第94話 シナモンとこれからも
クミンの当初の目的である神殿に加え、ゴーレム文明滅亡の原因が天嘗めであると裏付ける貴重な資料を見つけることができたため、それからの俺たちは急いで地上へと引き返すことになった。
「オイオイッ、おまえらまだダンジョンに入って半日も経ってねぇんだぞっ!?」
どうやら今夜の晩酌を楽しみにしながら夕寝に興じていたらしいダボゼに幌馬車を動かしてもらい、俺たちは再び王都へと向かう。
オウエルたち三人娘、それにクミンはたった一日でのダンジョン強行軍で疲れたのだろう、荷台で横になって深い寝息を立てていた。
ただ、シナモンだけはまだ目が冴えているのか、幌に覆われていない荷台の後ろから、陽が落ちていく竜骸平野を眺めていた。
「……シナモン。遺跡で自分が言っていたこと、本当に何も憶えていないんだよな?」
俺は通算三度目の同じ質問を、またもや重ねてしまっていた。
「はい」
当然と言えば当然のように、シナモンは遺跡においてと、ダンジョンの二階層目からの帰り道においてと同様にその首を縦に動かして言う。
「すみませんです……わたし、本当に何かを言った記憶がなくて」
「いや、悪い。俺こそ何度もしつこくて」
ただ、どうしても俺の耳からは離れなかった。
天嘗めの絵を見た瞬間にシナモンの呟いた言葉──『コレが、敵』という、無機質なその声が。
「シナモン、記憶の方は……」
「戻っていないのです」
「シナモン、もしも天嘗めが俺たちの前に出てきても……」
「戦おうとしちゃダメ、なのですよね? 災害を相手にするようなものだから、倒せるだなんて思っちゃいけないって」
「……スマン、全部もう、聞いてたよな」
「はい、三度目ですよ」
困ったようにシナモンは笑う。
「大丈夫です。わたし、ムギさんたちの言うことはちゃんとお聞きしますのです。お世話になっているお礼を仇で返すほど、薄情なつもりはないのですよっ」
「わかってるよ。シナモンがそういう子だっていうのは」
ただ、問題は……記憶が戻った後なのだ。
ここでした俺との約束よりも大事なナニカがその記憶の中にあったらどうする?
「……」
……よし、決めた。
「シナモン、あのさ」
「はい? さすがのムギさん相手でも、四度目の同じ質問は受けつけませんですよっ?」
「いや、そうじゃない。シナモン、伝説のカリーの作った後もさ、しばらくは俺たちと一緒に旅を続けないか?」
「……え?」
「だってほら、まだ記憶も戻ってないだろう?」
「は、はい……」
シナモンが目を丸くする。
そしてしばらくの無言のあと、
「とても嬉しいのです。でも、いいのでしょうか……?」
「俺たちは全然いいさ」
「でも、スター子爵家のみなさんが……」
「まあ、それが問題だよな」
シナモンを連れて帰ったのは、スター子爵からの依頼によるものだ。
ゴーレム文明の遺跡の情報をもらい、俺たちメシウマは伝説のカリーレシピを求めて探索した結果、その情報を持つシナモンを連れて帰った。
……となると、シナモンのことをメシウマが一方的に連れ去ってしまうことはできない。
「でも、一番に尊重されるべきはシナモンの意思だよ。俺はシナモンが旅を続けたいって言うのなら、子爵の説得を頑張るよ。約束する」
「……はい。ありがとうございます、ムギさん」
わずかな夕日に照らされる中で、シナモンはニコリと微笑んで、
「わたし、ムギさんたちともっとたくさん、旅してみたいですっ」
「そうか。それならよかった」
これで、いざという時は俺がシナモンを止めてやることができる。
あとは、スター子爵へと掛け合う俺の頑張り次第ってところだろう。
* * *
「──このたびは、本当にありがとうございました!」
幌馬車に揺られて王都へと帰り着いたのは、翌日の朝。
考古学研究所が入っているのだという建物の前で幌馬車を降りたクミンは、深々と俺たちへとお辞儀をする。
「メシウマのみなさんのご協力のおかげで、素晴らしい経験と、発見をすることができました。きっと生涯、この想い出を忘れることはありませんっ!」
「大袈裟だなぁ……」
「依頼料につきましては、お約束通りこれから銀行へと振込しておきますので……あっ」
そこでクミンは何かを思い出したのようにハッとした表情を見せると、
「そうだった、約束といえば」
そう言って顔を向ける先にいたのは、オウエル。
「王都出発の前にオウエルさんにお願いいただいていた『ゴーレム文明の論文についての調べ物』ですが……」
「はい、まだ時間がかかりますよね?」
「そうですね、近世考古学の中でもゴーレム文明は人気分野ですので、論文が全てこの研究所で管理できているわけではないのですよ。ですので、もう少しばかりは。結果がわかり次第、鳥人種の郵便屋が最近始めたという特急郵便で概要をお送りしますので!」
「ありがとうございます。お手数をおかけしますが、ぜひよろしくお願いいたします」
「ええ、ええ! これでまた一人、ゴーレム文明の探求者がこの世に誕生してくれるのであればお安い御用ですとも!」
クミンは鼻息荒くそう答えると、幌馬車で立ち去る俺たちへとその姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けて送り出してくれる。
「……オウエル、いつの間にそんなにゴーレム文明に興味が?」
「はい。どうにも少し、気にかかっていることがありまして」
「気になること?」
「はい。もし何かわかりましたら、一番にムギ様に報告いたしますので」
オウエルはいつも通りの理知的な瞳に光を宿らせると、メガネをクイッと押し上げた。




