第100話 次は失敗しなけりゃいい
マチメ&ウサチによる和え技料理拳をまともに受けた巨大ゴーレムは、勢いよく落下したが……しかし、オレンジの炎を噴射させることで辛うじて地面への直撃を免れる。
俺の料理拳で着地を和らげる必要はなかったので、ひとまずホッとした。
『クッ……!?』
ゴーレムから、苦しげなアニスの声が響く。
その腰元に連なる筒から噴射されるオレンジの炎の力は弱まっていて巨体を浮かせてはいられなくなったようだ。
ゆっくりと地面へと着地すると、その場に膝をつく。
どうやら、想定以上にエネルギーを消費してくれたみたいだな?
「──料理拳・ <はんぺんの型>!」
そして遅れること少し、マチメの声が響く。
ゴーレムから少し離れた場所へとウサチを小脇に抱えたマチメが盾を構えて落下してきて、フヨンと、クッションか何かのように地面への衝突を和らげてから転がり、そして立ち上がった。
しっかりと着地に成功してくれたらしい。
「マチメ、ウサチ……よくやってくれた。完璧な料理拳だったよ」
「ピスッ! ホントッ!?」
「ああ、ウソなんてつかないさ。和え技料理拳か。俺じゃ思いつかない技だった」
ウサチとマチメは表情を輝かせて互いに顔を見合わせると、ハイタッチする。
……若いっていうのはいいな。無限の可能性を秘めていて。
思わず、状況も忘れてしみじみとしそうになっていたが、しかし。
『私たちの、邪魔を……するな……!』
俺たちの正面、巨大ゴーレムが再び立ち上がろうとしていた。
その体からかすかに立ち昇るのは、魔力とは別種のオレンジ色の光。
『私たちには……天嘗めを倒す使命があるんですッ!』
ゴーレムの巨腕が振るわれて、その大岩のような拳が俺の頭上へと降りかかった。
しかし、そんな質量ばかりの攻撃、なんていうこともない。
料理拳の一つであるスポンジの型でその勢いを吸収して止める。
「『私たち』だってっ? シナモンが『天嘗めを倒したい』だなんて一言でも口にしたのかっ!?」
『……ッ!』
「だよなッ!? 言ってるワケがない! 俺とそう約束してんだからさッ!」
『関係ない! そんなちっぽけな約束なんてッ!』
グググ、と。
ゴーレムの力が増すと、その大きな質量に、支えとなっていた俺の足が次第に地面へと沈みゆく。
『これは私たち姉妹の復讐劇なんです! 無関係な冒険者は引っ込んでいなさい!』
「……姉妹ッ!? ってことは、そうか……そういうことかッ!」
なぜアニスが巨大ゴーレムを動かし、そして天嘗めと戦おうと思っていたのか全く理解が及んでいなかったが……今、合点がいった。
アニスもまた、シナモンと同じヒト型ゴーレムなのだ。
そしてきっと、シナモンよりも多くのことを知っているのだろう。
実際にゴーレム文明の滅亡をその目で見てきたのかもしれなかった。
……だからこその、復讐というわけか。
確かに、アニスのその感情に俺の想いを挿し込む余地なんてないだろう。
だが、
「悪いが、もう無関係じゃないもんでな」
『なんですって……!?』
「シナモンは俺たちメシウマの仲間だ。そんな復讐劇なんかに参加させたりしない!」
『やれるモノなら──』
「やってやるさ」
料理拳・泡立て器の型。
巨大ゴーレムの拳は、高速回転を始めた俺の手のひらの魔力に巻き込まれてそのバランスを崩す。
そのスキを逃さずに、
「フンヌァァァ──ッ!」
ウサチが強烈な飛び蹴りを巨大ゴーレムの頭部へと直撃させる。
グラリ、とその巨体が後ろへとのけ反った。
そして辛うじてバランスを取ろうとする軸足の先を掴んだのは、メシウマきっての力持ちであるマチメ。
「この程度ッ! クラーケンの重さに比べればッ!」
『ガハッ!?』
フワッと、マチメに持ち上げられて、巨大ゴーレムの体は完全に浮き上がると、強かにその背中を地面へと打ち付けた。
仰向けに転がった巨大ゴーレム……その頭へと俺は飛び乗った。
そして、
「シナモンッ! 聞こえるかッ!?」
呼びかける。
俺たちの仲間へと。
「催眠になんてかかっている場合じゃないぞ、シナモン! 目を醒ませ!」
『無駄ですよ、今のあの子に、あなたの声なんて──』
「いたんだよ、シナモンッ! 家族がいたんだッ! シナモンの家族がッ!」
『ッ!?』
ゴーレムの奥で、息を呑む音が聞こえた気がした。
それはアニスのものでもあり、そして──。
『……かぞ、く……?』
ボンヤリとしたシナモンの声が、巨大ゴーレムを通じて返ってきた。
* * *
「──今、ムギ様たちを連れて飛んで行ったのは……ゴーレムッ!?」
屋敷の前まで小走りで戻ってきていたオウエルは、呆然と空を見上げていた。
何が起こっているのか、サッパリだ。
……これから私は、どうすべき?
改めて町へと向かって、冒険者ギルドに応援要請をした方がいいだろうか?
いやしかし、生半可な冒険者を送り込んだところで、ムギたちの足手まといになるのがオチだろう。
オウエルが頭を悩ませていると、
「オイオイオイ! なんだよ地震かぁっ!?」
ドン、と。
荒々しく玄関の戸を開けて屋敷から姿を現したのは、ダボゼ。
車椅子のスター子爵を伴って避難のために飛び出してきたようだ。
「おお、オウエル! 無事だったか!」
「ダボゼ……ちょうどよかった! よくぞスター子爵を連れて来てくれました!」
「あ? そりゃあよ、一人にしたら屋敷に潰されちまうかもと思って──」
ダボゼの言葉を最後まで聞くことなく、オウエルはツカツカとスター子爵へと歩み寄ると、その目を覗き込んだ。
「スター子爵、お話をおうかがいしてもよろしいですか?」
「……ああ。いいですとも」
子爵はどこか諦めたような悲しげな微笑みを浮かべると頷いて、
「申し訳ない。わかっていながらも結局、私には止めることはできませんでした……アニスの企みを」
「っ! 子爵、あなたもしかして催眠魔術にかかっていなかったのですか……!? 私はてっきり……」
アニスに催眠魔術をかけられて操られていたと思ったのだが、とオウエルが口にする前に、
「最初の内はね、アニスが本物の姪だと思い込んでいましたよ」
「では、アニスさんがおそらくはヒト型ゴーレムだということも……?」
「ええ。十年以上共にいますが、彼女は歳をとりませんから」
スター子爵は苦笑いをして応えた。
「でも、それも何年も続けば、違和感も積み重なって、催眠も解けていくというものです」
息を呑むオウエル。
車椅子の後ろでダボゼだけが「はっ? 姪じゃない? 何の話だ……?」と展開についてこられずにいたが、そんなことを気にしている余裕はない。
「どうして、アニスさんに協力を?」
「……この広い屋敷の中、妻に先立たれた私にとっては、彼女だけが唯一の温もりだったからです」
恥じ入るように俯きながらも、スター子爵は語る。
「知らないフリを続ければ、アニスはここへと居続けてくれる。そう、考えてしまったのですよ……」
「子爵……」
「全て知っておきながら、目を背けてきたのです。アニスが復讐を企んでいること、そのための道具を造っていることは知っていました。そして、そのためにシナモンさんや伝説のカリーを欲していたことも。ですが、」
子爵は顔を上げ、オウエルの目をまっすぐに見た。
「アニスはとても優しい子なんです。それは知っていただきたい。妻を失って自暴自棄になっていた私の世話を焼いてくれていたのは事実で、財産を掠め盗ろうとするようなこともありませんでした。悪事を働いていたことも、私の知る限りは一度も……」
「ですが今、アニスさんはシナモンさんを攫って行ってしまった。そうですね?」
「……そう、ですな」
力なく、車椅子の上で子爵はうなだれた。
「今さら……本当に今さらなことだ……。ああ、結局私は失うことを恐れて逃げていただけなのでしょうなぁ……。本当にアニスのことを想うならば、彼女を自らの元から失う覚悟で、真正面から話し合うべきだったのに……」
落ちかけた陽の光が悲しいほどに眩しくて、オウエルは視線を彼方へと、竜骸平野の空へと向けた。
……子爵へ、何と言って返せばいいのだろう?
空の端からこちらを覗き込む闇が、沈黙の落ちるこの屋敷の頭上を呑み込もうとして、その体を徐々に延ばしてきている。
じき、ここにも暗い夜がやってくるのだ。
「何の話か、いまいち俺はまだよくわかってないんだがよぅ」
ポツリ、と。
口を開いたのは、ダボゼ。
「子爵、取り返しのつかない失敗なら、俺もしたことがあるからわかるんですよ。あれは、苦しいモンだ……。やるべきじゃないことをやってしまったことを、あるいはやるべきことをやらずに済ませてしまったことを、路地裏の片隅で悔やんで、あとはもうそのまま死ぬしかない……そう思ってしまうだけの絶望が俺にもありました。それはやっぱり、自分一人じゃどうにも抜けられないもので……でも、」
ダボゼは少し気に喰わなそうに、しかし笑って、確信したように言う。
「そんな絶望ごと掬い上げて、もう一度チャンスをくれるヤツがいるんです。ムギ・ウォークマンっていう、腹を空かせたヤツをほっとけないヤツが。アイツが今ここにいないってことは、おそらくはよ……」
「ええ。アニスさんやシナモンさんが乗った巨大なゴーレムに、しがみついているのを見ました」
「はぁ? 巨大ゴーレムだぁ……? まあよくわかんねーけど、ムギが一緒にいるなら大丈夫さ」
そう言って、子爵の肩をに手を置くと笑ってみせる。
「子爵はまだ何も失っちゃいないですよ。そしてもう一度チャンスが差し出されたなら、その時に、今度こそ正しい決断をすりゃあいいんです」
「ダボゼさん……」
「さあ、屋敷に戻りましょう。ここは涼しいのはいいけど、夜は風邪を引きそうだ」
ダボゼは屋敷へと振り返ると、照らしてくる斜陽の光に目を細めつつも、子爵の車椅子を押して歩き始めた。
「ありがとう……ダボゼさん」
「俺は何もしちゃいないですけどね。それでも礼を仰ってくれるんなら、美味い酒でも飲ませてくれると」
「はは……まだ残っていたかな。ずいぶん前に、アニスに全部捨てられてしまった気がします」
「しっかりした姪御さんじゃねーですか……酒は無いのか、泣けるぜ……」
屋敷へと戻っていく二人へと、ホッと息を吐いたオウエルもその肩を並べた。
「……ダボゼ、あなたのことを少しだけ見直したかもしれません」
「俺をっ? マジでか!?」
「ええ。ちゃんと学習能力があったのだな、と」
「それはさすがによっ、俺のことを低く見積もり過ぎだったんじゃねぇかなっ!?」
ダボゼは怒ったように声を大にしたが、それにつられて笑った子爵を見て、満更でもない様子でもあった。




