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え?ギルド内で唯一【コック】を極めてる俺をクビですか?  作者: 浅見朝志


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第96話 アニス・スターの論文

「──ほおっ、これはこれは……」



それはアフタヌーンティーには少し遅く夕食にしては早い頃合い、スター家の屋敷の食堂にて。

目の前に出されたそのカレーにスター子爵は感嘆の息を漏らす。



「これが、伝説のカレーですか……!」


「はい。これが伝説のカレーレシピに記載してある通りに作った <伝説のカレーライス>です」



その白い平皿の上には、綺麗に半々に盛り付けられた白米と茶色いカレーソース。二つはさながら陸地と海のように分かれていて、互いの領地を侵しはしない。

白米はツンとその粒を立てて輝いており、カレーソースはその内側のジャガイモやニンジン、そして牛肉といった具材にトロリと絡み優しく包み込んでいた。

その在り方からして正反対の二つが、それぞれの美味しさをこれでもかと主張している。



「ん~、とても美味しそうだ。さっそくいただいてもよろしいかな」


「もちろんです。ぜひどうぞ」



スター子爵がスプーンで掬うのは境界地。

白米とカレーソースが綺麗に半分ずつスプーンの上でも同じ世界を作り、そして口へと運ばれる。



──モグッと。



「うん、いいなぁ……」



ボソリ、スター子爵は温かな吐息と共につぶやき、満足げな表情を見せる。



「コレは本当に美味しいよ。ホッとする味だ……」


「そうですか、お口に合って何よりです」


「さあ、私ばかり食べていてはもったいない。みなさんも食べてください。冷めない内に」


「はい。それじゃあお言葉に甘えて、いただき」


「「「「いただきますっ!」」」」


俺が手を合わせて言うと、待っていましたと言わんばかりに喰い気味に、オウエルたちがスプーンを手に取った。

そして、パクリパクリとひと口ふた口、言葉もなく食べ進めていたかと思うと、とたんに急停止。

そして、



「「「「はふぅ……」」」」



みんな一斉に、肩の力を抜いたようなそんな落ち着いた深いため息を吐き出した。



「ああ……なんでしょう、この実家に帰ったかのような安心感は……ジンワリと口の中から鼻へと抜けるカレーのマイルドな刺激が呼び起こすのは……帰り道、夕暮れ時、灯りの付いたわが家の光景……あれ、涙が」


「美味ゃあ……美味ゃあだなぁ……なんでだろうなぁ、どうしてか、全てが懐かしい気がするんだぞぉ……」


「私は家が厳しくてな。独り立ちするまでカレーなんて食べたこともなかったが……何故か、家族と囲む食卓を思い出した。そうか、これが郷愁か……」


「ひと口食べ進めるたびに、心の奥底がポカポカしますです……」



オウエル、ウサチ、マチメ、シナモン。

なぜかみんな、一様に目の端に涙を浮かべてパクパクと静かにカレーを食べ進めている。



「ブフゥッ! かーちゃん、ずっと心配かけてゴメンなぁっ! 俺、今はけっこうまともに働いてるぜ……!」



ダボゼに至ってはなんか号泣してるし。

なんだろう、この異常事態は。



「まさか、このカレー……懐かしの記憶を思い出す効果があるのかっ?」



とすれば、だ。

もしやシナモンの記憶も、これでよみがえってしまうのでは……!?

もう一度シナモンの顔を見る。



「美味しいのです、グスン、涙が出るほどに美味しいのです……カリー充填率も百二十%に到達なのですよ……!」



……うん、大丈夫そうだな?

アレは絶対に何も思い出してないだろう。

ただただカレーに満足しているだけの表情だ。

俺もさっそくひと口食べてみる。

確かに、とても懐かしく感じる優しい味のカレーだった。



「ふふっ……こうして大勢で食卓を囲むというのはいいものだな。そうは思わないか、アニス」


「……ええ、そうですわね、叔父様」



スター子爵の問いに、隣に座るアニスもまた目の端に溜まった涙を拭いて、笑顔で答えていた。

伝説のカレーが及ぼす懐古の感情に、みんながようやく慣れてきて、ひと口ひと口を味わうようにして食事を楽しみ始める。

悪くない雰囲気だ。

切り出すなら、今だった。



「あの、スター子爵、アニスさん。シナモンについてお話があるんですが、今少しいいでしょうか?」


「シナモンさんについて? ええ、どうぞ」


「実は、この後もシナモンをメシウマの旅に連れて行けないか、と」



俺はシナモンの記憶がまだ戻っていないこと、そしてシナモンもまた旅の継続を望んでいることを説明した。

スター子爵は少し考えるようにして目をつむると、



「……話はわかりました。私も、シナモンさんがそれを望んでいるのであれば、そうするべきなのだろうと思います」


「! じゃあっ……」


「ですが、数日ばかりこの屋敷に泊まっていただくことはできませんか?」



温和な声でスター子爵はそう言うと、チラリと、姪であるアニスの方を見やる。



「ご存じいただいている通り、この子はゴーレム文明の研究者です。シナモンさんがこの屋敷へと帰って来られるのを心待ちにしておりましたから」


「ああ……そうですよね。確かに、まだあまりお話もできてないでしょうし」


「はい。ですので、交流の時間をもらえないか、と」



俺はシナモンの方を見やる。

コクリと頷いてくれた。

問題ないらしい。



「わかりました。では、その間は俺たちも近くの町に滞在しますので」


「いえいえ、ぜひメシウマのみなさんも屋敷に泊まって行ってください。今となっては広いだけが取り柄の屋敷ですから」


「そうですか……? では、お言葉に甘えて」



そうして、俺たちはその日はスター子爵家で泊めてもらうことになった。




* * *




「──さて、それでは掃除するとしましょうか」


オウエルはそう口にすると腕まくりをして、さっそくその手に箒を持った。



──歓迎してもらったとはいえ、タダで泊まるわけにはいかない。



メシウマの面々はせめてこの広い屋敷を少しでも綺麗にさせてもらおうということで、それぞれ掃除用具を持って散り散りになって、掃除に勤しみ始めていた。


オウエルが任されたのは屋敷の顔、玄関前。

アニス一人ではとうてい手入れが行き届かなかったのだろう、庭の木々が風に吹かれて落ちたのだろう葉を、竹ぼうきで掃いて玄関の扉の前から目立たぬ場所に集めていく。


単純作業は嫌いではない。

夢中になっている間に、気が付けば空の色は茜色に。

目の前に集まった木の葉は、オウエル一人くらいなら優に受け止めてくれるクッションになるくらいのてんこ盛りになっていた。



……後で燃やすか埋めるかしないといけないわね。



ジンワリ額にかいた汗をハンカチで拭って一息をついていると、



──ガンガンガン。



ドアノッカーが叩かれる音が響く。

気付けば、鳥人種の男が玄関前へと空から降りて来ていたらしい。

その腰には、大きなカバンを携えている。



「郵便屋です! 特急便で、こちらにご訪問予定のギルド・メシウマ所属のオウエル様にお届け物です~」


「えっ? はいっ。それは私ですっ」



オウエルが走り寄っていくと、鳥人種のその男はパッと顔を輝かせる。



「いやあ、またお会いできて光栄です! 私、以前に <町吞み>の一件でメシウマのみなさんに助けていただいた鳥人一族の一人ですよっ!」



やる気に満ち溢れた笑顔で、男はハツラツと語る。



「こうして郵便屋稼業ができるのもみなさんのおかげですからね、メシウマ宛ての案件が出るとみんなで取り合いになるんです。それで、今日は私が勝ち取った次第でして」


「それは大変嬉しいです。それにしても、わざわざここまで届けてくださるなんて……この町の冒険者ギルドに預けることもできたでしょうに」


「何を仰いますやら。恩人にお会いする機会を得るために勝ち取った案件なんですよ? 直接届けたいに決まっているじゃないですか」



鳥人種の男は満足げに微笑むと、オウエルへと郵便の荷物を渡し、そうしてまた次の配達のために羽ばたき飛び去って行った。

オウエルはそれを見送ると、それから荷物を見る。

書類サイズの紙の包みに入ったそれには、送り主の名前が達筆に書いてある。



──『王国考古学研究所所属研究員 クミンより』

──『約束の論文について』



「クミンさんから……」



オウエルはさっそく包みの封を開けて、中身の書類の束を見る。

いくつかの論文が、綴じられて入っていた。

それら一つ一つ取り出していると、ピラリと。

論文に引っかかって包みから飛び出してしまった一枚の便せんが、地面へと落ちる。



「何かしら……?」



拾い上げて、その便せんを開く。

そこには、表の包みと同じクミンの筆跡で、この前の感謝が述べられると共にこう書かれていた。



┌────────────


 ──さて、オウエル様にご依頼いただいていた <アニス・スター>様の論文ですが、残念ながら見つけることはできませんでした。


 共同研究者としてどこかに名前が連ねられているということもなく、歴史学や他分野においても見つけることはできず、つまるところ、王国においては<アニス・スター>という名前の研究者は存在しないようです。


 つきましては、代わりに私の方で、ゴーレム文明の暗号解読を専門にしている研究者の論文をいくつか選び同封しておきましたので、ご興味があればぜひ──


└────────────



オウエルは便せんの内容を二度、読み返した。



「……アニス・スターという研究者は、いない?」



自分が数時間以上も苦心してなお何の解法の手がかりも得られなかった暗号を、参考資料も何も使わずに、数分もかからず解いてみせたアニス・スターが?

一つも論文を提出しておらず、その存在を少しも学会に残していないなんてことがあり得るのだろうか?



「おかしい……」


「何がおかしいのですか?」



弾かれたようにオウエルは振り返る。

そこには、黒いドレスを着て、艶やかな長い黒髪が特徴的なアニス・スターが、

ジッと、



こちらを見て──


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