い……!」
シナモンはジュルリと。
さっそくその口元にヨダレを浮かべ始める。
「わたしっ、本当に幸せ者ですね……! こんなにもたくさんのカリーをごちそうになることができるなんて!」
「……そうですね。カリーは美味しいですものね」
そうして長い階段は終わり、地下室。
そこは広い場所だった。
この前のダンジョンで訪れたゴーレム文明の神殿の遺跡と同じくらい天井が高く、カリーのお皿換算で言えば、一万枚を重ねてもまだ届かないほど。
また、部屋の中といえば無機質で、シナモンの見たことのない工具や、何に使うのかわからない金属の光沢を放つ歯車のような部品がアチコチに散乱している場所だった。
そして、その全ての中心に湯気の立つカリーの鍋は置いてあった。
「……? アニスさん、今さらなのですが、何故こんな場所にカリーが? わたしはてっきり、地下に隠し厨房でもあるものかと……」
「それはですね、あのカリーを食べてもらう前に見てもらいたいものがあったから……」
そう言ったアニスが向かったのは、地下室の一角。
何か、巨大な物体の正面だった。
それには舞台の暗幕のように大きな布が埃避けに掛けられていて、中身が何かはわからない。
「それは、いったい……?」
「今から見せますよ」
その布の端を引っ張ると、シュルシュルシュルと。
埃を立てながら手前に滑り落ちた布の中から、光沢のある巨大なそれがシナモンの前に姿を現した。
「これは……!?」
「わかるでしょう、ゴーレムですよ」
確かにそれは巨大なヒト型ゴーレムだった。
ただし、それはシナモンの二十倍近くの全長を誇り、そしてその外見は人間に見えるように作られているわけではない。
洗練されたメタリックな全身鎧が装着されており、顔のパーツも二つの大きな目があるのみで、鼻と口は頭部全体をスッポリと覆う兜に隠れて見えない。
それが地下室の壁に背中を預けて膝を曲げて座っているのだ。
両腕は力なく投げ出されており、動く気配はなかった。
「なんでこんな場所に、ゴーレムが……」
「私が目覚めてから二十年……竜骸平野の研究所から一つ一つ部品を拾って組み立てたのですよ。ここまで、本当に長かった……」
「目覚めてから二十年って、どう考えてもアニスさんはまだ二十歳にも……」
と、そこまで口にして、シナモンは気が付いた。
自分の体が指一本動かせなくなっていることに。
「なっ……? こ、これはいったいっ!?」
「ここに来る前に言ったでしょう、『カリーの匂いを嗅ぐだけできっと驚いて身動きできなくなってしまう』と。シナモンの無意識に刻まれたその言葉が、あなたの体を支配しているのですよ」
そう言うアニスの瞳は、まるで月明かりに照らされたアメジストのように妖しく紫色に光っていた。
「まあ、そのトリガーとなっているのは私の催眠魔術ではありますが」
「……! アニスさんっ、どういうつもり、ですか……!?」
「……私だって本当は、こんな手荒なマネはしたくありませんでした。時間をかけて事を進めるつもりだったのに、思わぬジャマが入ってしまいました」
深いため息と共に、語り始めるアニス。
「あなたが最後のピースだったのですよ、シナモン。タマリンド博士が造ったこの <対超巨大モンスター撃滅用決戦兵器>のエネルギー源としてね」
「タマリンド博士が造ったっ!? なんでそんなことをあなたが知って──」
シナモンはハッと息を呑む。
身じろぎすらもできはしなかったが、しかしその目だけを見開いて、
「まさか、アニスさん……あなたもわたしと同じ……!?」
「そうですよ、シナモン。あなたも私も、全てはこの兵器に搭載されるために造られたゴーレム……憎きあの天嘗めを討伐するための兵器なのですよ」
「へ、兵器? ……ウソなのですよ、だってそんな記憶、わたしには微塵も……」
「当然ですよ、シナモン。あなたはあの時代にはまだ『生まれていなかった』のですから」
そのアニスにの言葉に、シナモンは目を丸くする。
「天嘗めの脅威を知ったタマリンド博士がまず造ったのがこの私、助手のアニスでした。決戦兵器を動かすためのバッテリーへと善良な意思を持たせることにした博士は、その後にあなた──シナモンを生み出そうとして、しかし……それは結局、間に合わなかった」
「そ、んな……それじゃあ、わたしは記憶喪失なんかじゃなくて……」
「そう。あなたにはそもそも過去がないのですよ、シナモン。その記憶にあるのは、製造時にインプットされた情報のみ」
「……ッ!」
「でも、明確に役割はあります」
アニスはその催眠魔術の宿った指で、息を呑んで何の言葉も発せないでいるそのシナモンの額をトンと軽く突いた。
「あっ──」
するといなや、シナモンの瞳から光が消える。
すると、アニスはその体を軽々と担ぐ。
完全催眠に陥ったシナモンは簡単には目覚めない。
アニスは床を蹴ると身軽に飛んで、その巨大ヒト型兵器の肩へと乗る。
「対超巨大モンスター撃滅用決戦兵器 <マハ・ヴィシュヌ>、起動せよ」
アニスの声に反応して、その巨大ヒト型兵器の目に光が宿った。
そして、その顔の側面に切れ込みが入ったかと思うと、人が一人潜れるほどの穴が開く。
シナモンを担ぎその中に入ったアニスの視界へと広がったのは、薄暗い小部屋と、その中央に置かれた前後に分かれる二つの座席──そこは操縦室だった。
「シナモン、あなたの役割はバッテリー」
「わたしは……バッテリー……」
「そう。伝説のカリーを摂取したことで、今のあなたのカリー充填率は一時的に百%を超え、そしてその体内に満ちるカリーエネルギーを無制限に使えるようになっているハズ。あなたがこのマハ・ヴィシュヌへと動力を与えるのですよ」
アニスはそう言い聞かせるようにして、シナモンの体を後部座席へと座らせる。
ひじ掛けに固定された腕輪へとシナモンの腕をはめると、カチリ。ぴったりと収まる音がして、その瞬間からオレンジ色の輝きがシナモンの体から後部座席へ、そしてマハ・ヴィシュヌの体全体へと流れ始める。
──バチンッ。
その音と共に、操縦室が明るくなった。
さらには前方の座席の左右の床がせり上がり、そこから多種多様なボタンの備わった操縦用レバーが現れて、そして正面にはガラスのように透明なパネルが出現してゴーレム文明言語でマハ・ヴィシュヌの状態を映し始めた。
その全てはオール・グリーン、いつでも発進が可能な状態だ。
「 <電力>の復旧完了。ステータスチェック完了……あとは私が操縦し、天嘗めを討伐するだけ……それで、全てが終わります……」
アニスは一つ深く息を吐き出すと、ボンヤリとした様子のシナモンの頬へと触れる。
「……わかってくれますよね、シナモン。私たちの親であり創造主──タマリンド博士の全てを奪った天嘗めを倒す。それこそが、私たち姉妹の使命なのですから……」
「……姉妹の、使命……」
壊れた人形のようにアニスの言葉を繰り返すシナモンをしばらく見つめ、それからアニスは前方の座席へと腰を掛ける。
操縦方法は、三百五十年前にはすでに、その頭の中に全てインプットされていた。
アニスはそのレバーへと手を掛けて、
「行きます。マハ・ヴィシュヌ、発進──」
そう言ってレバーを引こうとした、その直前。
「──ここかっ、シナモンッッッ!!!」
地下室へと繋がる階段全てを飛び抜かして降りてきたのは、三人の男女。
アニスの計画上最大の想定外たちだった。




